表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/132

88. いたずらな笑み

 アルタは静かだな……。


 そう思い、暫く考え込んでいたレインが視線を上げれば、アルタは胡坐をかいたまま船を漕いでいた。

 数日歩き続け、すっかり疲れ切ってしまっているのだ。

 レインは普段から体を動かしている為に慣れっこであるが、碌に鍛錬もしていない傭兵の中にいて、線の細いアルタでは疲れてしまうのも納得である。体力はアルタのスキルでは補えないのだから。


 レインはベッドから立ち上がるとアルタを横たわらせ、風邪を引かぬよう毛布を掛けてやった。

 レインはぐっすりと眠っているアルタを見下ろし、眉根を寄せた。


 ハッキリ言ってここの傭兵は、その殆どが破落戸(ごろつき)と言って良い水準だ。

 王都の騎士団にいるレインには尚更、無秩序な集まりにほとほと呆れてしまっていた。中には何人かアルタのように真面目に仕事を熟そうとしている者もいるが、そんな者へ無理に酒を飲ませたり揶揄ったりと、程度が知れる者ばかりなのだ。


 アルタに聞けば、それらの殆どは2年前に一斉に入って来た者達だという。

 それは隊長が代わった時期と同時期で、もしかすると隊長が集めてきた人員なのかもしれないとも思う。


(隊長が何かを企んでいる?)


 そう思うのは、商人について行った5人の事もある。

 そもそも傭兵を纏めているのは隊長であり、5人を国外へ出す指示をしたのは隊長であるはず。レインはまだあの隊長には1度しか会った事はないが、小隊長以下が勝手にやっている事であれば、あいつなら怒り狂って殺しかねないだろうと思う程、危ない奴であった事は間違いないはずだ。


「どうなってんだ、ほんと」

 レインは独り言ちて自分のベッドへと戻ると、ドサリと背中を預けて天井を見上げた。


 そしてチラリと天井の通風孔を見れば、そこから1匹のネズミが下りてきてベッドの角で立ちあがった。

 それを見たレインも体を起こし、胡坐をかいてネズミに向き合う。


「さっきのは聞いてたんだろう?」

 何とは言わぬものの、ネズミはチョコンと首肯した。

『その旨、主へは報告して参りました』

「そうか、助かった」

『いいえ。それでレオに伝言です。今から2時間後に、東の倉庫に来て欲しいとの事です』

「空の倉庫という事だな?」

『はい』


 この数日、レインはロイと離れて行動していた。途中で一度報告はしたが、ロイはレインから直接話を聞きたいのだろう。意見の擦り合わせも必要だ。


「承知した、と伝えてくれ」

『それでは私はこれにて。お気を付けて』

「ああ、ありがとう。君も気を付けて」


 四つ脚に戻ったネズミが再び通風孔へと消えていくのを見送って、レインはひとつ欠伸をする。

 今はルーナ(1度目)だ。

 ロイに何を伝えねばならないのか、レインの思考はその時間まで止まる事はなかったのだった。



 -----



 こっそりと深夜に抜け出したレインが、無駄に傭兵がウロウロしているところを何食わぬ顔で通過すれば、呼び止められる事もないまま倉庫へと到着した。


 夜間に表に出ている者は見張りではなく、焚火の傍などでただ酒を飲んでくだを巻いているだけだ。

 仮令呼び止められても適当に返答すれば、顔見知りも増えたし問題なく通過できてしまうだろう。もはや傭兵の意味が分からないレインなのであった。


 そうして辿り着いた一番東の倉庫は、中身がない為か施錠されておらず人の気配もなかった。まぁあのロイが指定してきたのだから、その辺りの抜かりはないのだろう。

 そこへ体を滑り込ませたレインは、空の棚の間に身を潜めてロイを待った。


 その後間もなくやってきたロイには当然ながらリーアムが付き従っており、取り敢えずリーアムには会釈だけを返す。


「そちらは出歩いても、問題なさそうだね」

「ああ、皆ゆるゆるだからな」

「だが気を付けろ。こちらの動きに気付いた者がいる」

「?! ロイは大丈夫なのか?」

「取り敢えずは一旦大人しくするよ。いいや一瞬?」

「……ロイ様」

「クック。分かってるよ、リーアム」

 と変わらぬやり取りを交わし、ロイは表情を引き締めた。


「まずは国境の事だね。倉庫は把握した。報告に感謝する」

「いや、あそこにどんな意味があるかは分からなかったが、あんなところに小麦があるのは不自然だと思ったからな」

「そうだね。あれは多分、報告をしていない余剰分だろう。念のために今、周辺も調べている」

 ロイの言葉にレインは首肯する。


「国境での別れ際、あの商人達はまた来週くると言っていた」

「そうか……。では急がせねばならないな」

「いつも領地の巡回と称して、あの商人と合流しているらしい」

「ほう?」

「巡回はいつも、あの商人達を国境まで送って行くと聞いた。それにその商人について、傭兵が国境を越えていった」

「………。理由は分からないのだろう?」

「彼が以前尋ねたところ、教えてはもらえなかったと言っていた」

「そうか……。ではそちらも調べる必要があるな」

 ロイが言ってリーアムへと視線を向ければ、リーアムが頷く。


「それと先程の話によれば、領民も出荷を止めていた事を知っていたようだね」

「ああ。でも何か話に食い違いがあるようだ」

 ロイはレインに向かって頷いた。


「隣国の小麦が不足している為にそちらへと小麦を回していた、と彼は言ったかな?」

「ああ。ここの領主がそう言ったらしいからな」

「しかし、それはおかしいね」

「ん? 何がだ?」

「――――私は、隣国がその様な状況にあるとは認識していない」

「え? 国のトップも把握してないって事か?」

 と、レインは驚きを隠せず瞠目した。


「違いますよ、逆です」

 リーアムが呆れた顔で口を挟む。

「逆……?」

 ロイはレインの言葉に首肯した。


「隣国とは、メイオールの西にあるヴォンロッツォ国の事であると思われるが、その国と我が国とは国交があり、国勢は常に互いに知れる事になっている。だが現時点で、その国が食糧不足や飢饉に陥ったという話はない。小麦が不足しているとも聞いた事はない」

「ではロイが情勢を把握したうえで、そんな話はないという事か?」

「そうだ」

「―――それじゃ、領民が言っている事は、嘘?」

「私が思うに、嘘を真実として認識している、という事だろうね」

「…………」

「ハイウェル伯は国へ虚偽の報告をしているが、それは領民には伝わっていなかった。いいや、故意に伝えなかったという事だろう」

「ああ、確かに彼は驚いていたからな。何考えてるんだよ、ここの領主は……」


 レインは額に手を添え、目を瞑る。

 今の話では、ここの領民は領主に利用されているという事であり、知らずに領主の悪事に加担している事になる。だがいくら知らなかったとはいえ、罪が暴かれれば領民も無傷では済まなくなるだろう事は明白だ。

 喩え領民にはお咎めなしだと言い渡したとて、真実を知れば、自分達が悪事に加担したという自責の念は消えないのだから。


「レイン、今日は?」

「……ルーナ(1度目)だ」

「ふむ」

 ロイはレインの時間軸を確認すると、視線を落として考え込む。

 そしてややあってから、ロイは視線をレインに向けた。


「それではレイン、ソール(2度目)では彼にはこの話をしないでくれるかい?」

 ロイの言う彼とは、アルタの事だろう。

「なんでだ? 俺は彼には、協力してもらった方が良いかと思ったんだが……」

 というレインにロイは首を振った。


「私は、彼には知らぬままの方が良いと思える。報告を聞いた限り、彼は真面目な性格なようであるし、彼がそれを知って一人で動く事になってしまえば、取り返しがつかない事にもなり兼ねないだろう」


 そう言われれば、確かにアルタならば誰かに真実を確認しに行くかも知れないとも思う。

 今は疲れて眠ってしまった為その恐れもないが、もし尋ねた先が隊長であれば、あいつは疑うアルタを生かしては置かないだろうとも想像がつく。あいつは力で人をねじ伏せるタイプで、“人を殺す事”に躊躇しない輩にみえる。


「……そうだな。それじゃソール(2度目)では、ロイへは別の方法で今回の事を知らせる事にする」

「それで頼むよ」

「ではソール(2度目)の夜に、また連絡する」

「あぁそれで、私は当分宿に留まっているから何かあればクルークを使うか、夜に職員を向かわせるからその時に伝えてくれ」

「わかった。ロイは動けないからな」

「夜陰に紛れれば、こうして出歩く事も出来るけれどね?」

「……程ほどにしないと、後ろの人に怒られそうだが?」


 ロイの後方の人物が渋面を作っている事に気付いてレインが苦笑を添えれば、ロイは肩を竦めていたずらな笑みを向けるのであった。


修正:隣国の名称を「ヴォンロッツオ」から「ヴォンロッツォ」に変更しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ