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86. 中と外

 

「ロイ様」

「ああ」


 ロイとリーアムはレインからの報告ののち部下と別れて街中を歩いており、途中、距離を空けて誰かが後を付いてきている気配を感じていた。


 それに気付いたのは広場を出て暫くしてからであるが、もしかすると広場にいた時に目を付けられたのかも知れない。もしもこのまま宿までこられてしまえば、ロイはこの街から撤退する事になるだろう。


 ロイは商店の立ち並ぶ道の角を曲がり、北側のエリアに向かった。

 メイン通りの北にある道にも商店が並ぶが、こちらは薬屋や道具屋、武器屋に工房、ギルドなどが立ち並ぶ区画になっていて、道を歩く者に女性の数は少ない。


「にゃあ~ん」


 道を進むロイ達の耳に、どこからか猫の声が聞こえた。

 ロイは呼び止められたかのように立ち止まると、建物脇から顔を覗かせる猫に目を細めた。


 猫に近付き、傍らに膝をつく。

 手の平を頭に乗せて撫でてやると、猫は目を瞑り、逃げるでもなくされるがままになった。リーアムは周辺に気を配りつつ、ロイの背後から猫を見ている風を装う。


『この先に冒険者ギルドがございます。まずはそちらへ』


 何処からともなく人の声が聞こえるが、それを疑いもせずロイは軽く頷くと立ち上がる。

 すると、猫は弾かれた様に路地裏に姿を消していった。


「行こう」

「はい」


 ロイは道沿いに進み、重厚な扉の前で立ち止まる。建物の入口には“冒険者ギルド”と書かれていた。

 そして迷いなく扉を開くと、ギシリと音を鳴らす床へと足を踏み出すのだった。


 そこは宿の食堂よりも広い空間となっており、正面奥に受付があって黒い制服を着た者数人がその中で忙しく動いている。手前の空間には10人程の冒険者がいて、掲示板の前や奥のテーブルに散らばっている。

 ロイは軽く室内を見回すと、迷わず奥のテーブルへと足を向けた。


「助かった、ドーラ」

 ロイは相席を尋ねることなく一人の女性の前に腰を下ろすと、リーアムも会釈しその隣に座る。

「いいえ。当然の事をしたまでです」

 ドーラと呼ばれた女性は、ニッコリと笑みを浮かべる。


「―――今日は(にわ)かに動きがあるようだな」

「はい。数名ですが、動きが活発になっていたため監視しておりました」

「流石にこちらの動きに気付き始めた、という事だろうな」

「奴らも馬鹿ではありませんでしたね」

 リーアムがシレっと口を挟み、それに苦笑してロイはドーラへと視線を戻した。


 ロイの前にいる女性は、普段は冒険者として活動しているカサンドラ・ユリエルス、通称“ドーラ”。30代に差し掛かると思しき姿には、冒険者としての経験を積み上げた揺るぎない風格が備わっている。萌葱色(もえぎいろ)の眼差しは活力に溢れ、翡翠色の長い髪は三つ編みで纏まられ片側へと流れ落ちている。

 冒険者としてのランクはB。弓を自在に操り皆に一目置かれる程の腕前を持つ彼女は、国内を自由に飛び回るソロ冒険者なのである。


 その為普段の連絡はクルークで行っている。今回は事前にこの街へと滞在してもらい、伯爵の屋敷周辺を監視してもらっていたのだ。そして勿論、彼女はロイが管理する職員でもある。


 ドーラのユニークスキルは“タイムシーフ”。

 魔力を使い動物の体を一時的に借りる事が出来るユニークスキルで、精神を乗っ取るとも言い換えられると本人は言っていた。体を借りる動物の時間を奪う為、時間泥棒(タイムシーフ)という事だ。

 そのスキルの効果範囲は、この街の中であれば問題なく使えるという便利なもの。

 だがそれは対動物に限定されており魔物の体を操る能力ではない為、クエストには活かせないとドーラが笑っていたのが印象的である。

 そんな彼女は現在、この冒険者ギルドの宿を借りて滞在してくれていた。


「こうして私が接触しては、今度はドーラに目を付けるかも知れないな……」

「それは問題ございません。私はボンドール(ここ)で冒険者ギルドから出る事はない為、彼らの前には姿を見せる事もありません。お気遣いは無用です」

「そうか」


 そう言ってロイは、テーブルから離れた場所にある窓へと視線を向けた。

 その窓の先に、先程から枯れ草色がチラチラと横切っている。室内は暗いため外からでは中の様子がうかがい知れないのか、ギルドの前をウロウロしている様子が丸見えであった。


 そのロイの眼差しの先に気付いたドーラが、気遣わしげに声を掛ける。

「まだ、御出にならない方がよろしいでしょう」

「そのようだな」

「それではお食事などはいかがですか? このギルドの食事もなかなかの味ですよ? 量と味は私が補償いたします」

「量は程々で良いのだけれどね。それでは私もいただいて行こう」

「今朝は朝食を簡単に済ませましたので、丁度良い頃合いかも知れませんね」


 リーアムに頷いて同意を示すも、ロイは改めてドーラに視線を戻す。


「その前にドーラ、ギルドに裏庭はあったな?」

「はい、ございます」

「借りられるか?」

「ええ。今の時間なら人目はございません」

「ではまずはそこへ行くとしよう」


 口角を上げたロイはそう言って席を立つと、ドーラを先頭に、リーアムを連れギルドの裏庭へと向かって行ったのであった。



 -----



 レインは昼過ぎには再び森の中にいて、そして隊列は号令と共に停止する。

 あれから数時間が経過しており、レインの魔力も半分以上は回復しているので体調にも問題はない。

 今のところルーナ(1度目)と違うのは、レインの体調くらいだろう。


 そしてこの後商人達は大量の小麦を積み込んで、隣国へと出国していくはずだ。そしてレイン達傭兵は、用が済んだとばかりに折り返してボンドールへと戻って行くのである。


(流石に数時間ではロイからは何も出来ないとは思うが、俺達がいなくなってからでも調べてもらえれば……)


 レインはアルタに嘘をついてまで伝えた報告が、少しでも足しになってくれることを願わずにはいられないのである。

 そんな事を考えつつもレインはオルダーの指示の下、倉庫から小麦を運び出していく。

 ここにおいては皆無言で作業を進めて行った。


「今回は100袋か。まぁまぁだな」

 と、商人は荷台に積んだ小麦を叩きながら言う。今回いつもオルダーと親し気に話していた商人である。


「まだまだあるから、いくらでももってけ」

「ハッハッハ、流石にこれ以上は馬がもたねえよ。また一週間後ってところだろうな」

「わかった。ダラクさんには伝えておく」

「そうしてくれ」


 商人との会話は主に小隊長2人が行っているが、周りで聞いている者たちは皆ニヤニヤと笑って聞いている。しかしそんな中、レインは会話の内容に首を傾けながら一人思考に沈んでいた。


 そもそも国内で小麦が足りないのに、なぜ国外の商人へ渡しているのか。今の話しからすれば1週間に一度は、メイオール領に来る商人に小麦を渡しているという事になる。

 荷を積み込んだときに見た荷台の中は、壺や装飾の付いた箱など値の張りそうな物ばかりが積んであった。

 確かに南では盗賊もでるという噂もありその為の護衛かとも思ったが、それはこの地より南のはずで、警戒する地域にずれがあるような気もする。

 それに、レインは他の商隊の事など知らないが、高級品が乗る荷台へ隙間を埋めるように小麦を乗せて帰るというのも、なにか腑に落ちなかったのである。


 レインが知る商店とは、食料品ならば食料品だけ、日用品ならば日用品だけを扱う店が多い。ただしモックス商会の様な大型店舗になれば、食料品や日用品も一緒に扱う事もあるのだろう。

 だが、それにしても高級品を取り扱う店は店の品格を下げぬために、小麦のような食料品などは扱わないのではないかと、素人のレインですら首を捻る行動と思えたのだ。


(どうなってるんだ?)


 そんな思考の中、視界の隅で木の葉が揺れた。

 目線だけでそちらを確認し、レインは薄っすらと微笑むだのだった。


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