83. 商人の護衛
その日の夜は、やはりロイとは連絡を取る事も出来ずに終わった。
ここは畑の中にある道の途中にあって、農作業中に休憩が出来るようにと設けられた広場の様な空き地である。
そんな周りが畑だらけの何もない拓けた場所では、流石にクルークを呼ぶことも出来ず、そしてロイからの接触もなかったのだ。
その晩、レインは殆ど眠っていない。
周りの殆どが眠ってしまっていたから起きていたという事もあるが、火の傍で商人達と小隊長の2人がいつまでもこそこそと話し込んでいたからでもある。
時々笑い声を上げる彼らを遠くから薄目で見つめながら、レインは彼らの動向を探っていたのだった。
そして夜が明けて皆がゴソゴソと起き出してきた頃、レインも背伸びをして立ち上がった。
今日はルーナで、何が起こるのかを見極める必要がある日だ。
「起きろ!」
と、何人かが寝ている者を蹴りながら歩き回る。
レインはアルタが蹴られないよう、まだ目を瞑るアルタへ声を掛けた。
「アルタ、起きないと蹴られるぞ?」
レインの声に一気に覚醒して身を起こしたアルタは、キョロキョロと周りを見てホッとため息を吐いた。
「……起こしてくれてありがとう。いつも蹴られて起こされるから、助かったよ。結構痛くてさ」
今日もマイペースらしいアルタは、ニヘラと気の抜けた笑みをレインへ向けた。
こんな奴らの中にいても、元々が真面目なのかアルタは唯一真面な人間だといえるだろう。
「それじゃこれからも、俺が先に起きたら起こしてやるぞ?」
「それでよろしく」
くぅーと伸びをして立ち上がったアルタも、レインの隣で蹴り起こされる奴らを眺めていたのだった。
その後皆は朝の食事を適当に済ませ、再び商人達と移動を開始した。
それは西へと向かっているらしく、延々と続く畑の中の道を、馬車を挟むようにして進んで行った。
(なぜ西へ向かっているんだ?)
そもそもそこが疑問である。
ここメイオール領は国の西側にある領地で、貴族が住む街も東側にあるのだ。
それを躊躇いもなくまっすぐ西へ向かうという事は、この先にも大きな街があるのかと思いアルタに尋ねる。
「俺達はどこへ向かっているんだ? こっちにも街があるのか?」
隣を歩くアルタは、レインの問いに肩を竦める。
「こっちには街はないよ、村しかない」
「じゃあ、商人達はどこへ向かってるんだ? 商売をしに行くんじゃないのか?」
「さあ、俺はそこまでは知らない。いつも国の端まで行ってそこで別れてるから、商人がどこへ行くのかはわからない」
「……国の端?」
「そう。国の端」
それは国境で別れるという事であり、だとすればあの商人達はこの国を出るという事だ。
国を跨いで商売をする者はいるだろうから別におかしい事ではないのだが、なぜそんな商人を隣国まで送り届ける必要があるのだろうか。そもそもこの巡回にしても、最初から彼らと落ち合う事を目的に出発したようなタイミングであったのだ。
そこまで考えて、このメイオールの傭兵は周辺で盗賊が出る事もあり、護衛として収入を得ているのかと思い至る。
「なあ、商人の護衛をするのは良いにしても、他にはどんな所まで送り届けてるんだ?」
レインは最後尾で、ダラダラ進む隊列に視線を向ける。
アルタは背中の荷物を背負い直し、レインに視線を向けた。
「え? 他にはって?」
「だって商人の護衛をして収入を得ているんだろう? いつも巡回という名目で、この領地を通過する商人の護衛をしているんじゃないのか?」
「ん? 言ってることはわからないけど、いつも巡回に出る時はあの商人の護衛だったと思うよ? 他の商人の護衛はした事ないと思う」
「え? いつも同じ商人の護衛なのか?」
「顔をハッキリ確認してる訳じゃないけど、多分そうだね。いつも同じ場所までついて行くから」
それでは、レインの推測は間違っているのだろうか。
商人達の護衛をして収入を得ているのかと思いきや、いつも同じ商人だけならば話は違うのかも知れない。
他の国に行く商人の護衛を、わざわざこの国の領主が雇う兵が護衛しているとはどういう事だろうか……。
アルタに話を聞いて、更に謎が深まるレインなのであった。
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商人について歩くこと2日。
昼前には畑がなくなり、鬱蒼と茂った森の中の道を一団は進んで行った。
そこは獣道と見まごう程の整備されていない道ではあるものの、下草は馬車1台分程がなくなり荷馬車も難なく通れる道ではあった。轍が残っているところを見れば、馬車が度々通過しているのだと分かる。そこを迷いなく進んだ一行は、数時間で歩みを止めた。
「止まれ!」
前方から号令がかかり、皆がバラバラと足を止める。
周りは木々に囲まれ、人が足を踏み入れる事もないのか芽吹き始めた草が小さな花を付けている。そんな場所に所々木漏れ日が降り注いでいた。
レイン達は最後方にいるため前方の様子はうかがい知れないが、皆前に移動して行くのでレイン達もその後を追って馬車の方へと向かって行った。
そして馬車を取り囲むように、傭兵が集まった。
その時レインが覗き見た1台の馬車の荷台は、半分ほど隙間が空いていた。
思えばここには消費した酒でも入っていたのだろうと、苦笑を零すレインである。
「お前達、荷を運べ」
「「「へいっ!」」」
荷を運ぶとはどういう意味かとレインはアルタを見れば、アルタは苦笑を浮かべながら皆が移動して行く方へと向かって行く。
「レオ、こっち」
「ああ」
訳も分からずついて行けば、荷馬車から50m程離れた場所に大きな小屋が見えてきたのである。
それは木々に囲まれるようにして立っていた為、レインは近付くまで気が付かなかったのだ。
先頭を進むオルダーが鍵を開けてその小屋の引き戸を左右に開けば、入口は馬車が通れる程の空間が出来上がった。そして扉の前に立つと、オルダーは声を張り上げた。
「馬車に乗るだけ詰めろ。急げ」
その号令がかかると、前にいた者からその小屋へ次々と入って行き、大きな袋を2つずつ持って出てくる。そしてレインの脇を通り過ぎ、馬車に戻って荷台にその袋を乗せていった。
少しすればレインの前が流れて小屋に入って行く。アルタに続きレインも足を踏み入れるが、入口で立ち止まり瞠目する。
建物の外観が木造で出来ているにもかかわらず、内側は外気を遮断するかのようにびっしりと石の壁が周りを囲んでいた。中は涼しく湿度も低く保たれたその建物には、所狭しとうず高く茶色の麻袋が積み上げられていたのである。それを皆は、黙々と言われた通りに運び出していたのだ。
「おい、何ぼさっとしてる! 早く運べ!」
立ち止まっていたレインに、入口からオルダーの叱責が飛ぶ。
「―――はい!」
レインが止まっていた間も、次々と後ろから人が入っては荷を運び出して行っている。
レインも言われた通り麻袋を担ぐと、皆の後に続いて荷馬車までそれを運んでいくのだった。
レインは、何度かその動作を繰り返しながらも思考する。
匂いからして、多分この袋の中身は小麦で間違いないだろう。その袋には収穫後の脱穀した状態の物が入っている様で、建物の床にはそれらの飴色の実が散らばっている事も見て取れた。だがどうしてこんな所に小麦があるのだろうか。
レインは収穫から流通までの流れを知らず、メイオールではどれくらいの量を収穫するのか想像もつかない為、これが“収穫量が減少している証拠”だとは一概に断定できないでいる。
そもそも小麦は粉にする前に乾燥させる必要もあると聞くし、粉として流通させるのならばどこかに保管しておく必要があるはずだ。ここはその為の保管庫であるのかも知れず、レインは取り敢えず様子だけをうかがって記憶するに留めることにした。
折しも今日はルーナでもあるため、今日のソールが終わるまでの間に、どうにかロイへとこの事を伝えなければならないと思うレインなのであった。