78. ソールの視点
レインは街に入ると、昼食用に1度目に食べて気に入った屋台へ寄ることにした。
この街の屋台は、定番の串焼きやガレット、芋を素揚げした物、腸詰肉の周りに小麦粉をつけて揚げたものなど、バリエーションが豊富だ。
その中でもレインはエッグロールという、この街で始めて食べたものが気に入った。それは小麦粉を練って広げた上にチーズや脂の乗った肉、歯ごたえの良い野菜などを棒状に包んで揚げたもので、ピリッとした漬けダレの辛みと肉の脂が溶けあって、いくらでも食べられそうだと思ったのだ。
どこからか「ここへは食事に来たわけではありません」と聞こえてきそうだが、そんな事を気にするレインではないのである。
今回もその屋台に立ち寄って満面の笑みで大量に注文すれば、そんなレインに気をよくしたのか、店主からは前回は聞けなかった噂を耳にする事になった。
「あんちゃんは旅の人だろう? これから南へ行くのかい?」
目の前で具材を包みながら、店主はレインへ視線を向けた。注文を受けてから作ってくれるため熱々だ。
「……ああ、そうだ」
レインは取り敢えず話を合せ、相槌を打つことにした。
「だったらここより南には盗賊が出るって話だから、一人で歩かない方がいい。乗合馬車を使うか、誰かと一緒の方がいいだろうね」
「?! 盗賊が出るのか?」
「そうらしい。何でも、南から上がって来る商人が時々狙われているって話だ」
「俺はそんな噂を聞いた事がなかったが……」
「儂が聞いた噂によれば、商人達は皆殺しだっていうから、それを報告する者もいない。だからこの噂を知る者は少ないと聞いたね。そんな噂もあるから、道中は気を付けるんだよ?」
「……そうか。ありがとう、気を付ける」
レインは店主に聞いた噂を頭に入れ、大量に渡されたエッグロールを持って、早々に広場の隅に陣取り人の動きを眺めていた。今はその噂の事を吟味しても答えが出ない為、一旦保留だ。ロイには伝えた方が良いだろうと、それだけ思って思考を打ち切る。
そしてエッグロールを咀嚼しつつ何となく街の様子を見ていれば、時々傭兵が広場の前を通過していた事にも気付く。一度目では気付かなかった事である。
しかしそんな傭兵を視界に入れた道行く者たちは、気さくに挨拶するどころか視線をそらして通り過ぎるのを待っている様にさえ見えた。
(ここの住人は、愛想が悪いのか?)
最初はそう思ったもののよくよく見れば傭兵の方の態度が悪いらしく、すれ違う人が避ける事が当たり前であるかのように尊大に歩いている。そんな傭兵は歩き方も目付きも、まるで粗暴者のようだ。街の人が怯えた様子を見せていたのは彼らのせいではないか、と思うレインである。
こうして2度も同じ日を見つめていれば、1度目に気付かなかった事も多々あるのだ。
(あれじゃ街中で立ち話も出来ないよな)
そう思えば、1度目に話しかけてきた男も目つきが鋭く、話し方も粗野だったと思い出す。
自分が今日からそんな面子の中に入る事はすっかり忘れ、レインは視界の端でそんな彼らの様子を見つめていたのだった。
だがそんな彼らが見えなくなれば、する事もなくぼんやりとするしかなかった。今回は少し早く着すぎてしまったため、少々手持無沙汰なレインである。
(やるか)
ロイの許可もあって剣を隠す必要もないため、レインは剣の鞘が抜けない様に紐で固定すると、荷物を1度目に置いた場所に置き一人素振りを始めたのであった。
そして昼も大分過ぎた頃、少年達3人が広場にやってくるのが見えた。
レインは素振りをしながら彼らの姿を視界の隅で追えば、まっすぐに木剣が置いてある所まで走って行った彼らは、そこに荷物を置くと、木剣を手に持ったままレインをじっと見つめていた。
(よし、掛ったな)
レインは、わざと彼らより先に剣の練習をしている風を装っていたのだ。まぁ実際に素振りはしているので練習している訳なのだが、そうすれば彼らの目に留まるだろうと思っていたのである。
ヒソヒソとレインを見て話し合っている3人に、レインは剣を振る手を止めて出ていない汗を拭った。
そこへ木剣を手にした少年達が近付いてくる。
レインはさりげなく振り向き、首を傾けてみせた。
「こんにちは。何か用かな?」
近くで足を止めた少年達に、レインは笑みを作って声を掛ける。
「あの、さ。……兄ちゃんは冒険者なのか?」
本物の剣を振っていたので、彼らにはそうみえたらしい。
確かに普通の人は剣を持ち歩いていないので、冒険者に思われたのかも知れない。本当は騎士だけど。
「ん? まあそんなところだよ」
「剣を使えるみたいだし、俺達と打ち合いしないか? 俺は大きくなったら騎士になりたくて、毎日練習してるんだ」
この子は確か、ルーナでケンちゃんと呼ばれていた少年だ。
この3人の中では一番体格が良く、一番剣の練習に熱心だった子供である。もしかするとこの子が授かったスキルは、レインと同じ“剣術”なのかもしれないとも思う。
「ああいいぞ? それじゃあ騎士になれるように、沢山練習しないとならないな」
「うん! じゃあ兄ちゃんは、この木剣使って!」
「おう、ありがとう。これは良い木剣だな」
と彼らの宝物である剣を褒めれば、みんな嬉しそうに満面の笑みを見せた。
そんなケンちゃんに手を引かれ、レインは3人の後を付いて行くと再び手合わせの順番で言い争いになりそうになる。そんな皆を鎮め、レインは少年達と剣の打ち合いを始めるのだった。
「せいっ!」
― カーンッ ―
「やー!」
― カーンッカコーン ―
「えいっ!」
― カコンッカコーン ―
そうして暫く彼らとの打ち合いを続けていれば、通りの方から枯れ草色の人物がこちらを窺い見ている事に気付く。
(やはり現れたな)
彼らと順番に打ち合いを続けながら視界の隅に男を捉えていれば、枯れ草色は程なくして姿を消した。
―――これで奴の目に留まったはずだ。
そして少年達と別れる頃に再び現れるはずであると、レインは薄っすらと笑みを湛えたのである。
「それじゃまたな、レオ兄ちゃん!」
「レオ兄ちゃん、まったなー!」
「またね~!」
「おう、みんなまたな」
2度目も夕方になると、少年達はレインへと手を振りながら家へと帰って行った。今回もすっかり気を許してくれたようで、レインも手を上げてそれを見送る。
ここまでは、1度目と同じ。
(さて、奴は来るかな?)
さりげなく、彼らを見送った後に男がいた場所を確認すれば……いた。
ガッツポーズを取りたい気持ちを抑え、レインは男に背を向けて荷物の場所へと歩いて行く。
「おいアンタ」
ビクリと少々わざとらしく肩を揺らし、ゆっくりとレインは振り返った。
男が歩いてくる様子を見守り、歩みを止めた所でレインは慎重に口を開く。ここからが本番だ。
「俺に何か用か?」
問い返せば、男は肩を竦めてみせる。
「ちょっと聞きたい事があってな。ああ、俺はこの街で傭兵をしているもんだ」
「……そうか」
「アンタは旅のもんだろう? この街には暫くいるのか?」
「まだ何も決めていない」
1度目と多少会話が変わっているが、レインは気易い態度を心掛けて返答する。
「それじゃ傭兵をやらねえか? 1か月の短期でも構わねえ、領主の傭兵だ。給料は良いし泊まるところも用意される。旅銀の足しにどうだ?」
「領主の傭兵?」
「そうだ、領地を巡回する奴が足りなくて人を集めてるんだ。どうだ、今日からすぐに泊まれるぞ? 見たところ荷物もそこにあるようだしな」
男がチラッと視線を向けた先には、レインが宿から持ってきたボンサックと剣が置いてあった。レインの旅の荷物だ。
流石に目ざといなと心の中で苦笑を浮かべつつも、レインの顔は喜びを浮かべていた。
「実は今日この街に着いたばかりで、まだ宿を取っていなかったんだ。それは助かるなぁ……本当に俺を雇ってくれるのか?」
「ああ。アンタは剣を使えるみてえだし、即戦力になればこっちが助かるってもんよ」
「そうか、金も稼げるならやる」
「それじゃあ、交渉成立って事でいいか?」
「ああ、よろしく頼む」
ニヤリと笑みを浮かべた男は手を差し出し、“オルダー”だと名乗った。
「俺は“レオ”という」
レインはそう言って男の手を握り返したのだった。