77. 準備は念入りに(ボンドールの略図あり)
ソールであるレインの今日は、朝食の席でルーナでの事を、ロイに再伝達する事から始まった。
クルークが来た後で、である。
「そういう事だから、今日接触があるはずだ」
レインはロイ達へ、傭兵に誘われた旨を伝える。
レインは意図せとも、相手の内側に潜り込める事になったのである。
「わかった。それではその場で了承してもらって構わないよ。ああ、ではレインは今日この街に着いた事にして、荷物を持って移動すれば良い」
「そうした方がすぐ移動できるな、わかった。それで、この剣はロイに返しておいた方が良いか?」
傭兵になれば剣を支給されるかと思い、レインは一応確認を取る。
「いいや、そのまま持って行って構わないよ。後で自分で用意しろと言われたら、面倒だろう?」
「そうだな、剣はこのまま借りておくよ。それじゃ俺はこの後のんびり荷造りしてから出る事にする。ルーナで街中の様子はすでに確認を終えたから、今日は急ぐ必要もないしな」
「そうか。レインは時間が戻れるのが羨ましいな。私にもその時間が欲しいよ」
「だがそうは言っても、ルーナで処理した書類は未処理に戻ってるぞ?」
「そう言えばそうだな。クックック」
確かにロイなどは1日の時間が足りないのだから、一度確認出来た事が記憶に残っているレインのワンセットは羨ましいと思うのかも知れない。だがこれは強制であり問題がなくても2回も同じ日を過ごすのは、実際自分の身に起こればうんざりしてしまうだろうとも思うレインである。
「それで、宿舎に入ってしまえばロイには会えなくなると思うが、報告は今まで通りクルークでいいか?」
どんな場所に寝泊まりするのかもわからないが、こうしてロイと顔を合わせて話す事はできなくなる。そのため伝達手段の確認をしておかなければならないのだ。だがクルークでは……。
「クルークでは、少し目立ってしまうかも知れないね」
「そうなんだよな。部屋が個室ならまだしも常に周りに人が居る場合、クルークが来ても迂闊に接触できないと思うんだ」
「魔鳥は目立つからね」
「ああ」
魔鳥は発色の良い緑色をしているため、一目で“魔鳥である”と気が付くだろう。そしてそれに気付く者は、伝達手段に利用されている事も知っていると思った方が良い。
「それでは、こちらから連絡する場合は職員を使おう。その職員から声を掛けさせれば、レインも“それ”と認識できるはずだ」
真面目な顔で話すロイに、レインはどうやって接触するのか疑問に思う。
(商人とかで、色んな所に出入りできる人って事か?)
多少の疑問は残るが、まあロイが言うなら大丈夫なのだろう。
「あぁ、それから“出来れば”で良いのだが、伯爵の屋敷へ夜中にこそこそ出入りしている怪しい者がいる。どのような者か分かれば教えて欲しい」
「わかった。それはさっきの?」
レインがクルークの件かと聞けば、ロイは口元に笑みを添えた。なるほど、とレインは首肯するのだった。
こうして朝の打ち合わせを終えたレインは、一人隣の部屋に戻った。
今日はルーナのように朝早くから街中を練り歩くのではなく、店などが動き出してから行動するつもりでいる。
それまでまた多少の時間があり、その間にレインはルーナで見た街の地図を起こす事にしていたのだ。
その地図を描き出しながら、街の中から外に出られる場所が多数設置されていた事を思い出す。
領主の館の周りには2か所と、宿に近い北側の倉庫付近も出入りができる門があった。そこには衛兵が常時立っており、勝手に通行が出来ないであろうと思われた。
他にも南側の住宅街にもあるが、そちらは規模が小さい扉で衛兵も立っておらず、荷車を1台出し入れできるくらいの大きさでしかなかった。その為、外の畑に出る者たちが生活の為に使用しているのであろうと想像する。
街中の細かい道までは巡ってはいないものの、行ったところの大よその様子を描き出し、レインはひとつ息を吐く。余白の部分にもまだ小径はあるが、それは端折った略図である。
「まあ、こんなもんだろう」
と独り言ちて、レインは紙を掲げる。
こうして書き出してみると、王都の十分の一程度の街である事に気付く。いいや、十分の一もないかもしれない。
レイン達が街の巡回をする場合の、3人が回る1区画分しかないだろう。
(これじゃ、3人で見回りが出来るな……)
レインは苦笑する。
そんな街に傭兵が、ざっと見ただけで30人くらいはいただろうか。その殆どは領主館の敷地内に居て、あとは北側の倉庫周りでウロウロしている者がいる程度。街の中を巡回する者は殆ど見掛けず、街の治安を守るというよりは領主だけを護っているのではと思う程だった。
まあ何にしても、懐に入ってみない事には何も分からないのである。
(そろそろ行くか)
外套を羽織り、その地図と荷物を持ってレインは部屋を出る。
そのまま足を奥の扉へと向けて、コンコンとその扉を叩く。
「はい、どちらさまですか?」
「レインです」
「はい、少々お待ちください」
そうして扉を開けたのは、いつも静かなエリックさんであった。
「主は今外に出ておりますが、いかがなさいましたか?」
「急ぎではないので大丈夫です。戻ったらコレをロイに渡してください。一応この街の地図を描き起こしたので」
そう言ってレインは、手に持っていた折りたたんだ紙をエリックに差し出す。
「わかりました、主にお渡しいたします。――そう言えばレインさんは、こちらを引き払われるのだとお伺いしましたが」
「はい。俺は今日この街の傭兵にスカウトされるので、今夜からその宿舎へ入ります」
「……そうでしたか。それでは再びお目に掛れるまで、ご健闘をお祈りしております」
「ありがとうございます、エリックさんも。それでは」
レインは頭を下げて見送ってくれるエリックに会釈を返し、小ぎれいな宿を後にするのだった。
(さすがエリックさん。俺が意味不明な事を言っても、受け流してくれたな)
ロイの侍従ともなれば、色々な事を見聞きするのだろう。いちいちそれはどういうことだと気にしていれば、仕事が先に進まなくなるというものだ。
それに、もしかすると多少は事情を知っているのかも知れないなと、レインはいつも静かなエリックが有能である事をひしひしと感じたのであった。
こうして宿を出たレインは、迷わず東の門から街の外に出て行く。もちろん徒歩である。
今日のレインは街中の散策は止めて、街の外周を巡ってみるつもりだった。東門の前までは道が続いていたから景色を知っているが、それ以外の方角はどうなっているのかを確認するつもりなのである。
(まぁ昼過ぎには街中に戻れるだろうし、少年達には合流できるだろう)
今日の最重要項目は、広場で“少年達と剣の打ち合いをする”だ。
その出来事がなければ、傭兵に声を掛けられる事もなくなるだろう。そうなればルーナでの出来事の殆どが無駄になってしまうと言っても過言ではない。それだけは、何があっても実行しなければならないのである。
気合を入れレインはボンドールの街を出ると、まずは北へ向かい隔壁沿いに曲がる。
そちら側は倉庫と領主の館がある方角で、街中には門前に傭兵が立っていた為、外にも居るのかその有無も確認するつもりであった。
レインがなぜ北側から回り始めたかと言えば、もし傭兵に見付かり声を掛けられた場合、東の街道から迷い込んだと言えるからだ。もし逆回りで声を掛けられた場合、街道のない場所から来た事の言い逃れが出来ないと考えたためである。
とは言えその考えは杞憂に終わり、北側の門の外に傭兵は立っていなかったのであるが。
こうしてレインは低い隔壁の周りをグルリと巡り、周りに畑しかない事を確認した。畑の中にあるあぜ道はどこまでも続き、空には優雅に鳥が円を描いているくらいである。
(のどかだな……)
しかしそんな場所で何かが起きているのだと、レインは気を引き締め直し、ボンドールの街へと戻って行くのであった。
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▼レインが描いた(設定の)ボンドールの地図です。笑
ざっくりですみません。
レインが歩いた所までの地図なので、入っていない空白部分にも建物がある
…というニュアンスで見ていただけると助かります。^^:
(茶色が建物で、薄茶が道、灰色は小屋など…という感じです)