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74. 報せ

 

「第二王子は城の奥で静養中だってなぁ」


 深夜とも言える時間。

 ハイウェル家の屋敷を身勝手に歩き回る男は、執務室に入って来るなりに言った。この男はノックもなしに入って来るため、心臓に悪いとクストは思う。


 この男の気配は薄く、そのうえ神出鬼没。痩せた体に生気は見られないが、唯一落ち窪んだ目は鋭く光っておりこの男が生きている事を証明している様である。そんな不気味な者を、屋敷の者は怯えて呼び止める事も出来ないらしい。尤もその前に自分が屋敷に入る許可を出しているのだから、そのせいであると言えるのだろうが。


「また、何かしたのか?」

 目を通していた書類から視線を上げ、努めて冷静に間近に立つ男を見れば、男は口元だけを上げて後ろのソファーへと勝手に腰を下ろした。これもいつもの事である。


「おやぁ? 息子から聞いてないのかぁ?」

「サイクスは連絡を寄越さない。その分君達が情報を仕入れてくるのだ、問題はないだろう?」

「伯爵は息子に甘いからなぁ。ヒッヒッヒ」

 息を吸い込むように笑うこの男の笑い方は好きではないが、それをわざわざ顔に出すクストではない。これでも、れっきとした貴族なのだ。


「私は息子を縛りたくないのだよ。それに王都にあるタウンハウスはもう私が使う事も無いのだから、サイクスに譲っただけだ」

「伯爵はもう、お貴族様の集まりには出ないって言ってたもんなぁ」

「妻がいない今、私には必要がないものだ」

「ほんと、伯爵は奥さんを愛してたんだなぁ。ヒッヒッヒ」


 妻を侮辱されたようでピクリと眉が動くも、この男に何を言っても妻が返ってくる事はない。あれからもう2年にもなるのだ。

 クストが壁にある肖像画に視線を向けていれば、目の前の男はクストの心を読んだように目を細めた。


「何もしてくれない国など、伯爵には必要ないもんなぁ? 伯爵が縋った時も助けてはくれなかったんだしよぉ。そして追い打ちをかけるように働けと指示を出す、まだ悲しみの最中だったってのによぉ。そんな奴らを尊重する義理はないよなぁ?」


 そう言って眉を下げてみせているが、男の目は悲しんでいない。

 この男は同情などには無縁であり、こうして度々クストに妻の事を思い出させているだけだと分かっている。クストの悲しみが募るように……。


「それで、今度は何をしたのだ?」

「ちょっとオイタが過ぎるから、お仕置きをしただけだぁ。それに丁度ザンヴィークの娘と会っていたから邪魔してやったのさ。だが死んじゃあいない、残念な事になぁ。ヒッヒッヒ」


 ついこの前も、王都で王家に納める剣を盗んだ者がいたという事件があったらしいが、どうやらそれもこの男が何かした為であったようだ。だが、クストは諫めもしないし勝手にさせている。こうしてクストは話を聞くだけ、所詮は他人事なのである。


「確かに第二王子はここへは視察に来たが、形だけの事ですんなり帰って行ったはずだ。私は表面上、貴族としての務めは果たしたのだし、小麦の流通量にも問題ないと帰って行ったはずだが?」

 何もしてくれない国は何もしないはずだ。だから私が何をしようと、文句を言ってくるはずがない。


「あの王子はこそこそ動いていて目障りでなぁ。ジェムもやりづらいと愚痴をこぼして来たから、ちょぉっと静かにしてもらおうって事だなぁ。まぁ伯爵は今まで通りにやってくれりゃ、何も問題ない。今後もよろしく頼むよぉ」

「ああ。解っている」

「ヒッヒッヒ」


 執務机にあるだけの部屋の明かりは、陰湿に笑う男の顔に深い影を落としていたのだった。



 -----



 次の日、レインはルーナ(1度目)である。


 今回の遠出は、レインには初めての遠征、という感覚だ。

 周りに仲間達騎士団員はいないものの、彼らの分まで頑張らねばと気を引き締めつつ自室の扉を開ければ、隣の部屋からロイ達が出てきたところであった。


「おはよう。よく眠れたかい?」

「おはようロイ。ああ、ぐっすり眠れた」

「それは良かった。因みに今日は何度目かな?」


 そう聞かれ、確かにロイとはその辺りの取り決めをしていなかったと思い出す。


「今日は1度目だ。その事を俺とギルノルトの間では、“ルーナ”と言っている。それだと人に聞かれても意味が分からないだろう?」

「ルーナか。それは“月”という意味だね?」

「――良くわかったな」

「では2度目は、太陽(ソール)?」

「……ご名答」

「流石ロイ様ですね」

 ロイの後ろに、なぜか自分の事のように喜ぶリーアムがいた。


「では私とも、これからは“ルーナ”と“ソール”にしよう」

「ああ、それで頼むよ」


 廊下でこそこそ話をしていれば、他の客も扉を開けて出てくる姿が見えた。


「私達も下に行こう。今朝は皆と一緒に食堂で摂る予定にしている」

「わかった」


 そして歩き出したロイの後ろにリーアムが続き、レインはその後に続いて行く。

「あれ? エリックさんは?」

 一人足りない事に気付いたレインが尋ねれば、答えたのはリーアムだった。

「彼は部屋で待機しています。食事も後程摂るはずです」

「そうですか」


 なぜかリーアムには敬語で返すレインに、ロイはクスリと笑い声を漏らしていた。


 そして1階に降りて廊下を受付とは反対側に向かえば、その奥には30人程が収容できる食堂があった。

 そこには既に10人程が席に座り、食事を始めていた。

 レイン達は空いている窓際の席に腰を下ろすと、客の流れを見ていた女性が席へと向かってきた。昨日部屋に案内してくれた女性だ。


「おはようございます。お部屋はいかがでございますか?」

「快適ですよ、よく眠れました」

 リーアムの答えに女性は笑みを浮かべる。

「それはようございました。それではお食事をご用意してよろしいですか?」

「ええ、お願いします」

 リーアムは爽やかな笑みを乗せ、準備に戻る女性を見送った。


「今朝は、宿泊している者の顔も見るためここで食事を摂っている。これ以降は私の部屋に食事を運んでもらう予定だから、そのつもりで居てくれ」

「了解。朝晩は、色々話す事もあるだろうしな」

「そういう事だね」


 そうこうしている間に、食事が運ばれてくる。

 この女性は宿の女将であるらしく、旦那と2人で営んでいるのだと挨拶をして下がって行った。昨日は疲れているだろうからと気を遣い、挨拶は遠慮してくれていたらしい。


 そうして食べ始めた朝食は、ベーコンと目玉焼きという定番メニューに、食べ放題だというパンが添えられていた。そしてポタージュのスープとサラダ、デザートには甘みの強いクレメンティンという柑橘系の果物も添えられていた。これは今が旬の果物らしい。


 こうして朝から量も満足の食事を摂り、レイン達はロイの部屋へと戻った。



「客層に問題はなさそうですね」

「そのようだな。尤も、宿に泊まっているとは限らないが」


 リーアムとロイが話しているところへ、食後の飲み物を運んでくれるエリックである。レインがエリックに会釈を返せば、にっこりと微笑んで下がって行った。静かな人である。


「それでは、それらの動向も確認いたしましょう」

「ああ、だがそれは他の者にまかせよう。クルークで連絡を取る」

「かしこまりました」


 彼らの話を聞いていたレインは、そこで窓際にある木が揺れた事に気付く。

 何の気なしに見ていた窓だったが、気になって立ち上がるとレインは出窓を開け放った。


 ― バサ バサ バサッ ―


 レインの脇をすり抜けるように、緑色の鳥が飛び込んで来た。

 いきなりの事で驚いたが、それがクルークだと気付きレインはロイ達へと振り返った。その鳥はロイの肩に留まり、既に羽を休めている。


「ありがとうレイン。丁度クルークが来ていたから、窓を開けようと思っていたところだった」

「知ってたのか?」

「ああ。クルークが近くに居れば私にはわかるからね」

「契約者であれば感知できると、いう事か」

「そういう事だよ」


 フフッとロイが笑えば、クルークはレインの聞いた事がない声で話し始めたのだった。


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