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72. あおい海

「ガラリと景色が変わったな」


 幌馬車の後方から視線を巡らせるレインは、街道から見える景色の変化に目を細める。

 これまでの道では葉を落とした木々が周辺に群生していたが、少し前から景色を遮るものが無く、平地が広がっていたのである。


「レインも気付いたか。ここはもうメイオール領に入ったからな。一面の草原に見えるものは、麦の芽だ」

「へえ。麦は冬も青いのか」


 そこに青々とした草の様なものが広がっており、ロイの話によればそれは麦であるらしい。


「レインは麦の種付け時期を知っているか?」

「いや、知らないな」

「そうか」

 と頷いたロイは、景色へと視線を巡らせた。


「麦は寒くなる秋から冬にかけて種を蒔く。そして冬の間にそれが青く芽吹き、夏前に黄金となりそれを収穫する」

「へえ。案外早い時期に収穫するんだな?」

 レインは、寒い時期に彩を添える麦の青に目を細めた。


「ああ。その為冬になって物流が滞るという話は、本当に凶作であれば筋が通っている」

「書類上では生産が少ないって話なんだろう? だったらそれは間違ってないとは思わなかったのか?」


 レインは小首を傾げロイに視線を戻せば、ロイの視線もレインに注がれていた。青々とした畑はどこまでも続いている。


「そう。普通であれば疑わない事だが、道行く者の目を塞ぐことは出来ないだろう?」

「ん? どういう意味だ?」

「――いくら書類上で不作だったと報告しても、この街道を通る者の目はごまかせない、という事だよ」


 そう言われ、確かにマルセルも「そんな話は聞いた事がない」と言っていた事を思い出す。


 革職人のマルセルは、取引先の商人などからも話を聞く機会はいくらでもあるのだろうし、それでも凶作だとは聞いた事がないと言い切っていた。

 商人などは、常に街道を行き来して物流を回している者たちだ。そんな商人達からすれば麦の出来も気になるところであろうし、この道を通りながら麦の収穫量に変化はないかと目を凝らすはずである。

 そして一面が黄金に輝く景色を見て、変化なしと思っていたにも係わらず実際には小麦が出回らないという事なのだろう。


 “誰かが止めている”

 そう思うのも無理はない。

 だが、何の証拠もない。


「なぁそのメイオール領の伯爵って、どんな奴なんだ?」

 そこまでを考え、レインは今回向かう先の人物に意識が向く。さぞ悪辣な貴族なのだろうと思えば、ロイは苦笑いを浮かべていた。


「至って普通の貴族だよ」

「普通? 小麦を止めてるのに?」

「ああ。私が知る今のハイウィル伯は多少神経質なところもあるが、この国に代々続く伯爵家の一人に過ぎない」


 ロイに視線を向けているレイン。

 その隣から呆れた視線が向けられている気がするも、それは見なかった事にする。知らないものは知らないのだ、知ったかぶりするよりは良いだろう?


「ただ、数年前に奥方を亡くされたようだ」

「へえ。何かあったのか?」

「元々体の弱い方だったらしいが、風邪をこじらせて亡くなったらしい」

「それはお気の毒だな」

「そして、その直後に麦を積んだ荷が盗賊に襲われる事件があった」

「不幸が重なったみたいだな……」


 レインもそんな話を聞けば、流石に気の毒になってくる。

 家族を亡くした直後に盗賊に襲わるなど、まるで追い打ちをかけるようではないか。精神的にも辛いものがあっただろう事は想像に難くない。


「それに対し、ハイウィル伯はすぐに兵を出しそれを制圧させたと聞いている」

「へえ。頑張ったんだな」

「ただ、その後からだ。小麦の出荷量が徐々に減って行ったのは……」


 今のロイの話を聞けば、その年から何かが起こっているらしいことはわかった。


「でも、その小麦はどこにあるんだ? 出回ってないというなら、どこかに隠してるんだろう?」

「それを極秘に探る為、第一騎士団に頼みメイオール領へ立ち寄ってもらった事がある」

「遠征のついでって事か?」

「ああ。常に遠征に出ている者が立ちよる分には、警戒されないと踏んでいたのだが……」


 ロイはレインから視線を外し、遠くを見ている。その表情は眉根を寄せ、まるで苦痛に耐えているかのようだった。


「レイン、バジリスクの事は知っているだろう?」

 急に話が変わり、レインは目を瞬く。

「ああ、一度目にしたな」

 その時、レインはエイヴォリー総長と共に現地へ赴いたのだ。それはロイも知っている事であり、何よりそれはロイが手配してくれたから成し得た事でもある。


「私が密かに探るよう第一騎士団に頼んだのは、その時だ」

「へえ……?」


 取り敢えず返事は返すものの、レインには話の流れがつかめない。

 何かあるだろうと探っている貴族の下を訪問した帰りに、伝説級のバジリスクに遭遇し、1度目は死者も出てしまったという事だ。それはたまたまという訳で、何かおかしなところがあるのか………?


 ああ、そういえばムルガノフ副団長に話を聞いた際「どこから帰って来たのか」と問えば、副団長の気配が変わった事を思い出した。レインは2度目に動く為の情報として聞いたのだが、極秘任務の帰りだったがゆえに、詮索するなと止められたのだと納得する。


 そんなレインの思考を知らないロイが、再び口を開く。


「こう言えば理解できるだろうか。バジリスクは召喚する事が出来る、という話もある」

「――?!――」

「まぁ尤もこの話は眉唾もので、信じている者はいない。と思っていたのだがな」

「………でも、可能性として“ある”って事なのか?」

「無くはないだろう、と私は考えている」


 それであれば話はガラリと変わってくる。

 遠征中の極秘任務として貴族を探っていたその帰り、召喚できる可能性のある伝説の魔物が現れたという事だ。

 だがその言い方だと、探られていたものが召喚させたことになるのでは……。


「その召喚というのは、誰でも出来るものなのか?」

「いいや。魔物を召喚できるユニークスキルが無ければ、まず無理なはずだ」

「ユニークスキル……か。じゃあその何とか伯というのは、ユニークスキル持ちなのか?」


 ここにいるロイは、ユニークを持つ者を集めた部署を統括する人物だ。

 レインもロイがそうだと知らぬ内から接触され、ロイ側では既にレインの事も把握していたのだ。流石にその部署に携わっているだけあって、普段からユニークスキル持ちに関してはアンテナを広げているのだから、もしその貴族がユニークスキル持ちであれば、ロイが知らないはずはないだろう。


「私は、聞いた事がないよ」

「私も存じ上げませんね」

 ロイに続きリーアムも言葉を挟んだ。

 余りに静かなので、すっかりリーアムの存在を忘れていたレインである。


「上手く隠しているって事か?」

「そうかも知れないし、違うかも知れない。ハイウィル伯に多少の魔力がある事は知っているが、彼にユニークスキルがあるかどうかまでは分からない」

「そうか」


「ただ、貴族はお金で人を雇えますからね。我々が知らないスキル持ちを密かに見付け、子飼いにしている可能性もあります」

 その声の主に視線を向け、レインは眉根を寄せた。

「確かにあの毒野郎も、普通じゃ考えられない行動をしていた。それを思えば、あいつがユニークスキル持ちという可能性もあったな」


 そんなレインの言葉に、ロイは真っ直ぐな視線を向ける。

「レインは例の犯人とは、何度か対峙した事があったのだね」

「ああ。3回だな」

「――貴方の行くところには、危険しかないですね」

「全くだ」


 珍しくレインがリーアムの言葉を肯定すれば、リーアムが瞠目する。

 多分また嫌味で言ったのだろうが、レインが素直に同意した事で驚いたのだろう。

 そうは言っても、その危険を回避する目的で2度目を動いているので、肯定するのは当たり前なのである。


「その為今回は、その辺りも探りを入れたいと思っている」

「随分と探りがいがありそうだな」

「そのようだね」


 王子がこうまでして動いている目的は、まず小麦の現状を知る事。その上で生産量を虚偽報告しているのであれば、余剰分の小麦は一体どこに行ったのか。

 そして、バジリスクの件が偶然か否かの確認。たまたまにしてはタイミングが良すぎる事が懸念事項であるが、それが本当に偶然であったのならば注目する必要はなくなるだろう。しかし、もしも召喚できる者が近くに居る事が確認できれば、それは偶然ではなくなると言える。


 ここまでの一連の推測をひとつひとつ解き明かすため、レイン達はこの先にある街へ入り探る事になるのだ。


(ただの騎士の許容量を超えてないか?)


 というレインの心の声は、広がる新緑の(あおい)海に飲み込まれて行くのであった。


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― 新着の感想 ―
ただの騎士は王子を救う為に王宮に忍び込んだりしないのよ?
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