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71. 束の間のひととき

 レイン達が目指すメイオール領は、王都から馬車で片道2日の距離という話だ。

 その為、途中の街で宿をとって1夜を過ごし、翌日メイオールへと向かう予定だと聞かされている。



 この日泊るところは、王都から南へ1日の距離にあるノルトスという街。

 ロイによれば、ノルトスはメイオール領の北に隣接するザンヴィーク領にある街で、その中では一番大きな街だという。


 そんなノルトスに到着した1度目は身を隠すようにそのまま宿に籠っていたが、この街では特に不穏な事もなかったため、折角ならと2度目では街中を見て回る事にしたレインである。


「王都には適わないが、確かに大きな街だな」

「流通で経由される街は、人々が多く集まり、賑わい、発展する。ノルトスは王都のすぐ南に位置する事もあり、南西から王都へ向かうものは必ずここを介すると言っても良いからね」

「へえ。ここもどこかの貴族が治めているのか?」

「ああ。ザンヴィークは、コレンザ伯爵が治める土地だよ」

「へえ~」


 レイン達はノルトスの宿へ馬車を置き、この街を見てみたいというレインに、ロイが案内を買って出てくれ今に至る。


「そのような基本も知らぬとは、一体貴方は学び舎で何を習ったのでしょうか……」

 ロイの半歩後ろにいるリーアムが、フードの影から呆れた目をレインに向けた。


「………」

 レインは何も言えない。

 ここで“学校ではそこまで学ばなかった”と言えば、それはそれで色々言われる事もわかっているからだ。

 今知ったのだから、今後は問題ないはずだ。


「街の学び舎ではそこまで詳しく教えないのだろう。貴族の名なぞ知らなくても、人々の生活には支障ないのだからな。貴族では当たり前の知識でも、一般では通用しない事もある」

「……はい」


 リーアムは、ロイが言う言葉には素直に従うらしい。まぁそれはそうか。何も言わなくて良かったと、レインはこっそり苦笑するのだった。


 そんなレインを気にした様子もなく、ロイは話を続けた。

「ザンヴィークの産業は、主に林業と酪農だ。この地も国の北部に位置するため、王都と同じく作物の生育には向かない。土壌も不向きと言えるだろう」

「なるほどな」

「だが、ここより南にあるメイオールは小麦に適した土地と気候であり、我が国では有数の小麦生産地となっている」

「そういう事か」

「まぁ他の領でも小麦の生産はしているが、中でもメイオールの収穫量は突出している……という話であったのだが」

 と言葉を切って、ロイは表情を曇らせた。


 現在は、そのメイオールから王都へ入って来るはずの小麦が年々減っており、書類上でも収穫量が減っていると報告されているらしい。小麦の出荷動向を調査してみても、確かに国内に流通しているメイオール産の小麦は年々減っている事が分かっている。

 書類上の生産量と流通量、このどちらも相違ないことで虚偽申告だとは決めつけられないのが現状だった。


 だが、凶作や蝗害(こうがい)などがあったという話も聞かないゆえに、ロイはその矛盾を内々に調査していたという事である。


 もし今までと変わらぬ生産量があるとすれば、どこかに隠しているなどが考え()る。

 その為、国に申請された生産量を報告する書類が、本当に(・・・)虚偽はないかとサニーに確認させたという事であった。


 そして、出された答えは黒。


 それに加え、マリウス王子が現地を視察し調査している事を匂わせれば、直後王都で襲撃事件があった。

 普通に考えれば、どうみてもそこ(・・)が怪しいと一目でわかるが、しかしここ(・・)も証拠が何も挙がらない。

 その様な経緯を経て、ロイ自ら目立たぬように証拠集めに出る事にしたという話である。


 しかし、王族とは城で(かしず)かれてふんぞり返っているだけかと思いきや、この国の第二王子は思いのほか国の為に粉骨砕身する人物だったようだ。


(本当に、ロイはいつ寝てたんだ?)


 良い意味で呆れてものが言えないレインと、それを常々心配するリーアムは、ロイを介せば同じ思いを抱いている事だろう。ただし、ロイがいなければ水と油である。


 そのような事で、ノストルを軽く一通り案内してもらったレインは小綺麗な宿に戻り、この街の名物であるフォーリコールという羊の骨付き肉とキャベツを煮込んだ料理を堪能し、思いのほか休暇の様な一日を送ったのであった。





 そして翌朝、レイン達は再び街道に戻った。

 その道のりは穏やかで、雪がない街道には落葉樹の並木が縁取り行く先を示している。


「なあ、ロイ」


 ガタゴトと揺れる馬車は長閑な景色を流し、すれ違う人々も穏やかな顔をしていた。


「何かな?」

 向かいに座り腕を組んで目を瞑っていたロイが、レインの声で目を開く。

「言えなかったら言わなくていいが、あの日はデートだったのか?」


 ― ガタンッ ―


 丁度馬車が石を踏んだらしく大きく揺れた事で、レインの言葉に気を取られたロイが傾いた。

「お怪我はございませんか?」

 即座に支えたリーアムが、少し傾いただけのロイを心配そうに覗き込んでいる。


 どこもぶつけてないんだから怪我も何もないだろう……と心の中で突っ込んでおくレインである。


「ああ、大丈夫だ……」

 少々上ずった声のロイは、気を取り直したようにレインに視線を向けた。

「それで、レインは何と言った?」

「だから、襲われたあの日はデートだったのかと聞いたんだが?」

 そんな変な事を聞いたのかとレインが首を傾げれば、ロイは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「見えていたのか………まぁ当然だな。あれはデートではない、見合いだ」

「へ?」

「私もそろそろ妃を(めと)れと言われている。兄上が婚姻して数年が経つため、陛下の矛先がこちらに向いたのだ」

「はあ……」

ロイは苦笑し、レインは何と言って良いのか分からず言葉を濁す。


「その為、私と年齢が釣り合う令嬢と顔を合わせている。私の職務の関係で昼時しか時間が取れない為に、時々あの様に令嬢と共に昼食を摂っていた」

「……そうか。王子も大変なんだな」

「まぁそれなりに。因みにあの日会う予定だったのは、昨日通ったザンヴィーク領のコレンザ伯爵の令嬢だ」

「そうなんだ……」


 レインには理解できないが、貴族などの結婚は家同士の結びつきとなるため、好いた惚れたで結婚できる訳ではないとは聞いた事がある。

 勿論、家格が上の者が見染めて婚姻を申し込む場合もあるが、ロイにはそういう女性はいないのだろうか、とふと疑問に思う。


「好きな人はいないのか?」

「ぐっ」

 変なところから声が聞こえたが、まぁ聞こえなかった事にしよう。

「貴方は遠慮というものを知らないのですか?」

 ここでまたリーアムが口を挟む。リーアムの好きな人は聞いていないはずだが?


「………その様な者がいれば、もっと楽になっているはずだな」

「そうだよな。ロイはそんな暇もなさそうだし」

「まぁそんなところだ」


 色々大変そうだなという視線を向けたレインは、そう言えばと言葉を続けた。

「ロイがここにいるって事は、お見合いはもう良いのか?」

「私は今静養中でね。お見合いどころではないだろう?」

「あぁそういう事か。もしかしてそのお見合いも面倒になって、仮病を流したのか?」

「フフッ。――それについては想像に任せるよ」

「ロイ様……」


 悪戯な笑みを浮かべるロイに、リーアムが呆れた視線を向けた。

 側近は、王子の結婚まで心配しているらしい。その内リーアムは、口うるさい爺やと間違えられそうである。


 そんなのどかな会話を繰り広げながら、人知れずメイオール領へと入って行った王子一行であった。


余談:作中に出てくる「フォーリコール」はノルウェーを代表する伝統的な煮込み料理を参考にさせていただきました。味付けは塩と胡椒のみですが、とても美味しそうなので。笑

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