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70. レインの有給休暇

 

 ― ガラ ガラ ガラ ガラ ―


 ある冬の日、レインは王都から出発した幌馬車に乗っていた。

 その馬車は庶民が使うような至って普通の馬車で、道に落ちている石ころにガタンと揺れ、レインは幌枠に頭を打ち付ける。


「いてっ」

「ククッ」


 レインは先程から揺れる度にどこかにぶつかり、そして今のように笑われていた。


(乗り慣れてないんだから仕方ないだろう?)


 内心そんな言葉を浮かべ、笑った相手を()め付ける。

 向かいに座る者は腕を組み、多少の揺れにも動じていないのがちょっと悔しい。


「――貴方はもっと、体幹を鍛えた方がよろしいのではないのですか?」

「そう言ってやるな、リーアム。レイン達騎士は、普段馬車には乗らないのだからな」

「ふんっ」


 そう、豪華でもない幌馬車の中でレインの向かいに座る2人は、ロイとリーアムなのである。



 なぜレイン達が馬車に乗っているのかと言えば、ロイが秘密裏に、とある場所に向かうからとレインを連れ出したからだった。

 その馬車は今、軽快に南へ向かって進んでいるのである。


 普通に考えれば、王子が近衛も連れず外を出歩いている事はあり得ないのだが、こうしてロイがレインと王都を離れる事が出来たのはロイが流した噂のお陰であるらしい。


 実は襲われたあの日、公にはマリウス王子が無事であった事は伏せられ、王子が何者かに襲われて重傷を負ったと、他ならぬロイ自身が噂を流していたのだ。マリウスを護衛する近衛などあの場にいた一部の者は事実と異なる事を知っているが、それは極秘であり口外してはならぬ事になっている。

 そして現在、街には『マリウス殿下が重傷を負い、城で静養している』という話が広まっており、第二王子は部屋に籠ってベッドの上で大人しくしている、という事になっていたのだった。




「どうせなら、この機を利用させてもらう」


 輪舞の岬に呼び出された日、今回の予定を話され、そんな言葉を軽く言ってのけたロイに苦笑するしかなかったレインである。


「しかし俺についてこいと言われても、俺も任務があるんだが……」

 一緒に来てくれと急に言われても、レインは第二騎士団員としての務めがあるのだ。


「そこは気にしなくても大丈夫だ。レインは今までの有給休暇を殆ど消化していないのだし、レインを連れ出す事は叔父上も了承済みだからね」

「へ?」

 いきなりの展開にレインが動きを止めてロイを見れば、いたずらな笑みを浮かべてロイはグラスを揺らしていた。


「さようですか………」


 こうして言うからには、ロイの中ではもう決定事項なのだろう。

 まさか自分の有給休暇まで把握されているとは思わず、さらに、その休みをロイに付き合う為に消化させられるとは思いもしなかったレインである。


 とは言え、実はロイの言葉の中にレインの休暇を使うなどとは一言も触れていないのだが、この時点でレインはまだ気付いていないのだった。


「……だが、ロイが王都(ここ)を離れても大丈夫なのか? あの店の事もあるんだろう?」

「ああ、だがそこは問題はないよ。現状出入りを確認する限りは小物しかいないからね。今は監視を続けていれば十分とみているし、何かあれば叔父上が対処してくれる手筈だ」

「そうか、ならいいが」


 例のあのメニューのない店には、貴族の息子がこそこそ出入りしている事が判明しているとの事で、以前レインが見た2人の内の1人がそれだったようだ。

 彼らが一体中で何をしているのか知らないが、その店にはあの毒を放った者も出入りしていたのだから、余り良い事はしていないだろうとレインですら想像できる。


 それにその貴族の親と言うのがメイオール領を治める者であり、その辺りの絡みもあってまだ手出し無用という通達が出ていたらしい。極論で言えば、あの胡散臭い店は小麦の生産地である場所と繋がっていた、という事になる。


 しかしそこまで分かっていながら決定的な証拠が何もなく、こちらから手を打つ事が出来ないという。

 先日レインが辿った犯人の足跡も、証拠として提出できない為に決め手とはならない。あれはレインにしか見えないものであり、そして時間が経てば消えてしまう物だ。そしてサニーが調査した事も、同様であるという話だった。


(確かに、色々と絡みまくってたんだな……)



 そんな話を経てレインは今、ロイとリーアムの3人で身軽な旅の途中なのである。尤も、身軽なのは格好だけで、レインの心が軽い訳ではないのだが。


「―――しかし、3人で大丈夫なのか?」

 レインはこれからの予定を思い出し、眉間にシワを寄せる。

 これからの予定は言わずもがな、先日マリウス王子が視察した“メイオール領”へと極秘裏に向かうのである。


「言っていなかったが、今回は流石に3人だけではないよ。向こうには既に数人の近衛と職員を置いている。彼らとも連絡を取り合っているから安心して良いよ」

「……はぁ~。一体ロイはどこまで見越してたんだ?」

「どこまでかはまだ私にも分からないね。今回は、たまたま私が動く機会を向こうがお膳立てしてくれただけだからね。まぁこちらが動けば何かしてくるとは思っていたが、本当に良いタイミングだったよ。クック」

「ロイ様、くれぐれも危険な事は……」


 レインとロイの会話に、リーアムが眉尻を下げて口を挟む。

 言われたロイが満面の笑みを浮かべているのだから、レインとしても“大丈夫なのか?”とは思わずにはいられない。リーアムの顔を見る限り、行動力があり過ぎる王子を主に持つと側近も色々大変そうなのである。


「ああ、そう言えばレイン」

「ん?」

「例の渡した物はどうした?」


 例の物とは、先日渡されたマリウス王子の紋章入りピンバッジの事だ。

 あれは、持つ者がマリウス王子の庇護下にあるというのは表向きの話で、その実、秘密の部署の職員であるという証である。

 それはもしもの時に提示するものであり、常に身に付けてくれと言われていたものだ。


「あれか。今日も付けてるぞ?」


 今日のレインは制服ではなく、普段着で一応外套を羽織った旅装束だ。向かいに座る2人も生地は良さそうだが、旅人が着るような簡素な服装で外套のフードを頭から被っている。


 先日渡された物はこうして着替える事も考慮すると、どこに付けて良いのかをかなり悩んだ。日々制服とは言え、出歩く時などは私服に着替えるのだし、いちいち小さなバッジを付け替える事を忘れそうだったのだ。それでギルノルトにも相談し、悩んだ末……。


「見えない場所につけるように指示はしたが、因みに今日はどこに付けている?」

「ああ、ここだ」


 ペロリと無造作にめくったのは、レインの焦げ茶色の髪だった。


「左耳に付けたんだ。これなら着替えても付け忘れがないだろう?」

「確かにレインの髪は耳を隠しているが……。レインには元々ピアスの穴が開いていたのか?」

「いいや。これの先が尖ってたから、そのままこれでブスリと刺したんだ」

「………。隠せとは言ったが、そう来るとは思わなかったな」


「そうか?」とキョトンとするレインにロイは呆れ、リーアムは納得した様に頷いている。

「それならば無くす心配もありませんね」

 というリーアムの呟きに、ロイは半目を送っていたが。


「だがレイン、それは裏面だ。表は逆だぞ?」

 ロイが言うように、見せた耳たぶには留め金である金のクラッチが輝いていたのである。


「ああ、それは良いんだ。万が一見られてもいいように、わざと裏表逆にしてるからな」

「――そうか」

「貴方にしては、よく考えましたね」

「……まあな」


 リーアムの突っ込みにはこの際何も言うまい。

 なぜだかリーアムはレインに度々突っかかってくるので、気にしても仕方がないのである。

 そのリーアムは、王子の紋章は持たされていないという。

 彼がユニークスキルを持っていない事もあるのだろうが、元々マリウス王子の側近である事は周知の事実であり、リーアムは侯爵家の人間で身分は保証されているからだろう。


 こうしてマリウス王子が襲われた日から一週間後、レイン達は誰に見送られる事もないまま、こっそりと王都から姿を消していたのだった。


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