67. 明かされる事実
(しかし、どうなってるんだ?)
ビクビクして訪れたはずの執務室は、思いのほか和やかな空気に包まれていた。もっと違うアプローチで来ると身構えていたのだが、少々肩透かしを食らった気分だ。
そうしてエイヴォリーが執務机に背を向けるソファーに腰を下ろしたところで、レインは思っていた事を率直に聞いてみる事にした。こうして座らされている事と良い、レインが考えていた事とは違うのではと思えたからだ。
「エイヴォリー総長、今日呼ばれたのは、私の処分についてではないのですか?」
「処分とは?」
エイヴォリーはレインの言葉を問い返す。
「私は昨日、近衛騎士団員の制服を奪い、立ち入り禁止区域へ侵入しました」
レインはまだ、ここではスキルの事には敢えて触れないでいた。どのみち禁を犯した事への処分を聞かねばその先はないのだと、膝に置いた手を握り込む。
「それについては、レインが殿下の命を救った者であるという事。そして私が君を誘導したであろうと推測できるゆえに、レインの行動については私が全責任を持ち、レインの咎はないものとする」
「え……?」
レインは下がっていた視線を上げ、エイヴォリーとロイへ視線を向けた。どういう意味だ?
「あの……」
あっけにとられるレインへ、ロイの視線が刺さる。
「レイン、率直に聞こう。1度目の私はどうなった?」
「え、それは……」
昨日レインが目覚めてから、なぜあの時レインが庭園にいたのかとは聞かれなかった。それは怪我をしたレインを気遣ったのか、単に遅い時間になっていたからかは不明だが、兎に角なぜレインが王子の前に姿を見せたのかを、まだ話していないのだ。
そして聞かれた今。
正面と右側に座る2人の視線がレインに注がれているのを感じ、レインは居住まいを正して口を開いた。
「俺も詳細までは知りません。でも、マリウス王子があそこで毒に倒れ重傷を負ったと聞きました。近衛が咄嗟に盾を出したもののそれを完全には防ぎきれず、毒は王子の足に当たったと聞きました」
ロイは、レインの言葉にゆっくりと頷いた。
「一連の物と同一であれば、あれは皮膚がどす黒く変色する毒。そうであれば、毒を受けた足は切るしかなかったのだろうな」
「え?」
レインはそこまで具体的には聞いておらず、ただ重症とだけしか知らなかったのだ。
「あの毒は、受けた場所を壊死させるものだと医術局から聞いているゆえ、それが首であれば即死、手足であればもう使い物にはならず切除するしかなくなるであろう」
レインとロイの話を聞いていたエイヴォリーが、そう補足した。
「だがその様な秘されるべき事、足に毒を受けた事までを知っているという事は、それを誰かに教えられたのだろう?」
ロイは片眉を上げてレインを見る。
「……はい。1度目の日、エイヴォリー総長の下へ向かいお聞きしました」
「やはりな。それで、私がレインに何かをしたのであろう?」
「えっと、何かをしたと言いますか……。総長は私を、その現場まで案内してくださいました」
「ほう、なるほどな」
そう呟いたエイヴォリーは、ロイに視線を向けニヤリと口角を上げた。
「叔父上には頭が上がりませんね……」
その視線の意図を汲んだロイが、苦笑しつつ頭を下げている。
何の事なのか、レインにはさっぱり分からないが。
「ああ、話が逸れたな。それで?」
とエイヴォリーの視線がレインに戻される。
「あ、はい。庭園まで連れて行っていただいて、犯人が隠れていたクスノキの場所と王子が襲われた場所、そして王子はどこから出てくるのかといった一連の事をうかがいました」
「それでレインは、犯行を防ぐ事が出来たのだね」
ロイは腕を組み、ひとつ息を吐き出した。
「あの…ですが、私にはエイヴォリー総長がなぜ、そこまでして下さったのかが分かりませんでした」
「そうであろうな」
レインの問いに、エイヴォリーは柔らかく微笑んでレインを見る。
「――私は以前から知っていた、と言えば分かるか?」
「え……?」
その言葉に、レインは目を見開いたまま固まってしまう。
レインは緊張していた為全く気付いていなかったのだが、そう言えば先程から「1度目」という言葉が会話に混ざり、それをさも当たり前のようにエイヴォリーも聞いてはいなかっただろうか。
(まさか……)
驚愕に見開くレインの目を、反らす事無く見つめ返すエイヴォリー。その視線は凪いでいる。
「いつ、から……」
ゴクリと唾を飲み込んで、レインは言葉を返す。
「少なくとも第一の件より前だ、と言っておこう」
そんなエイヴォリーの言葉を受け、レインはハッとロイへと振り返る。
「そんな目で見ないでくれ……」
「でも、そんな、ロイ……」
「私は謝らないよ。これは私の職務の内なのだからね」
言われている事が良くわからないが、ロイはエイヴォリーと、初めから情報を共有している事だけはわかった。
ガクリと肩を落とすレインの処遇は、既に決まっているのだとレインは思い至る。
(ロイも王子だったし、総長も王弟。という事は例の部署にぶち込まれるんだろうか……騎士団辞めたくないんだけど……)
レインは動揺しながらも、そんな事をグルグルと考えていた。
「レイン」
そこでロイに呼ばれゆっくりと顔を上げれば、ロイは笑みを湛えてレインを見つめている。
「あれから、叔父上には尋ねてみたのかい?」
急に前触れもなく話が飛び、レインは目を瞬かせて一体何の事を言っているのかと記憶を探る。
言われてみれば、以前エイヴォリー総長について気になる事がありロイに尋ねてみた事があった。あの時ロイは、他人の事は話せないから本人に聞けば良いだろう、という意味の事を言っていたか?
(ええ? 今ここで聞けって事か?)
どういうつもりだとレインはロイを見つめるが、ロイは綺麗な顔で微笑んでいるだけである。
「おや? 何の事だ?」
レインが言い淀んでいれば、エイヴォリーが楽しそうにレインを見ている事にも気付く。
「いや、あの……」
流石にレインは躊躇して視線を落とすも、そこで言わなくても良い事を言ってくるロイは、やはり意地が悪いというか揶揄っているのだろう。
「レインは、叔父上の左眼を気にしているらしいですよ?」
「ああ、これが気になっていたのだな」
エイヴォリーとロイの会話に恐る恐る視線を上げれば、ロイとエイヴォリーは楽しそうに笑っていた。
(え? なんでこの状況で笑ってるんだ?)
オロオロしているレインを放置し、エイヴォリーがサラリと前髪をかき上げてみせた。それでレインの目の前には端正な顔に配置された、金色の眼と青い眼が現れたのである。
(やっぱり色が違うんだな)
という感想は心の中に仕舞い、レインは言葉もなく力強く美しい双眼に見とれていたのだった。
「レインの眼も、元は茶色だったのであろう?」
そう言って、髪から手を離したエイヴォリーの左眼は再び見えなくなるも、言われた言葉にハッとして我に返る。
「どうしてそれを……」
レインの眼が茶色から琥珀色に変わったのはもう5年も前の事で、それを覚えているのは家族くらいなものだと思っていた。幸か不幸か、レインがユニークスキルを発動させて変わった眼は、元の色を明るくしただけの色。したがって、その時周りにいた者でさえ気にならない程度で騒がれる事もなかったのである。
(あ……今、“も”って言ったのか?)
それに気付きレインが瞠目すれば、ロイからため息が聴こえてくる。
「やっと気が付いたみたいだね」
「え?」
振り返ってロイを見れば、やれやれと呆れた目を向けられていた。
「レインは思い出したのだろう? ユニークスキルを発動させたものは、体の一部に変化が起こるのだと」
「………」
言葉は出て来ないが首肯をもって肯定すれば、エイヴォリーが話を引き継ぐように言葉を紡ぐ。
「私は発動時、この左眼に出てしまってね。それはまだ兄上が王太子の頃だったのだが、兄上から左眼を隠すようにと助言をいただいたのだ。ユニークスキルを保持する者は本人の立場には一切関係がなく、こうして王族に出る場合もあるのだ。尤もここまであからさまでなければ隠す必要もなかったのだが、流石にこれだけ目立てば、私がユニークスキル持ちだと言いふらしているようなものだからね」
それは避けたかったのだよ、と付け加えるエイヴォリーは苦笑している。
ユニークスキルを持っている者は希少と言われ、そしてそのスキルは特別であり特殊な物だ。それゆえ悪意ある者に利用されない為にそれを公言する者はいないのだと、レインも今ならばその意味が良くわかる。
そんなエイヴォリーは、色が左右で変わってしまった眼を隠す事で、それを秘すことに成功していると言えるだろう。
という事は……。
「総長もやはり、ユニークスキル持ちだったのですね」
「そういう事だ。そしてその組織を取りまとめているのは、そこにいるマリウスだ」
(はあ???)
レインは衝撃の事実に、弾かれたように振り返りロイを見てしまう。先程までの緊張はどこへやら、レインの態度はもう体裁を保ってはいないだろう。という事に本人は気付いてはいないが。
「そう。だから何かのユニークを持っているのだろうと、レインを調べ始めたと言っても良い」
「そうだったのか……」
レインは一気に脱力し、大きく息を吐き出す。
こうしてレインとギルノルトが心配して来た事は、始めから知られていたという事実に塗り替えられていくのだった。
思いのほか、ロイたちの話が長くなってしまいました。
もう少し執務室の3人にお付き合いください。<(_ _)>
▼お知らせ▼
今日の夜は1年ぶりに、『シドはC級冒険者』の番外編を投入いたします。
(20時20分投稿予定)
こちらの本編は完結しておりますので、まだお読みでない方もご一読下さると幸いです。
併せてお付き合いの程、よろしくお願いいたします。