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66. 親友は心配する

「レイン!」


 ギルノルトの部屋に滑り込んだレインの前に、この部屋の住人が泣きそうな顔で現れた。


「ごめん。途中で気を失ってたらしくて、帰ってくるのが遅くなった」

 何を言われずとも、目の前の親友が心配してくれていた事を感じたレインは、頭を下げて詫びる。

 ……が、差し出されたその頭には包帯が巻かれているのだから、ギルノルトは更に跳び上がって驚いていた。


「っ怪我をしたのか?!」

「ああ、ちょっとドジった。でも毒は受けてないから大丈夫、ちょっと切ったくらいなんだ」


 レインの頭の包帯は、盾の際が掠りこめかみ付近がスッパリ切れたために巻かれているのだ。数針縫ったらしいが、今は傷も塞がっているし痛み止めも飲んでいるため、本人はそこまで気にはならない程度になっている。

 頭部の傷は出血量が多く大袈裟に見えるため、大慌てで城に担ぎこまれ治療を受けたらしいと聞いていた。

 額には脳震盪を起こした時のあざもあるらしいが、それはわざわざ言わなくても良いだろう。


「そうかぁ、良かった。レインがいつまで経っても帰ってこないから、心配で飯もお代わりできなかったくらいだ」

「食ったのかよ……」

「そりゃ食うだろう。鍛錬の後は腹が減るんだからな」

「そうかよ」


 ― グウゥ~ ―

 またしても、レインの腹が鳴った。


「……結局俺は、今日一日パン一個だったぞ……」

「そうだったのか。だがもう流石にこの時間だと、食堂の飯は残ってないだろうなぁ」

 そう言って、ギルノルトは遠い目をするのだった。


 ロイたちと話を終えてレインが宿舎に戻ったのは、夜も更けた頃になってからだ。

 頭の傷以外は特に異常がない事を伝えると、宿舎に戻って良いとレインを解放してくれたのである。



「レインの事はエイヴォリー公には伝わっているが、他の者はレインが今日の件に係わったとは知らないはずだ。――レインは今日、腹痛で休んでいたのだろう?」

 ニヤリと口角を上げたロイに、レインは半目で返した。


 レインが気を失っている間、ロイはレインがとった行動を調べたらしい。

 思い返せば、倒れた時に着ていた服は近衛の白い制服であったし、木の陰で目を覚ました彼も服がないと大騒ぎした事だろう。そのうえレインの服が柔らかい綿のシャツとズボンに変わっているところを見れば、誰かがそれを脱がし、制服を持ち主に返してくれたのだろうと思われた。レインの行動など、知ろうと思えばすぐに辿れるはずなのだ。


「そうだ。そうするしか今日を回避する方法がなかったからな」

「……すまない、揶揄い過ぎた」

「いや、別にいいよ……」


 レインが呆れた目を向ければ、ロイは素直に謝ってくる。

 知らなければ、誰もこれが王子との会話だとは思わないだろう。それくらいロイは対等に接してくれているのだと、レインは表情とは裏腹に嬉しくなるのだった。


「ですから貴方はこの後宿舎に戻り、今日は何食わぬ顔で病人として寝ていてください。頭の包帯は明朝には外しても大丈夫だと聞いていますので、怪我に気付く者もまずいないでしょう。余り暴れてはまた傷が開くそうですが、それはまた縫えば済む事ですのでご安心ください」


 そこで笑みを湛えたリーアムがシレっと口を挟み、どこからか見付けてきたレインの制服を手渡してきた。

 ただ言われた内容は、“早く帰って大人しくしていろ”という命令にしか聞こえなかったが。



「まぁそんな事で、やっと戻って来れたんだ」

「……でもレイン、そんな事まで俺に話してもいいのか?」


 こうしてギルノルトへの説明で、ロイがマリウス第二王子だったと話したため、ギルノルトはヒクヒクと顔を強張らせてレインを見ている。


「ああ。ロイはギルノルトには話して良いと言っていたから大丈夫だ。ただ、他言無用だとは言っていたが」

「―!― 当たり前だ、誰がそんな事言いふらすかよ。王子が護衛も連れず街をフラフラしてるなんて……」

「フラフラって、まぁそうなるか。ただ、顔見知りに会わないようには気を付けているらしいぞ?」

「そりゃそうだろう。一発でバレる」


 2人は肩を竦めて苦笑する。

 そんな訳で襲われた王子がロイだった事が判明したが、そのロイが無事だったのだから良かったという事にしよう。うん、良かった……のか?


「だがレイン」

「何だ?」

「お前、ユニークスキル持ちだと王族にバレてたって事だよな……」

「――― ?! ―――」

「ん? それは今の今まで気付いてなかったって顔だな?」

「………今言われて初めて気付いた。もしかして、俺の立場ってヤバイのか?」


 噂によれば、この国には上層部が管理する秘密の部署があると云われている。その実態は真偽も分からない謎多き部署で、希少なユニークスキルを持つ者を集めた部署であるらしいという話だ。


 レインが人にユニークスキルの事を話さなかったのは、レインの事がそれらの耳に入ってしまえば、謎の部署に強制的に入署させられるのではと考えたからだ。そうなればレインが望む騎士としての道は絶たれ、良いように使われるだけの存在になってしまうだろうと懸念したからである。


「どうしよう……」

「どうしようって言われても、もうなるようにしかならないだろうな。よりにもよって第二王子にバレてるんだから」

「うう……ギル」

「まあ、頑張れ?」


 以前レインは『秘密の部署っていうのにも、多少は興味あるし』などと言ってはいたが、それはもう強がりだったとギルノルトもわかっているらしい。だが分かっていても掛ける言葉など、ギルノルトにも持ち合わせてはいないのである。


「俺、明日は朝から総長の所に行くように言われてるんだけど…」

「総長も王族だったよな……。もしかしてその時、騎士団を辞めて秘密の部署に入れと言われるんじゃないのか?」

「―――それはいくら何でも勘弁してもらいたい。俺は騎士団を辞める気はさらさらない」

「まあな。レインは騎士になる為に、ずっと頑張ってきたって言ってたからな」

「ああ。父さんのように、皆を守れる男になりたいと思って……」

 歯を食いしばるレインの顔は歪んでいた。


 折角レインの目標であった精鋭揃いの騎士団に入れたものの、ユニークスキルのせいでその夢が絶たれてしまうのであれば、絶望以外に言葉はない。

 だが、それと引き換えにロイを助けなければ良かったかと聞かれれば、それはハッキリ“違う”と言い切れるのがレインなのである。


「どちらにしても、明日俺の運命が決まるのか…」

「大げさだな、と言いたいところだが同感だ」

「「………………」」


 こうして王都を震撼させるはずの出来事は、レインの犠牲によって回避されたのである。



 -----



「それじゃ、行ってくる……」

「っおう」


 翌朝はルーナ(1度目)で、レインにとっては新たな一日の始まりだ。

 しかし挨拶を交わしたレインの目は気のせいか涙目になっており、ギルノルトはそんな親友の後姿をただ見送るしか出来なかったのである。


 昨日あれだけ腹が減っていると言っていたにもかかわらず、今朝のレインはお代わりもせずに食事を終えてしまった。そんなレインにサマンサはまだ腹の具合が悪いのかと心配していたが、今日は違う意味で具合が悪いのだとは言えず、曖昧に微笑んだレインの背後にどんよりとした空気が漂っていた事は、ギルノルトだけが知っている事である。


「頑張れよ」


 騎士団棟の廊下へ消えるレインに、ギルノルトは小さく声を送るのだった。




 コンッ コンッ コンッ


「入れ」

「失礼いたします」

 中からの応答で入室したレインは、一歩進んで敬礼する。


「レッド班レイン・クレイトン、ただいま参りました」

「ああ、レイン。待っていた」


 ここは、城内にあるエイヴォリー公の執務室だ。

 最初に向かった先は騎士団棟の総長室だったのだが、今日はその部屋ではなく城の執務室にいるのだとレヴィノール団長に教えてもらい、レインは城の中へ訪れていた。


「レインもそこに掛けてくれ」

「……は、はい」


 エイヴォリーは今、執務机に向かって何かを書きつけているらしく、レインへ先にソファーへ座っている様にと言われたものの、その正面には既に一人の人物が座っていた。


「おはよう、レイン」

「おはよう……ございます、マリウス……殿下」


 ピクピクとレインの顔が引きつるのは、致し方ないだろう。

 まさか、ロイとこんな時間から顔を合わす事になるとは思っていなかったのだし、ロイが着ている服が近衛騎士団の制服である事もそれを助長させているのだ。


「どうしたのかな? 私が制服を着ていては可笑しいかい?」

「いえ。ですが、初めて見たので……」

「ああ、そうだったね。でも私が近衛騎士団だとレインは知っていたのだろう?」

「そう、なんですが……」


「ククク。マリウス、それくらいにしてやってくれないか。レインも困っている様だ」

「叔父上は、レインに甘いですね」


 と2人は微笑みあっているが、レインには意味がわからずただ途方にくれるだけであった。


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