62. 襲撃のソール(1)
結局レインがその後戻ってくれば、その日の鍛錬はその後自主練習となっていた。
レッド班は一旦騎士団棟へと引き上げた後、班長達は抜けたものの、他の皆は通常通りに過ごせとの事だった。
そうして一日の鍛錬を終え部屋に戻ったレインは、逸る気持ちを抑えて口元に指を添える。
窓辺に立つレインの後ろでは、ギルノルトも思案気にその姿を見つめていた。
(クルーク、頼む、来てくれ)
今日ほど切に願った事はないかも知れない。
これはロイにも関わる事であり、ロイのその後を決めるかも知れない出来事。何としても負の連鎖を断ち切らねばならないのだ。
「駄目だ。来ない……」
10分くらいは佇んでいただろうか。
窓辺で振り返ったレインは、落胆した眼差しでギルノルトに告げる。
「もしかして、責任を取らされてるんじゃないか?」
ギルノルトはロイが警護の責任を取らされ、何処かに閉じ込められているのではと言うが、いくら魔法を使えない部屋に囚われているとしても、外にいるはずのクルークが応答しないのはなぜなのか。
「わからない。近衛が外に行ったという話も聞かないし、どうしてクルークが……」
「もしかしてロイは、王子と一緒に毒を受けたのかも知れないぞ?」
とは言え、白騎士団員も負傷しているという話は聞かなかったし、聞く理由もない為に聞けなかったのだ。
それでも何にせよ、クルークが応えない事については何もわからないまま。
「レイン、いつまでもそこに居たら風邪を引くぞ。外は冷えるからな」
「あぁギルも寒かったよな、悪い」
レインは後ろ髪を引かれる思いで、開け放っていた窓を閉めてベッドへ腰かける。
「いや、俺は良いんだが……」
ギルノルトの呟きは部屋に溶けていった。
「そんな事よりも、だ」
ギルノルトの真っ直ぐな視線を感じ、レインは落としていた目線を上げる。
「今考えるのは、ソールの事だろ?」
「………ああ、そうだな」
「レインがソールで挽回してやれば、ロイも閉じ込められる事はないはずだ。な?」
どうやらギルノルトの中で、ロイが牢にぶち込まれている事は決定事項らしい。
「そうなんだが……。だが今回は王族のエリアだぞ? 俺がずかずか入って行ける場所じゃない」
「そう。問題はそれなんだよなぁ……」
レインとギルノルトは、眉間にシワを寄せて考え込む。
これが街中の事ならいざ知らず、その現場が、王族と白騎士団員しか足を踏み入れる事のできない場所である事が、一番の問題なのだ。
どうしたものか……。
レインとギルノルトはその日遅くまで、打開策を求めて意見を出し合うのだった。
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そうして問題のソールがやってくる。
レインがいつもより早く目が覚めたのは、ルーナから続いている不安の為であろうと思われる。
しかしだからと言って何が出来る訳でもないのだが、まずはロイに今日の事を知らせるのが第一だ。まだ早い時間だとは知りつつもレインは再びクルークを呼び、そして驚愕する事になる。
(は? 朝も駄目なのか?)
今日に限ってクルークは、全く応答しないのだ。
ルーナの夜はロイに何かあったのかと思ったが、まだ当日の朝だというのにクルークはレインの呼びかけに反応しない。
まだこの時間であれば王子が襲われた訳でもなく、ロイも通常の行動をしているはずなのに……。
(どういうことだ?)
いくら考えても、レインにはその答えを知る術はない。
分からないものは分からないし時間は有限だと気付き、クルークで連絡を取る事を諦めたレインは、部屋を出ると早速隣室の扉をノックする。
そして顔を見せたギルノルトへ挨拶も忘れレインがソールだと告げれば、その言葉と表情で察したのか、ギルノルトはレインを部屋に招き入れて話に耳を傾けてくれた。
そして、今朝もロイへ連絡が付けられない事も手短に話す。
「それじゃ、どっかに行ってる可能性もあるな……」
「そうかも。ロイが出かけるにしても、いちいち俺には言わないだろうし」
「だな。それじゃそっちの線は諦めて……それで、俺とはもう打合せ済みなんだろう?」
そこで、レインがギルノルトの提案してくれた今日の予定を伝えれば、口角を上げてニヤリと笑む。
「おぉさすが俺、名案じゃないか」
「そ、そうか?」
「何だよレイン。レインもその案に納得したんだろう?」
「そうなんだが……」
「まぁレインは基本、真面目だからな。だがその話を聞く限り、今日はそうも言ってはいられないんだろ?」
「――ああ、そうだな」
諦めたように肩を竦めたレインに、ギルノルトの笑い声が降り注ぐのだった。
「それじゃ、班長へ俺が伝えてくる」
一連の話しを終えたレインは、ギルノルトとレインの部屋へ移動していた。そうして扉から出て行こうとするギルノルトを呼び止めるが如く、再び布団に潜り込んでいたレインの腹が鳴る。
― グウゥ~ ―
「クック。駄目だぞ? 病人は朝飯抜きだ。腹を壊している設定だからな」
「ううう……せめて“風邪を引いた”くらいにしないか?」
「駄目だ。風邪くらいじゃ、普段休まないだろう?」
「うっ……そうなんだが、朝飯抜きはキツイ」
「まぁ後でこっそり何か持ってきてやるって。チャチャっと行ってくるからここで待ってろよ?」
「ああ済まない。よろしく頼む……」
― バタン ―
ギルノルトが食堂に向かう足音を聴きながら、レインは盛大にため息を吐いた。
今日のレインは腹を壊したという体で、鍛錬を休むのだ。その為、ギルノルトに班長への伝言を頼み、そして朝食もここへもってきてもらうのである。
それに、もしかして班長が顔を出すかも知れないからと、念のためレインは布団に入っている。まぁ布団の中で着ている服は、既に寝間着ではないのだが。
レインの予定では、朝の間は部屋に籠ったまま過ごし、皆が演習場に集まった頃から自由に動くつもりだ。
その後の事は、今から考えるだけでも緊張するレインである。
(まじで、顔色が悪くなってると思う……)
ブルっと身震いするのは、決して寒いからではないだろう。レインは今、温かい布団にもぐっているのだから。
そうして今日の行動を頭の中でイメージし失敗がない事を祈っていれば、朝食と伝言を済ませたであろうギルノルトがやってきた。
「おう、具合はどうだ?」
と白々しく入って来たギルノルトは、扉を閉めるとニヤリと笑って服の中から何かを取り出した。
「……パン1つ?」
「どうだ、有難く思えよ?」
「え~。何で1つなんだよ……せめて後5つくらいないと、腹が膨らまない」
ベッドから起き上がったレインは、頬を膨らませて拗ねてみせる。
「仕方がないだろう? 何でも小麦が手に入り辛くなっているらしくて、パンは1人1つまでって言われたんだよ。因みにこのパンは俺の分だからな!」
「ほいっ」と手の平にすっぽり収まるパンをレインに突き出し、ギルノルトが片眉を上げる。
「とは言え、まぁ俺はその分食堂でマッシュポテトとライスをお代わりしてきたから、心配はいらないぞ?」
「ううう……心配してないし、メニューは言わなくていい」
聞けば余計に腹が減る、とレインは有難く差し出されたパンを受け取って口へ運んだ。
「デントス班長には食堂で合えたから、レインは休むと伝えてきた」
「そうか、ありがとう」
腹に収まったパンを膨らませるが如く水を飲み込んだレインは、やっと一息ついてギルノルトに笑みを向けるのだった。
「それじゃ、幸運を祈る」
「ああ……。何とかやってみる」
流石にレインとギルノルトの2人が休みを取る訳にも行かず、今日はレイン一人が行動する事になっている。こうして、親指を立てて演習場へと向かって行くギルノルトを見送り、レインは部屋の窓を開け放つ。
そうすれば、静まり返った部屋に外の音が入って来る。
窓辺で目を瞑り、レインはそのひと時の音を耳に集める。
鳥の鳴き声、風に揺れる木の葉の音、そして遠くに聴こえる人の声。
そこは平穏である事が当たり前であるかのような世界が広がっており、レインはこの先も穏やかな時間が続く様にと、生い茂る葉の隙間から覗く青空を暫し見つめていたのだった。




