61. 駆け抜ける報
結局レインは、あの店に入って行った犯人が全てに繋がっているのではないか、という推測の答えをロイから聞く事は出来なかった。
「すまない」
とロイからは、まだ話せないのだと謝られてしまったのだ。
(まだっていつまでだよ)
そう思っても言葉には出来ず、これは色々と絡んでいる事だから解すまで待っていてくれと、意味の分からない事を言われて終わったのだった。
そう言われれば返す言葉もなく、レインはその後部屋を後にしたのである。
-----
そうして数日後、レインが鍛錬日に当たったルーナ。
レイン達が昼食を終え演習場の外周を走り出して少しした頃、第二騎士団はもとより国全体を震撼させる規模の報が届く。
“第二王子であるマリウス殿下が何者かに襲われ、重傷を負った”と。
レイン達レッド班は鍛錬を中断し、そこへ急遽召集された班長達と共にその一報を聞いたのである。
「殿下を襲った者も同様の手口であった事から、今回も一連の同一犯であったと思われる。それは警備を搔い潜り、殿下が王宮の庭園に出ていたところを狙い襲撃された。その後、犯人は取り押さえたものの毒を飲んで自害したため、詳細は不明だ」
演台に立つのはエイヴォリー総長で、その総長からすれば甥にあたる身内が襲われたと淡々と話す姿に、立場上取り乱す事も叶わぬ御仁の心情を思い、レインは奥歯を食いしばった。
最後は悔し気に視線を落とすエイヴォリーの姿は、演習場の静寂を更に深めるものとなったのである。
「殿下が襲われたとは……」
「お命に別状はないという事か?」
「どうやってあの警備を掻い潜ったんだ?」
レインの周りで、様々な言葉が飛んでいる。
それを黙って聞いているレインは、ロイの事を考えていた。
(ロイは責任を取らされるんじゃ……)
ハッキリ言えば、レインは王族と会った事はないし身近な存在でもない。だから、と言っては失礼だが王子が怪我を負ったと言われても、ピントこないのだ。
だがロイはいつもレインと顔を合わせ、笑ったり揶揄ったりと色んな顔を見せてくれる身近な存在だ。
そのロイは多分、近衛騎士団の中でも高い地位にいる。という事は王子の身に何かあれば、責任を取らされる立場だと思われるし、もしかすると今回王子と一緒に怪我を負ったのかも知れないと思い至る。
(大丈夫だろうか、ロイは……)
周りが王子に対する心痛に包まれる中、一人違う人物の心配をしていたレインであった。
その話は、この後ここにいる班長達から各員へと伝えられるが、まだ騎士団のみの通達であり緘口令が敷かれる事となった。
そして犯人が死亡している事を踏まえ、進展があり次第再び通達される事になってその場は解散となったのである。
「ギル、ちょっと行ってくる」
「ん? おう」
レインは立ち尽くすギルノルトに声を掛け、皆が歩く隙間を縫って逆走する。
怪訝な顔をする団員達を避けながら、レインはまだ演台にいる人物へと駆け寄って行った。
「エイヴォリー総長」
その声に視線を向けたエイヴォリーは、一瞬眉を動かしたものの、レインが到着するのを待ってくれる。
そうして辿り着いたレインは、敬礼と共に頭を下げる。
「レイン、何か用か?」
「はい…」
とは言うものの、何と声を掛けて良いのかまだ決めていなかった為言葉に詰まる。
勢いだけでここまで来てしまったが、その襲撃を回避する為の手段を模索したいのだとは言えないのである。
エイヴォリー総長の後ろには、レヴィノール団長とヘッツィー団長も控えている。この2人が聞いても怪しまれないよう、少しでも事件の詳細を聞き出したいところだ。
「どうした、レイン」
「あの…マリウス殿下は大丈夫なのでしょうか?」
やっと出た言葉は、余り意味をなさない言葉だった。
しかしそんなレインに、レヴィノールは目を細めた。
「大丈夫という言葉は言い切れぬが、今回も窃盗犯が襲われた時と同じ毒が使用されていた。その為、迅速に応急処置を行なった為に、お命までは奪われずに済んだのだ」
「そうでしたか…。では、毒を受けた場所が心臓から遠かったのですね」
「ああ。警護していた近衛が咄嗟に盾を出して起動を変えたため、それが足に当たったのだ」
「総長…」
そこでエイヴォリーの言葉を止めるように、背後のレヴィノールから声が降る。
確かに今の話は皆には伝えなかった内容であり、王子の状態については団員にも伏せられているのだろうとレインも思い至る。
だがエイヴォリーはレヴィノールへと振り返り、「良いのだ」と頷いて再び視線をレインに戻す。
「犯人は誰にも気づかれず、庭園の樹木の影にいつの間にか潜んでいたようだ。マリウス殿下が、今日の昼食を庭園で摂る予定を知っていたのだ」
「え…殿下のご予定を知っていたのですか?」
エイヴォリーは首肯をもってレインに返答する。
そして次にはレヴィノールへと振り向き「レインを借りる」と言って、付いてくるようにとレインを促したのだった。
急な言葉に困惑するレインだがそれは周りにいた者も同様で、「はい」と了承はしたものの、レヴィノールもヘッツィーも戸惑った表情を浮かべていた。
そしてそれは、演習場をエイヴォリーと共に歩くレインを見つめるギルノルトも同様で、「何があった?」と驚いた顔を向けていた。
そんなギルノルトに首を振り自分も分からないのだと伝えれば、ギルノルトは頭を掻いて騎士団棟を指さしていた。「戻ってるからな」という意味だと受け取り、レインは頷いて返すのだった。
そうして演習場を出たエイヴォリーは後ろを振り返ることなく進み、真っ直ぐに丘の上へと向かって行く。
その先にあるのは王城で、レインは城を見上げながらも黙ってエイヴォリーの背中を追うのだった。
(どこに行くんだろうか……)
という不安は言葉には出来ない。
まさか毒に倒れている王子のところまで見舞に行くのかと考えていれば、エイヴォリーは城内に入ることなく城を迂回するように西側へと回り込んで行った。
その先はレインが足を踏み入れた事がない場所だ。この奥は王族のプライベートエリアとなっていてレイン達は入場を禁止されている為、レインは冷や汗をかきながらその背中について行った。
そこで漸くチラリと振り返ったエイヴォリーは、付いてきている事を確認した様に口角を上げた。
(いやいやいや、笑ってないでせめてどこに行くのか教えてくださいよぉ)
というレインの情けない心の声は届かず、エイヴォリーはまた前を向いてどんどん進んで行く。
そして漸くエイヴォリーが足を止めた所は、城の西側に面した木々に囲まれた区画の中で、外からでは窺い知る事のできない場所だった。
レインは入った瞬間、目の前にある景色に目を奪われる。
城から少し離れた場所に囲いのない小さな建物があり、その近くには美しい噴水が水音を立てているのが分かる。白い王宮を背景に、その周りにはまだ寒い時期だとは思えぬほど手入れされた花々が咲き誇り、それが色彩の洪水のようで、時折風に乗る花々の甘い香りが漂う見事な庭園であった。
(あれ? ここって……)
「今日この場所で、殿下が襲撃された」
(ですよね……?)
「殿下はその先にある東屋で、さるお方と会食の為に、城から出てそこへ向かっていたのだ」
「……はい」
黙ってばかりではいられないため、一応聞いている旨を声に出して伝えるレインである。
「あちらの扉から出られた殿下は、この庭園の小径を辿ってそこへ向かっていたのだ」
エイヴォリーは指を向けながら、レインに順を追って説明している様だった。
ゆっくりと歩き出したエイヴォリーに従い、レインも後を追う。
「そしてここに来た時に、殿下は倒れられたのだ」
と振り返ったエイヴォリーの顔が歪む。
それはまるで、自分が護れなかった事を悔やむような表情だった。
レインはそっと視線をはずし、周りの景色に視線を移す。
「近衛はどこに……」
「護衛は殿下の両脇を歩いていた。そして微かな音に気付いた者が咄嗟に盾を出したが、防ぎきれなかったのだ」
(軌道は逸れたものの、足に当たってしまった。という事か)
「襲撃犯は、向こうのクスノキに隠れていた」
(え? クスノキってどれだ?)
レインは木の名前までは知らない為それっぽい木を探すが、キョロキョロしているレインに気付き、エイヴォリーがその場所を教えてくれた。
「確かに葉が生い茂っていて、人が隠れていても見えないかも知れません」
「だが、いつからそこにいたのかまでは分からなかった。犯人はもう口を開かぬゆえに」
「……はい」
犯人は捕まった途端、どこかに隠していた毒を飲んだのだ。
その顔がどす黒く変色した事で、拘束していた犯人が服毒した事に気付いたらしい。
それから、レインが考え込むようにじっと庭園を見つめている間、エイヴォリーは何も言わず、そんなレインを見守ってくれていたのだった。