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60. 呼び出し

 それから数日が経過し、第二騎士団は普段の任務を熟している。

 ――ように見えるが、班長などは会議が多くとても忙しそうである。


 それは例の犯人が、接触禁止の店に入って行ったと分かったからだ。

 その店は要するに「怪しいと睨んでいる」もしくは「泳がせている」などで、相手を刺激するなという通達が出ていた店。

 つまり、もともと何かがあって近衛騎士団が監視中の店と、第二騎士団が追っている犯人が繋がったからに他ならず、それは必然的に発端となったナトレイス工房の件も繋がっているという事だ。


(どうなってるんだ?)


 口に出そうとして飲み込んだ言葉は、レインだけが思っている事ではないはずだ。

 その詳細を全て知っている者からすれば全容が見えてくるのかも知れないが、白と黒の騎士団に共通しているもの以外は、全く意味のわからない事柄になっているのである。


 これではレインだけではどうにもならない。


(ロイに聞きたいが、果たして話してくれるだろうか…)


 ロイはレインに協力してくれてはいるが、立場は白騎士団員だ。

 その為、喩え身内の事であろうとレインに全てを話してくれる訳ではない。きっと白騎士団の中でも一部の者しか知らない事もあるのだろうし、それを部外者であるレインに教える事はできないとは分かっている。


 わかってはいるが、どうにも全く話が繋がらないレインからすれば、モヤモヤするのは気分的に落ち着かないのである。


 折しも今日は、視察に出ていた第二王子が王都へ戻ってくる予定の日だ。

 レイン達レッド班は巡回日になっており、その為朝から街中の警戒に当たっているため、お陰で余り考える暇もないくらい忙しいのであるが。

 そして当然、あの店には見えない場所に見張りがついているはずである。


(やっぱり、帰って来て早々に呼び出すのはまずいよな……)


 レインは見回りに忙しいながらも、そんな事を悶々と考えてはいたのであった。



 -----



 しかし、その懸念は杞憂に終わる。

 その日の夜に、ロイから呼び出しがあったからだ。

 レインはクルークから紡がれたロイの声に、慌てて宿舎を出て行ったのである。



 コンッコンッ

「入ってくれ」


 扉を開くと、レインはテーブル席に座るロイの顔を見た。

 やはり疲れている顔をしている。


「悪い、遅くなった。今日は疲れてるだろうから、話は出来ないと思ったが……」

「まぁそこそこ疲れてはいるが、そうも言ってはいられないだろう?」


 そんなロイの言葉で、ロイがいない間に起こった事を既に聞き及んでいると知る。


「座ってくれ。そろそろマノアが、料理を運んできてくれるはずだ」

「ああ」


 そしてレインが席に着けば、早速扉がノックされてマノアが料理を運んできた。

 今日の料理はいつもよりも消化に良さそうで、ロイの体調を気遣ったものであると分かる。


「お飲み物は、いつもよりもアルコール度数が低いものに致しました」

「ああ、助かる。余程顔に出ているらしいな、マノアにまで気を遣われるとは」

「お疲れになられている事は存じておりますので」


 そんなマノアの返答に、ロイは苦笑するにとどめる。


「それではごゆっくり」

「ああ。ありがとう」

「ありがとうございます」

 言い添えたレインにもチラリと視線を向け、笑みを送ってくれるマノアは今日も美人だった。


 ああ、また見惚れていては……とロイを見れば、今日は揶揄う余裕もないらしく、早速飲み物に手を付けていた。


「それで、ロイは何か聞いたから俺を呼んだんだろう?」

「そういう事だね。………率直に言う。レインが例のあの店に行ったと聞いたが、それは本当か?」


 あの店とは、店の名前も知らないが、多分メニューがないあの店の事だろう。

 ロイの目はまるでレインを見透かすように向けられ、正直に話せとでも顔に書いてあるようだった。別に嘘を言う必要もないから良いのだが。


「その事か。ああ、行った事はあるが、一度だけだ」

「何の用で行ったのだ?」


 気のせいか、いつもより口調が強い気がしないでもないが、これはロイにとっては大事な事なのだろう。以前も聞かれた事であるが、それは今のロイの記憶にはないのだから。


 そうしてレインは、ロイと会った時の1度目の事も話していく。

 今まであの店の前で呼び止められた事は話していなかったのだが、その話をしないと後で辻褄が合わなくなる場合が出てくるだろう。


「ロイとここで最初に話した日、覚えてるか?」

「ああ」

「その日、俺はロイに色々聞いた後だから、ロイの事は知っていると話しただろう?」

「ああ」

「あの日の1度目、ロイはあの店の前で俺を呼び止めたんだ」

「……」

「だからロイにはその時の覚えがないのは分かっているし、今からその時の話をする」

「そうか」

 そう言ってロイは頷き、喉を潤すようにグラスを口に運んだ。


「俺はいつも休暇日の1度目の夜、つどい亭という酒場に通って皆の話を聞いているんだ」

「そう言えばあの日に、既に何度か酒場で私と話したことがあると言っていたね」

「ああ、そこで何度かロイと会っていて、だから俺を付け回している事にも気が付いた訳なんだが…」

「クックック。色々とバレていたのだったね」

 当時の事を思い出したのか、気配を軟化させたロイが可笑しそうに笑う。


「で、話が逸れたけど、情報を集めると言ってもいつも同じ店だと客層が同じだろう?」

「まぁそうだね」

「だからあの日俺は気分転換を兼ねて、近くを通った男が入った店にしようと思って、歩いていた男に付いて行ったんだ」

「……その人物が、家に帰るところだとは思わなかったのかい?」

「それならそれで良いと思ってついて行った。また違うやつについて行けば良いと思ったし」

「何というか、計画性がない行動だな…」


 レインの話に、ロイは意味が分からないという顔をする。

 今から考えれば自分でも意味不明な行動だったとは思うが、その時は「良い思い付きだ」くらいにしか考えていなかったのだから仕方がない。


「まあ、そんな事で俺は知らない男の後を付いて行って、あの店に入ったんだ」

「―――その男の顔は見たのか?」

「顔は、一瞬すれ違ったくらいで殆ど見ていない。後姿しか印象に残ってないが……。ああ、そう言えばその男は入ったはずの店内に居なかったんだ。狭い店なのにその男がいないな、とは思った記憶がある」

「何?」

「俺が入った時には4人の客と店員1人だけで、その男が着ていた服装の奴はどこにもいなかった。まさか俺が後を付けていた事に気付いて、店の中を通過して裏口から出て行ったって事はないだろうけど」

「………」


 レインの話を聞き、ロイは考え込むように眉間にシワを寄せている。

 そんなロイを見ていて、唐突に気付いた事があった。


(あれ? もしかして俺が後を付けた男って、例の犯人だった可能性もあるのか?)


 そう思い当たれば、レインが男の顔を見ていなかった事が悔やまれる。だが、いくらレインでももうあの日には戻れないのである。

「はぁ~」と盛大にため息を吐いたレインを、ロイは見つめた。


「あの店の事で、何か気付いた事はないか?」

(急にそう言われても……。いいや、あるな)


「そう言えば、店員が変だった」

「変?」

「そう。顔が怖かったのは良いとして、ぶっきらぼうなのも置いておくとして。その店はメニューがない店だったんだが、注文を取る時に“希望は?”と聞かれたんだ」

「ほお?」

「普通だったら“注文は?”と聞くだろう? それが“希望は?”と聞かれて違和感を持ったな」

「……確かに変だな」

「だろう?」


 そんな説明をすれば、ロイは目を瞑る。

 またしても考え込んでしまったロイだが、目の下に隈があるように見えるのは気のせいではないだろう。

 男前が台無しだなぁとその沈黙の間、レインはただロイを見つめていた。


 少し経って目を開けたロイは、「それから?」と先を促す。

 それからという事は、他にも気付いた事を言えという事だろうとレインはその時の記憶を辿る。


「余り長居をしたくなくて、俺がエールを1杯飲み終わって帰ろうとした頃に男が2人入って来た」

「2人?」

「ああ。1度目のロイだったら時間的に、その男達が店に入る所を見ていたはずだ。少しして俺が店を出た直後に、ロイに声を掛けられたんだから。だが2度目は俺とここにいたからなぁ」

「……………」

 ロイは何とも言えない渋い顔でグラスを見つめている。

 それはその時の記憶がない自分に、失望しているようにも見える表情だった。


「ごめん」

「……なぜ謝る?」

「俺がその日ロイをここに呼んだばっかりに、ロイはその男達を見れなかっただろう? それを悔やんでいるんじゃないのか?」

「……喩えそうだとしても、レインが謝る必要はない。それは私の心の問題だからね」

「取り敢えず、謝らせてくれ。じゃないと俺の心が痛む」

「わかった、その言葉は受容しよう。それで、レインはその2人の顔を見たのか?」


 今度はレインが目を瞑り、記憶を辿る。

 身なりは良かったと思う。ゴテゴテした服ではなかったが、生地の良さそうなものだった。そうして服ばかりに目がいっていた事を思い出すが…そう言えばこちらをチラチラと見ていたな。

 と、カウンターで店員と話していた時を思い出した。


「一人はちゃんと見ていなかったが、もう一人は薄い茶色の髪で吊り上がった目は青みがかった色をしていたと思う。ただ室内はたばこの煙が立ち込めていて、はっきりとは分からなかった。もしかすると金色に近い髪色だったかもしれないし、目は緑っぽかったかも知れない。その男は30代前半くらいでやせ型、2人の背丈は170cmくらい……だった」


「身長ははっきり覚えているんだな?」

「ああ、店員と並んで立っていたからな。店員は俺と同じくらいの背丈だったから、それと並んで立った2人は少し低かった。そこから導き出して、多分それくらいだったと思う」

「そうか」


 今レインが言った事はあくまで大雑把な外見であり、レインは申し訳ないと眉尻を下げた。


「もっとちゃんと見ておけばよかったな……」

「いいや、今の話でも十分参考になった」

「そうなのか?」

「ああ。今の話で大よその年齢、髪色と目の色も絞り込めるからな」

「そうか。少しでも足しになれば、あんな店に足を踏み入れた甲斐があった」


 その言葉に引っ掛かったのか、ロイが首を傾げたのでレインは話す。

 店員が不愛想だった事、一見さんのレインを煙たがっている様に見えた事、そして最後は帰れと言わんばかりに胡乱な目を向けられた事。


「だから、もう二度と行かないと思った」

「……それは……」

 その後に続く言葉は「御愁傷様」なのか「大変だったな」とでも言われるのかと思ったが、ロイは眉間にシワを寄せるだけで言葉は途切れたままだった。


「それは?」

「いいや……そうだったのか、と……」


 何とも歯切れの悪いロイだが、何かに思い当たり、レインには言えない言葉を掛けようとしたのだろう。中途半端でその先を知りたいが、言えないものは言えないのだ。


 仕方がない。そう思う事で、気持ちを切り替えるレインなのであった。


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