58. 仕掛け
レヴィノール団長の話は、第二が追っている殺人犯らしき人物が再び人を襲った事。今回狙われた者は城に務める文官で、護衛についていた近衛騎士団員によって難を逃れたという話だった。
そして、また犯人を取り逃がしたことが付け加えられるも、そこにレインが関与していた事は伏せてくれたらしい。
レイン達から離れた場所にいる者たちが、衣擦れの音を発する。想像するに、それは今日追跡していたグリーン班とアッシュ班なのだろう。取り逃がしたという言葉に動揺したのだ。
だがレインも犯人を追ったうちの一人、その気持ちは良くわかる。レインも「うっ」と呻きそうになったのだから。
(俺が仕掛けた物が、効果を発揮していると良いが……)
実は、先程犯人を追跡していた時にレインはある事をしていた。
ギルノルトは覚えていないが、それはルーナでギルノルトと話し合った時に出た事だった。
それが成功していれば、ギルノルトでさえ見失った犯人の足取りを辿れるかも知れないのだ。しかし現時点では確実とは言い切れず、まだ報告する事も出来ないのだ。それを確かめる為、この後ギルノルトが見失ったという場所へ向かうつもりだ。
本当はあの後すぐにでも動ければよかったのだが、サニーの事を優先して行動したため、ここまで自由に動く事が出来なかったのである。
「ギル、食事の後、外へ出られるか?」
「……おう。じゃあ速攻で飯だな」
「ああ、頼むよ」
レインが何かをしようとしていると気付いたらしいギルノルトが、一も二もなく頷き返す。こうしてこそこそと話す2人を、喧噪に包まれるここで気にするものは誰もいないのだった。
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すっかり暗くなった街中に、間隔を開けて足元を照らす街灯が灯っている。しかしそれは道がある場所に限られ、レイン達がいる城壁付近までその灯りは届いていない。
「流石に夜は結構冷えるな」
「昼間は雪もちらついていたし、春はまだ遠いな」
薄暗い場所を小声で話しながら、レインはギルノルトが案内する所へ向かっていた。
レインはギルノルトに、最後に見失った場所へと案内してもらっている。
「そんで、今更その場所に行ってどうするんだ? 俺が確認した時には形跡もなかったのに」
「俺は途中まで、奴を追いかけた」
「ああ、俺も上から見てたから知ってるが……」
「最後に魔法を使ったんだ」
「あー、一瞬で消されたんだったか? あいつは人の魔法を消す事が出来るみたいだよな……」
遠くから見ていたギルノルトには、そう見えたらしい。
「いいや、あいつは風魔法を使ったんだと思う。俺の拘束魔法を風の刃で切り裂いたんだ」
「消えたように見えたのはそのせいか……」
「ああ。地面に落ちていた蔓の切り口が、引きちぎったものでなく綺麗だったからな。奴が風魔法を使えるなら、他の事も辻褄が合うんだ」
「そうか、確かに」
足元に注意しつつ、ギルノルトは納得したように頷いた。
「その風魔法の事は報告したのか?」
「ああ。詰所で話した時に、それは伝えてある」
「だからあの後、風魔法が使えるやつだけ残されたのか」
先程話が終わったと思ったところで、最後にレヴィノール団長が風魔法を使える者だけ残れと言ったのだ。それでギルノルトを待って、ここに来るのも少し遅くなった経緯がある。
「だからさっき団長から、魔法を使って跳躍できるかと聞かれたんだな……」
「そんな事を聞かれたのか?」
「ああ。聞かれて初めて、風魔法で“そんな事も出来るのか?”と思った」
苦笑するギルノルトは、風魔法が使えるが余り制御が得意ではない。今までそれほど魔法を練習してこなかったのだと、入団した頃にギルノルトから聞いている。
魔力量はそれなりにあるが細かな魔法が使えないとかで、落ち葉を集めようとしても爆風を起こしてしまい、余計にゴミを広げてしまうのだと眉尻を下げていたのだ。この前逃走者に向けて放った魔法は、威力が大きくても構わないものだったために問題はなかったらしい。
「それで、出来る者は誰かいたのか?」
「いいや。何人かは、走る速度の補助で使っているとは言っていたが、跳躍まで出来るものはいなかった」
「それじゃあ奴は、何かのスキルとの合わせ技の可能性もあるな……」
以前読んだスキルの本に、何か該当するものがなかっただろうかとレインは記憶を辿る。
「いいや、わかんないぞ? レインの様に魔法をいじくり回す奴だったら、魔法だけでも何かを編み出しているとも考えられる」
と、思考に沈みそうになった途端、ギルノルトから変な言葉が飛び出した。いじくりまわすって言い方は酷いだろう………。
そう思いレインがギルノルトを睨みつければ、ギルノルトは気にした様子もなく肩を竦ませた。
まあいい。後で文句を言ってやろうと気持ちを切り替える。
「ああ、あの辺りだ」
その時、目的の場所に到着したらしくギルノルトが指をさした。その示す先は薄暗いながらも、郭壁にも近い事が分かる。その郭壁沿いには街の人々が手入れしている小さな花が咲いており、どこにもおかしいところはないように見えた。
ここは民家からも離れた場所で、周りには所々に植えられた樹木と灌木の植え込みがあるくらいだろうか。なにせ少々暗いので定かではないが、それが所々に影の様にあるくらいだ。
「で、レインは何を確認しに来たんだ?」
何もないだろうというギルノルトに頷き、レインは自分の魔力を辿る。もしかすると、ここに自分が出した物があるかもしれないのだが……。
「あった」
「え? 何があったんだ?」
自分では見つけられなかった物を発見したのかとギルノルトは驚くが、それは普通気付かないものだから致し方ない。
レインはその魔力を辿り踵を返す。そして影を落とす植え込みへと近付いて行くと、植え込みを掻き分けるように手を突っ込んで、何かを掴みそれを引き上げた。ギルノルトもレインの隣に並ぶ。
「それは……黒い布か?」
「ああ。奴が身に付けていた物だと思う」
「なぜそう言えるんだ?」
ギルノルトの疑問は当然だ。だがレインは、これが奴の着ていた物だという確信がある。
「俺が奴に放った魔法は、蔓縛手というものだ」
「蔓って事は、体を拘束するやつだろう?」
「ああ」
「でもそれは、奴を拘束する前に粉々になったんじゃ……」
「ああ。だがその蔓に仕掛けをしておいたんだ」
首を傾けるギルノルトにレインはその服を広げてみせ、ある1点を指さした。
「これだ」
「ん? 暗くて良くわからないが、何かくっついてるのか?」
「ああ。あの蔓には、俺の魔力で作った“オナモミ”を混ぜてあったんだ」
「オナモミ? なんだそれは」
ギルノルトは顔を近付け、その正体を見ようと覗き込む。レインは魔力で位置が分かっているが、それは小指の爪程の大きさでこの暗がりでは近付いても良く見えないだろう。
「言い換えれば、“ひっつき虫”だな」
「あ~、ひっつき虫か」
言われて分かったらしいギルノルトが、やっと黒い布から顔を離した。
あの時放った魔法には逃げられる事も想定して、予めオナモミを仕込んでおいた。単にオナモミだけを投げつければ気付かれてしまうため、拘束が失敗した時の保険で、あとから魔力を感知できるように仕込んでおいたのだ。
奴はここに来て、黒く目立つ服を脱ぎ捨てて逃走したらしい。一見何もない場所で目立つだろうと思うが、その黒い服を脱いでしまえば、追っている騎士団の視界から消えた様に見えただろう。皆は“黒装束の男”を追いかけていたのだから。
「上手く騙されたって事か……」
そう説明すれば、ギルノルトは悔しそうな顔をする。
奴はたまたま木の陰など、ギルノルトの視界から外れた場所でこの服を脱ぎ、植え込みに隠して再び何食わぬ顔で街中に戻ったのであろうと考えられた。
「ギル、追跡するぞ」
レインの言葉に勢いよく振り向いたギルノルトは、目を瞬いてレインを見た。
「俺は土属性だ。奴が地面を歩いたのなら、俺は追跡できるはずだ」
途中でまた屋根の上に登ったりしない限り、レインは魔法を使って奴の足跡を辿れるのだ。流石に屋根の上を飛び回る者を辿る事はできないが、地に降りてくればレインの魔法の範疇である。
「そうか、レインは追跡魔法が使えたんだったな……すっかり忘れてた」
「これは地味に魔力を使うから、俺も普段余り使わないからな」
と苦笑してレインが言えば、ギルノルトは「倒れても俺が担いで帰るから大丈夫だ」と、ズレた返答と共に笑みを浮かべていた。
いやいや、倒れるまで酷使するつもりか……といいたいのを我慢し、レインは早速地面に手の平を当て魔力を流す。
一度この魔法を発動させれば、魔法を止めるまで魔力を流しておく必要があるのだ。発動時に魔力を多く使う訳ではないが、長引けば地味に魔力を使い続けるためへとへとになる魔法である。
左手に布を掴みそれを纏っていた者の気配を辿れば、レインの視界の暗い地面に人の足跡が淡い光となって浮かび上がる。
「少し時間が経ってしまったから形跡が薄くなっているが、今ならまだ追えそうだ」
「おう!それじゃ行くか」
ニヤリと笑ったギルノルトを連れて、こうしてレインは薄暗い丘の上から光る足跡を辿り、街の中へと向かって行ったのだった。




