57. 報告
レインがサニー達の所に戻る間も街中には呼子が木霊し、まだ犯人を追ってくれている事がうかがえた。
「クレイトン殿」
戻ってきたレインの姿を見付けたケイリッツが、真っ先にレインに声を掛ける。その彼は道の端に寄り、サニーを背にピリピリとした緊張感を纏っていた。
「すみません、見失いました」
「兄さん!」
サニーも心配していた様で、レインの顔を見てホッとした表情を向けた。
「いいや、あれは一人では無理であろう…。ところでクレイトン殿は、どうして襲撃される事を知っていたのだ?」
そこは気になっていたらしく、訝し気に眉を寄せるケイリッツ。
(やはり聞かれたな…。まあ当然だよな)
「それについては申し訳ないのですが、確実ではなかったんです。実は合流する少し前にここを通って、不穏な気配を一瞬だけ感じたので…。だから可能性として何かがある、襲撃される恐れがあるとお伝えしました」
今回はどうしても、ケイリッツには協力してもらわねばならなくてメモを渡した。
本当はレインが2人を護れば良いだけの話しだったのだが、そうなるとケイリッツの立場がなくなってしまう。サニーの護衛として任に当たる人物の、その面目を潰してしまう事になるのだ。
その為の協力要請だったのだが全てを説明する訳にも行かず、レインは予め当たり障りのない理由を用意していたのだった。
ただし、陳腐な理由しか思いつかなかったのだが…。
「そうでしたか。流石クレイトン殿も騎士団員ですね。不穏な気配を一瞬にして感じ取り、警戒していたとは…」
「ははは…」
どうやらこれで納得してくれたらしくレインの愁いは杞憂に終わったが、賞賛されてしまうとそこはズキリと心が痛む。
(でも、彼が無事で本当に良かった…)
今レインの前に立つ2人は、怪我一つなくピンピンしている。
一瞬ここに倒れていたケイリッツが脳裏をよぎり、口元を歪めるレインだった。
その後レイン達は自ら詰所へと向かい、今回襲われた人物である事を報告しに行った。
流石に今回の事は“近衛騎士団だから”とか“黒騎士団だから”とは言っていられない案件で、第二騎士団へも報告する義務が発生するのだ。
しかし詰所の控室にいるレインは今、一人団員への報告を済ませて彼らを待っている状態で、サニーとケイリッツが入って行った部屋を見つめてため息を吐いていた。
今回襲われた件は近衛騎士団の任務に係わる事であり、その場にいたにも関わらずレインは同席を許されなかった。今報告している相手はグリーン班の班長ユアン・トラスという役付者だけで、レイン達に通達される内容も、開示されるものは一部のみとなるだろう。
(俺は何も聞けない立場なんだよな…)
そうかと言って、自分が役職に就きたいとかそういう事ではないが、最悪の事態を回避しようと動いているレインには、それらの情報がないだけで見えるものが狭くなってしまうのだ。
どうしてサニーに護衛がついているのか、そしてなぜ襲われるのかという根本的な事が分からない限り、レインはただ周りを右往左往するしかないのが現状だ。
そんな思考に飲まれていれば、ガチャリと扉が開く音がしてレインは顔を上げた。
「この件は、速やかに団長へ報告させていただきますね」
「ご協力の程お願い申し上げる」
扉の前で背を向けるケイリッツとサニーの前には、緑の髪に桃色のナイフケースを腰に下げたトラス班長が立っている。
因みに、もう一人の班長であるアッシュ班のメイスンは今、逃走者の報告を受けて飛び出していったらしく不在だった。漢気があり正義感の強いメイスン班長ならば、と納得してしまう行動である。
(それにしても、目立つなぁ…)
そんな彼らを見ながら、レインの視線はトラスの腰にあるナイフケースに釘付けだ。トラスの黒い上着にある腰のスリットから、目の覚めるような桃色が見えているのだ。もう色々と考えても仕方がない為、思考はあらぬ方向へと向かってしまうレインであった。
その後ケイリッツとサニーは、再び帰路の道を辿る事になった。サニーは家に帰るのだから当然だ。
ただし今度は、犯人を見失って戻って来ていた団員達がその周りを囲み、ものものしい集団になっている。更に護衛の為に団員を付けるといったトラスの言葉に、ケイリッツは拒むことなくそれを受け入れた。襲撃犯が逃走してしまった以上、警戒するに越したことはないとケイリッツも判断したらしい。
それを見送るレインは、やっと肩の力を抜く。
その頃には既に空には帳が下り、ソールである今日の一日が終わろうとしていた。
そろそろ夜勤との交代時間だが、果たしてギルノルトの方はどうなったのだろうかと、レインは郭壁がある方へと視線を向ける。今そこは何も見えないが、きっとギルノルトが見届けてくれたはずだと信じているレインである。
「ああ、ここにいたか。レインは休暇日だろうがこの後演習場に集合、全員参加だ」
その声に振り向けば、トラスがレインに視線を向けていた。
実はレッド班の動向も気になっていたので、とは言えぬが、そこでレッド班と合流できるため願ったりかなったりである。
「承知しました」
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そうしてトラスと別れ一足先に城壁内に戻ったレインは、既に演習場に集まっていたレッド班に合流した。
「ああレインか、良いところに来た。この後団長から話があるとの事だ。休暇日だろうが、全員参加のためレインもここに残ってくれ」
レインの姿に気付いたデントス班長は、そういってレインを呼び止める。
「はい。今まで下の詰所にいましたので、その件はトラス班長から聞いています」
その返答に頷きを持って返したデントスは、「それならば頼む」と忙しそうに移動していった。多分ここに来ていない者を呼びに向かったのだろう。
「レイン」
その後小さく声を掛けて隣に立ったギルノルトに、レインはやや気の抜けた顔で笑みを返す。
「今日はありがとう。お疲れ」
「ああ、お疲れ。また逃げられたな…」
どうやらギルノルトは、上から一部始終をみていたらしい。それはそうだ。遠見が出来る道具を持って犯人を追跡していたはずなのだから、その周りで追いかける団員達も視界に入った事だろう。
「それで、どうだった?」
というレインの言葉には、ギルノルトが首を振る。
「見失ったのか…」
「見失ったというよりも、消えた、と言った方がいいだろうな」
かいつまんだ話を聞けば、北北東の郭壁付近まで来た途端、姿が見えなくなったらしいとの事だった。
「急いでその辺りまで走ったんだが、上からではわからなくてすぐに下まで降りた。だがもう人の気配すらなかった」
「北北東といえば、職人街か?」
「そのもっと北側だ。建物が切れたところまでは姿を確認できたんだが、そこで急に見失った」
「城壁の目前じゃないか…」
「ああ」
丘の上にある城壁は、頂上をグルリと一周するように建っている。
それは街中にある建物からは離れて建っており、郭壁の外から見ても王城が浮き上がって見えるように、という意図があるらしい。それぐらい遮る物がない区画で見失った、という事だった。
言葉もなく眉根を寄せる二人は、その後集まってきた団員達と共に、レインが見たものの話を聞く事になったのである。