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56. もどかしさを抱えて

 今回の様に計画的犯行であれば、犯人は予め襲う場所を決めている場合が多いという。


 それはある一定の条件を満たす為であろう。

 襲う相手が確実に姿を現わす事が大前提だが、その条件としては、人目につき辛い場所、己の身を隠す事の出来る場所、確実に相手を狙える場所、そして、自分の逃走経路が確保されている場所、などといったところだろう。


 今回の犯人もまたそうであると思われる。

 その為レインはまず襲撃された場所を見に行ってきたのだが、そこは周りに路地が多く死角が多いうえ人通りが少なく、さほど高い建物がない事が分かったのだ。

 奴の身体能力が高い事は前回の事からでも分っているため、この辺りの家であれば屋根の上を移動するくらいは訳ないはずである。


 言い換えれば、奴の逃走経路は無限にあったのだ。


 レインも2人の無事を確認できれば、一応犯人を追跡するつもりではいる。だがもし2人のどちらかが負傷した場合を考え、ギルノルトには犯人を追ってもらう事にしたのだ。

 しかしそれも上から死角に入られては見失ってしまうだろうが、前回奴は騎士団に追われた際、建物の上を移動していった事から、今回もその可能性を考えて郭壁からの監視を頼んだのだ。


 しかし、全ては“こうなると良い”という希望で動く事になるのだから、犯人を取り逃がす可能性が高い事はレインでも分っていた。


(あいつは騎士団(おれたち)が追いかけている犯人と同一人物だろうから、せめて班長にだけでも伝えたかったんだけどな…)


 今王都にロイがいない事が悔やまれるが、そこは考えても無駄というものだ。本当に悔しいが…。


 レインがそんな思考に陥っていても、サニーは嬉しそうに話を続けてくれており、はたから見れば3人は普通に道を歩いている様に見えるはずだ。

 レインはサニー越しにケイリッツと視線を交わすと、どちらともなく頷きあってその道へと入って行ったのだった。




「上っ!!」


 前回ケイリッツが倒れていた場所の2mほど手前、レインが警戒していた屋根の上で微かに何かが動いた。


 レインの声が響いた直後その影が揺れ、レインは飛び退ってその屋根とサニー達を視界に入れる。

 そして2人に向かって何かが飛び込んでくるのと、サニーを背にした彼が手を上げて声を発したのが同時。

 全てが一瞬の出来事だった。


「“回弾水(アクアスピナー)”」

 ―― キィーンッ! ――


 まさに間一髪。ケイリッツの前面に展開した回る壁が何かを弾き、彼らの身を護った。

 それが分かった瞬間しくじったと悟ったのだろう、その人影は立ち上がり屋根の上を北へと走り出した。


「“飛礫(スマッシュグラベル)”」

 ここでレインが準備していた魔法を放ったものの、それは難なく躱されてしまう。

「ピーッ!ピーッ!」


 続けさま呼子を出して応援要請を発したレインは、そのまま男を追って走り出した。直後、遠くからも「ピーッ!」と呼子が続き、レインの応援要請に応えてくれたと分かる。


 そのレインの背に声が掛かった。


「クレイトン殿!」

「サニーをお願いします!!」

「承知!」


 それだけの短い言葉を残し、レインは一人ケイリッツ達の下を離れ頭上の男を追いかける。

 レインは再び走りながら、呼吸の合間に少しずつ詠唱を始める。多分この先、息が上がって詠唱が難しくなる事もわかっていたからだ。従って魔法はあとこの1度きりしか使えないだろう。


「豊かなる仁恵よ…」

 その合間には呼子があちこちから聴こえ始めていたが、レインは黒い影を見失わないようにと、ただそれだけを思考し追いかけていた。

「…我の願いに…呼応されん」

 そして詠唱の準備は整った。後は奴の一瞬の隙を狙えば良いだけとなる。


 レインが追いかける事2区画分、奴はレインから死角になるように上手く立ち回りながらも屋根の上を飛ぶように走っている。チラチラと視界に飛び込む影を追いかけ、レインはその時を待った。


(今だ!)


 それは屋根から屋根に飛び移る一瞬、レインの辿る空に相手の全身が現れた時。

「“蔓縛手シーラス・グライフェン”」

 レインが紡いだ言葉は実体を持ち、空中を飛んだ黒い者へと幾重にも広がる蔓が覆いかぶさって落ちた。

 が、しかし。


 ―― ブワァン ――

(なに?!)


 確かにそれが被るように降り注いだ時、その蔓は何かに引き裂かれて飛び散り、男は屋根に着地するとそのままレインの視界から消えていったのだった。


(風魔法!)


 一瞬の出来事ではあったが、男が何をせずともレインが出した蔓を切り裂いた。そこで考えられるのは風魔法しかないだろう。だとすれば、奴は風魔法を使い毒を狙った相手に飛ばしていたのであろうとも推測できる。そして屋根の上を縦横無尽に跳び回れる事も。


(そういう事か…)


 レインは地に落ちた小さな粒と、細切れの残骸の前で立ち止まった。

 奴が向かった先に直線状に路地はなく、もうこれ以上レインには追う事は不可能だったのだ。そしてレインが地面から切り裂かれた蔓を摘まみ上げて見れば、切り口は鋭利な刃物で切られたような跡があり、レインの推測を裏付けるものとなったのである。


 その時、応援の呼子に応えた団員が駆けつけてきた。


「どうした!」

 と声を掛けたは良いがその相手を間違えたとでも思ったのか、団員は歩調を緩めレインの5m手前で止まってしまう。振り返ったレインの前にいたのは、1度目にも顔を合わせたアッシュ班のクルト・ミュラーだった。


 レインは躊躇なく話し出す。

「レッド班のレイン・クレイトンです。先程ここより2区画南で人が襲われ、手口は例の殺人と酷似するものでした。俺はここまで追いかけましたがその犯人は屋根を伝い未だ逃走中、北へ向かっています」

「――?!―― わかった!」


 レインが一気に説明した内容でミュラーは理解してくれたらしい。そのミュラーは踵を返し、呼子を鳴らすと次の路地を曲がり消えていったのだった。


「俺の役目はここまでだな…」

 どちらにせよレインには奴を捕まえられない事はわかっていたし、今日街にはアッシュ班とグリーン班がいるのだ。後は彼らに任せるべきである。


 そう思ってレインは郭壁へと視線を向けた。

 ギルノルトが今どこから見ているのかは分からないが、少なくともまだ上から追ってくれているはずであるという安心感が、レインに大きく息を吐かせる。


(頼んだぞ、ギル)




 一方その頃、ギルノルトは郭壁の上の東側にいた。

 本当はこの時間には西にいるはずのギルノルトだが、今日は無理を言ってトラットに変わってもらったのだ。


 そのトラットはギルノルトと歳が近い事もあり気安い関係で、なによりバリアートという髪型からでもわかるように、「自分で責任とれるなら、好きにやればいいんだよ」という考え方を持っている。それを適当だという者もいるかも知れないが、単に彼は小さい事は気にしないタイプなのである。


 そんな事もあって理由も聞かずに変わってもらった東側の王都を、今朝ウォルターから借りてきた遠観道具(そうがんきょう)を使い覗き込んでいたのである。


「へえ~。結構遠くまで見えるんだな」

「ええ? そんな小さいのに遠くが見えるんですか?」

 とギルノルトの隣で胸壁から下を見つめていたベンディが、目を輝かせてギルノルトを仰ぎ見た。

 どうやらベンディはこの遠観道具を知らないらしく、物珍し気にそれを覗き込んた。


「ああ。城壁の前に人がいるのも見えるぞ?」

「ほえ~。ここからじゃ僕には何も見えないのに、凄いですね~」

 と呑気な会話をしていた時だった。

 そろそろか、と視界を転じたギルノルトの目に、レイン達が例の道を歩いてくるのが見えたのだ。


「それ、僕にも…「ストップ!」」

 急にピリピリとした気配を纏ったギルノルトに、ベンディがビクリと身を強張らせるも、何かあったのだと瞬時に理解してギルノルトが見ているであろう場所を探し出した。

 だが、肉眼で見えるはずもない。


「いた! 奴か!」


 ギルノルトの視界には、今まさにレイン達が進む先の家の屋根の上に、人が伏せている姿が見えていたのだ。

「そこに居るぞ!」

 そんな声は当然レイン達に届くはずもなく、むなしく空に消えていった。

 だがその声に近くに居た団員達が気付き、何事かとギルノルトの周りに集まってきたのである。


「どうしたギルノルト!」

「何かあったのか!」


 そんな声を掛けられても、ギルノルトは目を離すわけにはいかない。

「奴がいました! 正面の中央、赤い屋根の上です!」

 取り敢えず当たり障りのない事だけを言ったつもりだったが、それで一気に障壁の上が騒がしくなった。

 そしてその時、郭壁の中からレインが鳴らした呼子が響いたのだった。


 そしてあっという間に王都中で呼子が響き出す。

 しかしギルノルトは、そんな事よりもレインに頼まれた事に集中していた。


 奴は家の屋根から屋根に飛び移り、5m程度であれば速度も落とす事無く難なく飛び越えている。

「アイツ人間じゃねえだろ」というくらいには、身体能力が化け物級だったのだ。


 それでも地上からレインが必死に追いかけている姿も見え、ギルノルトは心の中で応援しつつも、ここを離れられない己自身にもどかしさを感じていたのだった。


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