54. 協力者の居ない日
その後、自室に戻ったレインはクルークを呼んだ。
しかし何度呼んでも、クルークは呼び出しに応える事はなかったのだった。
「どうしたんだ…?」
と独り言ちて、レインは目を瞬かせた。
(あ…もしかして、王子に同行して視察に出てるのか?)
ロイが白騎士団員だった事を思い出し、レインはその可能性を今になって気付く。ロイとはいつでも話が出来ると思っていたが、それはレインの浅慮な考えであったらしい。
「だとすると、ロイには相談できないのか…」
「ん? なんだって?」
レインの独り言に応答があって、レインは振り返る。
そこにタイミングよく話しかけたのは、いつもの様に部屋に入って来たギルノルトだった。
「ああギルか。ちょっとロイに相談があったんだが、どうやら遠征中の王子について行ってるらしくて、ロイの魔鳥を呼び出せないんだ」
「あ? そう言えばレインが、ロイは近衛だって言ってたな。だったら連絡がつかないのもあり得るな」
「んん~。そうなると、ちょっと…」
「どうした? また何かあったのか?」
今日のレッド班は郭壁の見張りだった為、ギルノルトはまだ何があったのか知らないようだ。
どうせこれからギルノルトには話すつもりでいたのだからと、レインはギルノルトが座るのを待って、今日の出来事を話し始めたのだった。
「って事は、サニーが狙われたのか?」
「ああ、だが幸いサニーは無事だった。ギル、今日郭壁から見ていて怪しい奴はいなかったか?」
「その辺りは郭壁からでは少し距離があるから、呼子は聴こえても何があったとは見えないんだよな。分かっていれば注視する事もできただろうが…」
ギルノルトは途中で言葉を止め、レインを見つめた。
「レイン…今日は?」
「ルーナだな」
だよなと、ギルノルトは至極真面目な顔でレインを見つめ返す。
「それじゃ俺も、協力出来る事があるって事だな」
「え? ギルは郭壁の上だろう? まさか郭壁の上から駆けつけてくれるのか?」
任務の途中で勝手に抜け出すのかと、レインは目を見開く。
「いやいやそうじゃない。俺達が探している、あの毒野郎がいたって事だろう?」
「ああ。確証はないが手口が似ていたから、その可能性はあるだろうと思っている」
「で、地上にも気配がなかったって事は、またそいつは屋根の上だった可能性がある訳だな?」
「…そうかも知れない」
「だったらその場所が初めから分かっていれば、そいつがどこに行くか見えるかも知れないだろう?」
「しかし今、距離があると…」
「それはあれだ。遠観道具を借りてくればいいんだ」
遠観道具は遠征に出る騎士団員が使っているもので、遠くのものを見る際に使う道具だ。だが第二騎士団には常備されておらず、借りると言っても誰から借りるのかレインにはわからなかった。
「誰から借りるんだ?」
「ウォルターだ」
「え? 何でウォルターなんだ?」
「お? レインは知らないのか? ウォルターは野鳥愛好家だぞ?」
「野鳥愛好家って…鳥を観察するってやつか?」
「ああ。この前食堂で、ウォルターとグストルが話しているのを聞いたんだ。ウォルターは時々休暇日に、近くの森に行って鳥を眺めているらしいぞ?」
「それでウォルターは、遠観道具を持っているのか…」
物静かなウォルターの趣味は野鳥観察だったようで、そう聞くとなぜか納得してしまうレインだった。
「それじゃ、レインはソールで俺にその事を伝えてくれ。朝食堂に行った時にでもウォルターから借りれば、準備ができるだろう?」
「そうだな。だがそいつを郭壁から追跡しても、俺にはどこに行ったか分からないぞ? 喩え大声を上げても、郭壁からでは声は届かないんだからな」
「そうなんだよな。そいつがどこに向かったのかと、地上へ指示出来ないのが問題なんだ…」
腕を組んで眉間にシワを寄せて考え込んだギルノルトは、そして何かを思い付いた様にパッと顔を上げた。
「魔鳥を借りるってのは、どうだ?」
名案だとでも言いたげにギルノルトが添えた言葉は、しかしレインには現実的だとは思えなかった。
「ギル、誰に借りるんだ?」
レインが知っている魔鳥の契約者は、ロイとムルガノフ副団長、それとヘッツィー団長くらいだ。
「ロイ…は居ないんだったな。じゃあ副団長?」
「それで、副団長には何て説明するんだ?」
「…………」
どう考えても、契約している大切な魔鳥を借りる為の理由を思い付かないのだ。いくら知っている者の頼みとはいえ、理由なくば、気軽にホイホイ貸してくれるとは思えなかった。
「それにな」
「なんだよ…」
「もし魔鳥を貸してくれたとしても、相手は毒を何らかの方法で飛ばしてくる奴だ」
「…そうだな?」
目を瞬かせるギルノルトに、レインは眉尻を下げて説明する。
「もし、借りた魔鳥が毒に射られたらどうするんだ? しかも当たり所によっては、人でも即死レベルの毒だぞ?」
「――?!――」
「だろ? 奴が魔鳥に気付いて毒を飛ばす可能性もある。俺かギルが契約している魔鳥ならまだしも、人様と契約している魔鳥に、そんな危険な事をさせる訳には行かないだろう?」
「……そう…だな……」
レインが懸念している事を理解し、ギルノルトも同意した。
「まぁ、ギルは犯人の逃走先を監視してもらうだけでいいよ。後は俺が見張っておいて、後手に回らないように立ち廻れば良いだけだ…」
とは言いつつロイに協力を仰げない今、レインの行動は限られてくる。
最近のレインは、ロイに助けてもらう事に慣れてしまっていた事は否めない。だが今回の様に、今後もロイがいない場合も想定しておかねばならないのだと、気を引き締め直すレインだった。
だが幸いにも任務日ではない為、レインの動きが制限されない事だけは救いである。
「でもさ、その毒野郎はあの時もいきなり毒を飛ばして来ただろう? レインはそれに先に気付かないといけないんだぞ?」
あの時とは、窃盗犯を殺された時の事だ。殺された男の周りには騎士団員が10名いたにも関わらず、その誰一人として気配さえ気が付かなかったのだ。そいつは相当な手練れか、もしくは殺人に特化した者であろうという話だった。
「そんな奴を相手に、一人で大丈夫なのか?」と心配してくれるギルノルトだが、こればかりはレインにも正直言って分からない。曖昧に微笑むしかないレインである。
そうは言っても、次回で最後の機会なのだ。
このソールをしくじれば、ケイリッツは二度と普通の生活には戻れなくなってしまうだろう。それにサニーが狙われているのならば、レインにも弟を護りたいという思いはあるし、あわよくば、ずっと第二が追っている殺人犯を捕まえたいとさえ考えている。
だが今回、これを知って動ける者はレイン一人しかいない。
言ってしまえば、レインの行動に全てがかかっていると言っても過言ではないのだ。そう考えればプレッシャーで胃が痛くなりそうなレインであるが。
「じゃあ今夜中に、レインがやれそうな事を1つずつ上げて行こう。それでレインがどう動けばいいのか、予定を立てれば良い」
「ああ。ギルも知恵を貸してくれ」
「勿論、そのつもりだ」
こうしてレイン達はロイの居ないソールを目前に控え、最善策を探す為、この後も暫く話し合いを続けたのであった。