53. 護衛対象者(王都内の位置情報あり)
遅くなりましたが、下部に大雑把な王都の位置関係を掲載いたしました。
なんとなく、という感じでご参考までに…。
「なぁ、サニー」
視線を落としたまま歩くサニーに、レインは笑みを添えて声を掛ける。
先程の件で、すっかり元気をなくしてしまったらしい。
呼びかけには応え、サニーは顔を上げてくれた。
「今日は早帰りだったのか?」
「…うん。今日は仕事も忙しくなかったし、暗くなる前に帰るようにって」
「そうか」
「うん…」
夕陽に染まるサニーの横顔は、悔し気に歪んでいる。
あの後、広場に居た少年達には早く帰るように伝え、レインは事情を話すために城へ戻るサニーに付き添っていた。
「ケイリッツさん、大丈夫かな…」
「……」
応急処置はしたもののケイリッツが大丈夫だと、レインには言い切れない。
あの毒で腕が変色していた事を思えば、もしかすると…。
「―――僕のせいだ」
「…いいや、サニーのせいではない。悪いのは襲った奴だ」
「でも、僕が狙われるようなことをしたばっかりに…」
レインはサニーが仕事関連でスキルを使った事までは知っているが、詳細は知らされないままなのだから掛ける言葉はない。ここで何を言っても、事情を知らないレインの言葉は空回りするだけだろう。
「そう気を落とすな。今は自分の事だけ考えていろ」
「………うん」
こうして灰色の雲間からさす茜色に染まる城へと、2人は消えていくのだった。
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「レイン」
靴音が響いていた事は気付いていたが、その声の主に気付いてレインは慌てて振り返った。
「エイヴォリー総長、お疲れ様です」
敬礼を返しつつもどうしてここに…と聞こうとして、先程の一件が第二騎士団だけの事ではない事に改めて気付き口を閉じる。
ケイリッツをここへ運んだのは第二騎士団だが、ケイリッツは近衛騎士団員なのだ。その為、第二騎士団のレヴィノール団長では話が済まなくなったのだろう。
「レインは、護衛対象者の親族だったな」
「はい」
頷き返すエイヴォリーは、レインの肩に手を添える。
「浮かない顔をしているな。親族は無事だったのであろう?」
「はい…今事情を聞かれています」
と、サニーが入った目の前の扉を見つめ、レインは答えた。
「私もこれから彼に話を聞くところだ。今は近衛騎士団長が不在のため、今は私が兼任をしているのだ」
「そうだったのですね…お忙しいところ、ご迷惑をおかけいたします」
「君が謝る事ではなかろう」
心配するなと言うようにポンとレインの肩を叩いたエイヴォリーは、そのまま扉を開けて入室していった。
そこで見えたサニーは机に向かって座り、気丈に前を見据えている。そしてゆっくりと閉まる扉は、そんなサニーの姿を視界から消して行くのだった。
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そうして1時間程サニーを待っていれば、また一人、廊下の向こうから人影が現れる。その人影が近付いてくれば、それは父親のジョエルであると知る。
「レインか。お前も呼ばれてきてくれたのか?」
「俺は呼ばれてきた訳じゃないよ。…俺はサニーと一緒にここに来たんだ」
「――それはどういう事だ?」
どうやら父親は、ヘッツィーの魔鳥で連絡を受けてここに来たらしい。その父親は遠征の後の休暇中で、しかも負傷者として長期休暇をもらい家に居たという。
そんなジョエルにレインは先程までの事を話し、サニーは無事であったと伝える。
「サニーの話を聞いた限り、ケイリッツ殿が自分の身を挺して護ってくれたらしい…」
「そうか、ケイリッツ殿が……」
「でも俺が駆け付けた時にはもう、腕に毒を受けた後だった。俺は例の窃盗犯の経緯を見て知っているから、同じく紫色に変色した腕に気付いて解毒薬は飲ませたけど、まだ医術局に何も聞いていないからその後彼がどうなったのかまでは…」
レインの話に、ジョエルも苦悶の表情を浮かべた。
レインも倒れた彼の状態を思い出し、奥歯を噛みしめる。もう少し早くレインが気付いていれば、ケイリッツも毒を受ける事はなかったのだろうと。
「それで、お前は犯人を見たのか?」
「いや、俺が着いた時にはもう気配はなかった」
「そうか。お前の話を聞けば、いつぞやの毒殺の手口に近いな」
「俺もそう思って屋根の上も確認したけど…」
と、レインは首を振る。
窃盗犯の殺人事件の詳細は第二だけに留まらず、今や第一や白騎士団にも周知されている。どこかに怪しい者がいた際には、全騎士団員間で話が通じる様になっていた。
(今日の事は白騎士団も関わる事だし、後でロイに相談しないとな…)
そうこうしている内にレイン達の目の前にある扉が開き、中からエイヴォリーが姿を見せた。
その人物に気付いたジョエルは、姿勢を正し即座に敬礼する。それに慌てて続くレインだった。
「来たか、クレイトン」
「はっ! お手数をお掛けいたしました」
「いいや、静養中のところご苦労だったな。彼は今日から数日、休暇を取らせることになった。たまには親子水入らず、のんびりすると良い」
「御配慮、痛み入ります」
ジョエルの言葉に鷹揚に頷いたエイヴォリーは、後ろにいたサニーの背に手を添えそっと押し出す。
「サニー」
ジョエルの呼びかけに視線を上げたサニーは、一気に緊張が解けた様に顔が歪む。
「父さん…」
しかしここが王城である事を思い出したのか、サニーは泣きたい衝動を抑えている事がレインにはわかった。
「話は済んだゆえ、もう帰って良いぞ」
「はい…ありがとうございました」
サニーはそう言って頭を下げる。
隣に立つジョエルはエイヴォリーに頭を下げると、レインにチラリと視線を向けて廊下を歩き出して行った。
そんな2人を見送っていたレインに、エイヴォリーが声を掛けた。
「レインは共に行かぬのか?」
「はい。私は宿舎住まいなので、この後は宿舎に戻ります」
「そうか。では途中まで共に参ろう」
「はい」
そうしてエイヴォリーの1歩後ろで歩くレインに、エイヴォリーは隣を歩く様に言った。隣に並べば、真っ直ぐに前を見たまま話し出すエイヴォリー。
「ここに来る前、医術局に立ち寄ってきた」
突然告げられた言葉に、レインはエイヴォリーを仰ぎ見る。
「彼はもう、騎士としての任務は熟せないだろう。幸い応急処置が早かったため命はとりとめたが、変色した腕は壊死しており、医術局でもどうする事も出来ないとの事であった」
「――?!――」
エイヴォリーはあくまでレインを気遣い軽く話してくれてはいるが、喩えどの様に話そうとも、その言葉はレインに重く圧し掛かってきた。
「そんな…」
「まぁ案ずるな、彼は子爵家の長男だ。騎士への道は閉ざされても、家督を継ぐ道もある。それに彼は任務を全うしたまでだ。護衛対象がそれを悔やみ、心を病むことはない」
今話したことはサニーに伝えて欲しいのだろう、とその内容から理解する。そしてそれはきっと、エイヴォリーの気遣いなのだろうとも思われるものであった。
レインには貴族の事はわからないが、喩え家督を継ぐと言っても左腕が使えない状態では、その勤めも万全とは言えなくなるだろう事はレインでもわかる。
言葉も出ないレインの足はそこで止まっていたらしく、数歩前で振り返るエイヴォリーへと視線を向けた。
「私はこちらへ向かうゆえ、ではな」
「はい…ありがとうございました」
レインの返答に頷いたエイヴォリーはそのまま身をひるがえし、颯爽と城の奥へと向かって歩いて行った。
現在近衛騎士団も兼任しているというエイヴォリーは、本来こうして出歩く暇もなかったのであろうと、その後ろ姿にレインは深く首を垂れるのであった。
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▼王都キュベレーでの位置関係