表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/132

52. 喧騒の中で

「―――なのか? っておいレイン、聞いてるのか?」


 どうやらレインに話しかけていたらしいマルセルが、こちらを向いて眉根を寄せている。

 それで思考から戻ったレインは、謝りつつも聞き直す。


「え? ああ、すみません。何ですか?」

「レインも何か買いに来たのか、と聞いたんだ」

「あぁ…急ぎで買うものはないです。けど、俺も行きます」


 どこに行く予定でもなかった為にマルセルに付いてきたが、たまには店を覗かせてもらうのも良いかも知れないと思い立ち、レインもマルセルに続いて店へと入って行った。


 久しぶりに入った店には、相変わらず整然と食料品が並んでいる。

 だがその中で所々色彩を欠いた区画があり、値札に書かれた文字を読めば、それが小麦製品であると分かる。


「本当に小麦がないんですね…」

「ええ。これでも懸命に在庫を確保しているのですが、この有様です」


 小麦自体は言わずもがな、パスタなども品切れだ。

 小麦はパンやパスタに使われるほか、ケーキやクッキーなどの菓子から、揚げ物や肉などをソテーする際にも使用されているのだから、店でなくとも、家庭でもなくてはならない品物と言えるだろう。


「うちでもご贈答用に、茶葉などにお付けする焼き菓子を作っていたのですが、それも今は止めてしまっております」

 と、今しがた奥から姿を見せたホサリーの妻ミラが、レインの傍に来て言った。


「ミラさん、ご無沙汰しています」

「お久しぶりですね、レインさん」

 時々巡回中に顔を見る事はあるが、こうして話すのはサニーの贈り物の時以来である。


「レイン兄ちゃんだ」

「……」


 ミラに続いて奥から出てきたニルスは、10歳になり大分身長が伸びていた。今年から学校にも通い出す年であるが、行っていないのかと聞けば、これから学校へ向かうのだとニルスは言った。

 その後ろにはモジモジしている5歳のユミィがいたが、レインをチラリと見てミラのスカートの後ろに隠れてしまっていた。すっかり嫌われてしまったのかとレインは眉を下げる。


「二人とも、マルセルさんとレインさんにご挨拶は?」

「おはようございます!」

「……」

 ニルスはニカッと笑みを広げて元気よく挨拶をするも、ユミィはチラリと顔を覗かせただけに終わる。


「おう、おはようさん」

「おはよう、ニルス君、ユミィちゃん」

「…おはよ…」

 とマルセルとレインが挨拶を返せば、やっとユミィの声が聞こえた。


「ガッハッハ。レインは嫌われてるのか?」

「いいえ、そうじゃないんですよ」

 フフっと笑いながら、マルセルの言葉を否定したミラである。

 しかしそう言ったミラのスカートを引っ張り、ユミィがしきりに首を振っている。


「ユミィは照れてるのですよ」

「んん? ああ、そういう事か」

 ミラとマルセルは意味ありげに顔を見合わせ、レインに視線を向けて笑った。


「え? なんですか?」

「わからなきゃいいんだよ。わからなきゃな」

 ガハハッと笑ったマルセルに、レインはただ首を傾げるのだった。



 こうしてマルセルの買い出しは、ライスになった。

 パン屋も品数が少なく値段も上がっている為、最近では自炊に変えているといい、家にあったパスタが無くなったので今日はここに買い物へ来たらしい。

 そんなライスを買った彼は、帰ってからごった煮を作るのだと笑っていた。ごった煮とは何かと聞けば雑炊のようなもので、ライスと野菜を適当に鍋にぶち込んで煮るだけなので、マルセルはごった煮と言っているらしい。


 そんな事で、結局レインは何も買わずにモックス商会を後にした。

「それじゃあ、またな」

「はい、気をつけて」

「……おう」


 以前の事があったからか、素直に返事を返したマルセルとは店の前で別れ、レインは先程の話を検証するように、街中の商店を見回ることにした。


 八百屋や果物屋などの店頭は賑わいを見せ、店主も新鮮な品物を宣伝するように声を上げている。

 しかしいつもは露店で出ているガレットの店は見当たらず、それを目当てに来たであろう女性が困惑気味に視線を向けていたのが印象的だった。

 レインも小腹が空いたときに買った事があるこの露店では、ベースとなる薄く焼いた小麦生地に、ハムやベーコンを乗せて巻いた物を好んで食べていたレインだ。その他にも果物にクリームやジャムなどを乗せた甘い物もあるが、レインはもっぱら塩気のあるものを好んで注文していた。


(露店は休みか。流石に小麦が無ければな…)


 そんな露店がないだけで、道は閑散としたものに変わっているように見えるから不思議だ。いつもは何気なく通り過ぎていた場所も、こうして理由を知れば物悲しいとさえ思う。


 その小麦と言えば、王都から馬車で2日程かかる南西部の“メイオール”という所領で生産が盛んだと言われていた。その地域一帯は伯爵の位を戴く者が治めていると聞いたが、レインは誰であるのか詳しくは知らなかった。学校では地域の名前は学んだが、それを統治している者の名までは学んでいないのだ。


(貴族ならば、国民の事を第一に考えるはずだろうが…)


 こうして小麦の流通が滞るだけで、少なくとも王都の民は食にも困るが精神的にも不安に陥る。国を安定させるための王家、そしてそれらを助けるための貴族。レインは彼らの事をそう認識していたのだが、どうやら違った様だと眉をひそめた。王家が今現在、この食糧問題の対策を取っている様には見えないからである。



 そうして見回っていればいつの間にか夕方になり、レインはため息を吐いた後、通い慣れた広場に向かう。

 そこには既にいつのも少年たちが遊んでおり、レインを見ると笑みを広げて駆け寄ってきた。


「「「「レイン兄ちゃん」」」」

「よお、皆今日も元気だな」

「今日もやろうよ。練習」

「ああ、いいぞ。やろうか」


 と、子供たちが木の棒を振り回し始めた時であった。


「キャー!!」


 レインは悲鳴が聞こえた方角を振り返る。

 声の大きさからしてここに近い場所で上がった悲鳴であろうと、レインは少年達に「ここから出るな」と言いおいて、声のした方へと駆け抜けて行った。


 すると広場からほど近い道の真ん中で、倒れている白い制服の男を心配するように青年が寄り添っていたのだった。その周りには、彼らを遠巻きにして驚愕の眼差しで見つめる人々が様子をうかがっていたが、手を差し伸べる者は誰もいない。


 レインは走り寄って彼らに近付くと、「大丈夫か」と声を掛けた。

 すると倒れた男に寄り添っていた人物が振り向き、それが見知った顔であった事でレインは瞠目する。


「サニー?! 何があった!!」

「兄さんっ…僕には良くわからないんだ。急にケイリッツさんが僕を押しのけたと思ったら、突然倒れてしまって…」


 では、サニーの護衛で付いているケイリッツが何かに気付き、その身を入れ替えるようにしてサニーを護ったのだと思い至る。レインはすぐに周辺を警戒するも、既に近くには人の気配すらない。


「兄さん! ケイリッツさんの腕が…」

 その言葉でレインが視界を転じれば、見る見るうちにケイリッツの左手が紫色に変色して行くところだった。


(――!!―― これはあの時と同じ毒か!)


「サニー! 彼の腰の荷物から解毒薬を出せ!」

「うん!」


 いつも黒騎士団員は、解毒薬を携帯するようにと言われている。ケイリッツは白騎士団員だが、基本は同じであるはずだ。

 そしてレインはケイリッツの服の腕を引き裂き、虫に刺された様な跡を探した。こうしている間にも、指先から肘まで色が変わっている。


(あった!)


 レインは紫色の手首に近い部分にある赤い点に口を付け、きつく吸い付いた。

 その動作に驚くサニーが、焦ったようにレインに手を添えた。

「兄さん! 何やってるの!!」

「―ペッ! いいからお前は薬を出してこいつに飲ませろ! 急げ!!」

「え? …はい!!」


 レインは腕から毒を排出するため、毒を吸い出していたのだ。

 それを何度か繰り返す間、サニーが彼の荷物から解毒薬を出して飲ませれば、腕の変色が途中で止まっている事に気付く。


「多分、応急処置は出来ただろうと思う…」


 そう言ってから、レインは持参していた水で何度も口をゆすぐ。そして念のためにとケイリッツの荷物に入っていた解毒薬も飲み込んで大きく息を吐いた。

 だがこれで終わったわけでは無い。

 レインはいつも持ち歩いている呼子を取り出し、「ピーッ!ピーッ!」と応援を呼んだ。


 それでやっと動きを止めたレインに、サニーが恐る恐るという風に口を開く。

「ねえ兄さん、これはどういう事なの?」


 どういう事も何もないだろう。

 明らかに、サニーを狙っていた何者かに気付いたケイリッツが、レインに言った通りに身を挺して護ってくれたのだ。しかもそれは、窃盗犯を殺した手口と同じであろうと思われた。


 今回は毒を受けた場所が心臓から遠い腕であった事が幸いし、毒の巡りが遅かった事で、その間に解毒薬を飲ませる事も出来たのだ。それにこの前医術局で聞いた話も参考になり、毒を排出する事を思い付いたのだ。

 以前のまま何も知らぬレインであれば、ただ解毒薬だけを飲ませていただけであっただろう。あの時聞いた事が無駄にはならなかったのだと、レインは苦い笑みを浮かべるのだった。


「これは、サニーを狙ったものの犯行だろうな…」

「ええ?!」

 驚愕に目を見開くサニーに、レインは静かに頷いた。レインは何も聞かされてはいないが、それくらいの事は推測がつく。


「犯人はこの近くに居て、サニーに向けて毒を放った。それに気付いたケイリッツ殿が、咄嗟にサニーを庇って毒を受けた…と考えられるな」

「僕を庇って毒を…」

「ああ。彼は護衛としての任務を遂行してくれたんだ。目を覚ましたら、ちゃんと礼を言わないとな」

「………」


 その時バタバタと人が走る足音が聴こえてレインが顔を向ければ、そこには巡回当番のアッシュ班であろう数人の姿が見えた。

 そして駆けつけてきた団員達は、3人の状況を見て眉根を寄せた。


「今呼んだのは君か?」


 レインよりも年上の眼鏡を掛けた団員が、レインへ訝し気な視線を向ける。今日のレインは私服であり、顔見知りでなくば騎士団員とは思わぬだろう。その為、なぜ呼子を持っていたのかと言いたいようだ。


「はい、俺が応援要請を出しました。俺はレッド班所属のレイン・クレイトンです。今しがた悲鳴が聞こえたため駆け付ければ、こちらの白騎士団員のケイリッツ殿が倒れていました。任務の途中だった様です」


「クレイトン…ああ、名前は知っている。で、この白騎士団員の名前をどうして?」

「すみませんがそれは後で。彼は毒を受けています。解毒薬を飲ませて応急処置はしましたが、早急に医術局へ運んでください」


「何だって!?」とケイリッツを覗き込んでいた3人が、驚愕に目を瞠る。

「わかった! カール、詰所に行って応援と担架を!」

「はい!」

「ウェリスは副団長に大至急報告!」

「了解!」


 テキパキと指示を出す彼は、その後アッシュ班のクルト・ミュラーと名乗り、駆けつけてきた応援と共にケイリッツを担架に乗せ城へと運んでいった。


 そして言葉もなく項垂れるサニーに付き添い、レインも城へと向かって行ったのだった。


いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

誤字報告も有難く、感謝申し上げます!

引き続きお付き合いの程、よろしくお願いいたします。<(_ _)>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ