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50. 報告と労い

 それから一息ついたところで、マノアが料理を運んできてくれた。


 そんなマノアに礼を言い、ふわりと笑みを向けられてレインの頬は熱を帯びる。

 こうして何度かこの店に来るようになったレインにも、やっとマノアは笑みを見せてくれるようになっていたのだ。


 マノアが退出するのを見送ってロイに視線を戻せば、ロイはこちらを見つめて何とも言えない笑みを向けていたのは見なかった事にする。

 見るくらいはいいだろう?


「ロイ」

「何だい? マノアに口を聞いて欲しくなったのかな?」

 飲み物を口に入れていたレインは、その言葉に吹き出す既の所(すんでのところ)で慌てて堪える。

 危ないじゃないか…と()めつけるが、ロイは気にした様子もない。揶揄われた…。


「そうじゃない、彼女は関係ない」

「それじゃ何かな?」

 まだ笑っているロイに、レインはため息を落とした。


「今回、エイヴォリー総長に俺の事を話したのか? と聞きたかったんだ…」

 レインの問いかけに、「ああその件か」と表情を改めたロイが言葉を返す。


「いいや。レインの事は同行者としてしか話していないよ。手配されている薬を持ってくる者がいるから、と伝えただけだね」

「え? じゃあどうやって説明したんだ? 相手は王弟だぞ? そもそもロイは王弟に面識があったのか?」

 矢継ぎ早にどういう事かと聞くレインへ、ロイは苦笑を返した。


「詳細は言えないが、私もそれなりに王弟殿下とも面識があってね。今日起こるはずの出来事を伝えただけだよ。尤も朝も早かったから、つなぎをつけるのは大変だったけれどね」

「すまない…」

 その早朝からクルークを飛ばしたのはレインだ。それが申し訳なくて思わず謝るレインである。


「君が謝る必要はない。連絡をしてくれと私が頼んでいた事だから、君の行動は正しいよ。我々の行動が後手に回ってしまっては、意味がないからね」

 落としていた視線を上げてロイを見れば、その眼差しから今の言葉は慰めでもなんでもなく、それがロイの本心であると知る。


「ああ、話が逸れたね。…それで起こるはずの出来事を伝えたところ、エイヴォリー公自らが動くと言って下さったのだ。“それが本当ならば、これは私の管理下の者達に起こる事であるから”、と言ってね」


 今のロイの話で、レインは1度目に会った時に総長が言った言葉を思い出す。


『今回の事は、私の責任だ…』


 その時は、知らなかった事なのだから仕方がないではないか、とレインは思った。

 だがそう言った人物が事前にその事を知り得れば、自ら動くであろう事は自然な事に思われた。


「…1度目にエイヴォリー総長とお会いした時、殉職者が出た事は自分の責任だと言っていたんだ。それは全てが終わった後だったのに、それでもエイヴォリー総長はそう言っていた…」

「エイヴォリー公らしい言葉だね」


 レインもロイも、そこで言葉を途切れさせた。

 ロイが困ったように薄く笑みを乗せている顔を見て、考えている所は違うかも知れないが辿り着くところは同じだろうと、そう思うレインなのであった。


 レインはエイヴォリー総長とは、まだ2回しか会った事がない。だがそんな短い時間でも、総長が黒騎士団員の全てを護ろうとしているという印象を受けた。多分その中にはレインも含まれているのだと思われる。

 だから今日の事にしても、敢えて何も聞く事もせずにいてくれたのではないかと、レインはエイヴォリーに対しそんな事を考えていたのだった。


 とそこで、考えていた人物のとあることを思い出し、レインはロイへと視線を戻した。

「なあ、ロイ」

「今度は何かな?」

「総長の事なんだけど…」

「今日、何かあったのかい?」

「いや、何かって訳でもないんだけどな…総長の左目の事だが」

 その言葉を聞いたロイが、表情を消した。


「エイヴォリー公の事は、本人には聞かなかったのかい?」

「ああ…聞いて良いかもわからなかったし、それに俺の見間違いかも知れないと思って…」

 レインも歯切れが悪い聞き方だとは思うが、何と聞いて良いのかさえ分からないのだ。


「悪いが他人の事は私が言う事ではないね。すまないがそういう事だよ」

「いや、こっちこそ変な事聞いて悪かった…忘れてくれ」

「ああ。そうさせてもらうよ」


 この事は、きっと何も分からないまま過ごす事になるのだろうとレインは思う。

 エイヴォリー総長本人に聞く事は当然出来ないし、そうそう会う事もないと思われるからだ。


(まあ、この件は忘れよう)


 レインが素直に引けば、ロイは表情を柔和にして目を細めた。


「まあ何にしても、今日を無事に過ごせたね。お疲れ様」

「ああ、ロイもお疲れ様」


 今はもう夜だ。レインもそしてロイも、今朝まだ陽の昇る前から一日を熟してきたのだ。そんな2人は細長いフルートグラスをかざし合って、互いの労をねぎらうのだった。


 そうしてボトルを1本消費する頃、レインは席を立つ。そろそろ宿舎に戻らなければならない時間だ。

 だが立ち上がったところで動きを止めたレインに、ロイが「どうした?」と声を掛ける。


「なあロイ、サニーの事なんだが…まだ問題は解決しないのか?」

 レインはこれでも、いつもサニーの事を心配している。まだ話せないとは聞いていたが、はやり気になって尋ねずにはいられないのだ。

 そんなレインに申し訳なさそうに眉尻を下げたロイが、手に持っていたグラスを置いてレインを見る。


「ああ。申し訳ないがまだだな…。だが、今調査を進めているところで、もうすぐ進展があるだろう」

「じゃあ進展があれば、サニーはもう大丈夫なのか?」

「いいや、その件が片付くまでは安全とは言い切れない。当分護衛は付けたままになる」

「………」


 サニーがケイリッツと一緒に歩いていたのを見たのは、もう2週間も前になる。

 それだけ時間が経ってもまだケイリッツが護衛として付いているのであれば、捜査は思うように進んでいないという事なのだろう。ロイはもうすぐとは言ったものの、レインの心配はまだ続きそうである事だけが判明した。


「では一刻も早く、(そっち)の問題を片付けてくれよ?」

「ああ。解っているよ」

「それじゃ、俺は帰るな。今日はありがとう、お休み」

「ああ、お休み」

 レインの方からも聞きたい事は聞けたしと、ロイとはここで別れて宿舎へと戻って行くレインだった。




 そうしてレインの足音が聞こえなくなった頃、壁が開き当然の様にリーアムは姿を現わす。

 室内で数歩すすみ、主の無事を確認したリーアムは無言で頭を下げた。


「レインにまで、せっつかれてしまったな…」

 そんなリーアムに対し開口一番、ロイはグラスを揺らしながら苦笑する。


「彼は、ロイ様がやっておられる事を何も知りません。お気になさらずがよろしいかと」

「そうも言ってはいられまい。確かに(サニー)へ護衛をつけてから1か月近く経つからな。本人もそろそろ限界だろう…」


 生まれが貴族であるならまだしも、平民であるサニーが始終護衛を連れて行動しなければならないのだ。それが喩え上司の命令だとしても、慣れぬ者では見張られている様で、神経も磨り減る事だろうとは安易に想像できる。


「そろそろこちらも本腰を入れるか…」

「では、ロイ様も動かれるのですか?」

 ロイの隣に立つリーアムが、ピクリと眉を動かし尋ねた。


「ああ。これ以上周りに任せたままでは、進展は余り望めないであろうしな」

「相手も狡猾のようですし、下手な者には尻尾すら見せないでしょう」

「ふん、狸は狸。罠を仕掛ければ掛かるやも知れん」

「まさか…」

「ああ。少し揺さぶってみるつもりだ」

「……十二分に、お気を付けください」

「ああ、勿論だとも」


 グラスに残った琥珀色の液体を一気に飲み干したロイは、徐に立ち上がると表情を引き締め、リーアムと共に部屋を出て行くのであった。



いつも、拙作にお付き合いいただきありがとうございます。

このお話しで第三章は終了です。

次回からは第四章、レインの愁いは取り除けるのか…。


このお話しの続きが読みたい、楽しみにしている等々ございましたら、

下の★で応援の程よろしくお願いいたします。

皆さまの応援が、筆者の原動力です!^^


それでは引き続き、レインの物語にお付き合いの程よろしくお願いいたします。

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