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49. 帰還

 真ん中に陣取るバジリスクを迂回し、そうして辿り着いた場所のエイヴォリーは、木の幹にもたれて彼らの作業を見つめていた。


 何かあったのかとレインが速度を上げて傍に行けば、エイヴォリーの目元が笑みを作る。


「エイヴォリー総長…お怪我を? 大丈夫ですか?」

「いいや怪我ではない。レインと同じ、魔力切れだ」


 その言葉から総長であるエイヴォリーも、レインの知らぬ所で魔力が枯渇するまで戦っていたのだと知る。


「魔力切れ…そうでしたか…」

 取り敢えず怪我ではないと聞き、レインはホッと胸を撫でおろす。

 エイヴォリーはレインがここまで連れて来てしまった様なものであり、そんなやんごとなき人物に怪我をさせてしまったのかと実は焦っていたのである。


「君も隣に座ると良い」

「いえ…でも…」

「――これは命令だ」

「…はい、承知いたしました」


 エイヴォリーの気遣いだろうか、隣に座る許可をもらったレインはそこに腰を下ろして思わず息を吐く。

 毒の影響は今のところ問題はないが、魔力切れである事が体力を根こそぎ奪っており、実は立っているのもままならない状態だったのである。


「誰一人、死なずに済んだな」

 隣から聞こえた囁き声で、レインは動きまわっている彼らに視線を巡らせた。


「…はい」

 しっかりと頷き返したレインの隣で、フッと息を吐く音がした。

 レインがエイヴォリーに視線を向ければ、その瞳はレインを見つめていた。


「先程の魔法は見事だった」

「――はいっ。ありがとうございます」

 エイヴォリーもレインの魔法を見ていたらしく、そして続く言葉でエイヴォリーの見識の高さに驚く。


「物理攻撃しか効かぬ魔物ゆえ、鉱物を利用したか」

 流石だ。初見であるにも関わらず、レインが何をしたのかを理解するエイヴォリーには瞠目する他ない。

「はい」


「あれは誰かに習ったものか?」

「いいえ。自分で鉱物の識別魔法を応用しました」

「なるほど…既存魔法の応用か」

 土魔法も奥が深いものだと呟き目を細めるも、エイヴォリーは表情を戻して口を開いた。


「ああ、言い忘れていたが君の今日の任務は、私と共に遠征中の第一騎士団に届け物をする事だった。そしてその任務は無事に完了した事を私が確認した。この後は第一と共に王都へ戻れば、君の今日の任務は終了だ。この事はレヴィノールにも通達が行っている」


 徐に今日の行動が任務であったと告げたエイヴォリーは、気だるげながらも凛とした眼差しをレインに向けていた。

 こんなに気安く話してくれてはいるが、その眼差しはこの人物が王弟である事を否が応でも思い出させるものであった。


「はい。ご配慮いただき、ありがとうございます」

「いいや、私は何もしていない。……これを手配したのは――――だからな」


 後半、レインには聞こえない程の音量であったが、そこで聞き返す事も出来ずレインは頭を下げる。



 こうして、第一騎士団員達の悲劇を食い止めたレイン達は、魔力が回復するまでの間、束の間の休憩時間を過ごしたのであった。



 -----



 その後バジリスクの解体が終わり、薬を作る為の含毒部位などを丁寧に回収し、この魔物は王都へ持ち帰る事になった。


 そして暫くすれば、2人もしっかりと立てるまでには魔力も回復した為、レインも帰路の準備の為に行動を開始する。そんなレインにチラチラと視線を向けてくる者はいたが、レインはその視線には気付かぬ振りで作業を続けたのだった。


 その後エイヴォリーが皆を集め、レインの事を紹介した。

「今更であるが紹介しよう。彼は第二騎士団所属のレイン・クレイトンだ。今日は私に同行してもらっている」


 確かに第二のレインがここにいる理由はないし、まさか解毒薬を持ってくるためだったとも言えない。エイヴォリーの話を聞き、そんな理由になっていたのかとレインも心の中で納得するのだった。


 そんな中、皆が帰還の準備に取り掛かっている際、ヘッツィーが魔鳥を飛ばすところが見えた。その魔鳥の飛翔は安定しており、今回は怪我もなく無事であった事を知ったレインである。


(怪我も無くて良かったな)


 最近ではクルークに触れる機会も多いため、レインは魔鳥というものに愛着を持つようになった。

 青い空に消えゆく翠緑の光輝を見送り、その後ほどなくしてレイン達は王都へ向けて出発した。



 その帰路の道中、歩けない負傷者は馬車に乗せている。その中にはレインの父であるジョエルもおり、その他5人程が自力での移動が困難なために馬車移動となっていた。

 今回の遠征では荷馬車を数台引いての移動だったようで、馬車があった事は不幸中の幸いである。


 その先頭で馬に乗るのはエイヴォリーとヘッツィー。それとなぜか、すぐ後ろにレインが付いての隊列となっていた。とは言え、今回はエイヴォリーの随伴者という名目になったので、拒否権はないレインである。


「それにしてもここまでの移動距離を考えれば、随分と早朝に王都をご出発なされたのではありませんか?」

「そうでもないな。この馬は俊足で体力もあり、然程時間は掛からずに済んだのだ」


 レインの前方でヘッツィーの質問に、エイヴォリーが馬の首を叩きながら答えている。

 確かに厩務員も太鼓判を押すほど調子の良い馬であったなと、聞くでもなく聞いていたレインも内心では頷いていた。


「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか」

「構わぬ」

「どうして今日はこちらに…?」


 ヘッツィーの疑問は当然だろう。だがレインの心臓はその言葉にドクリと音を立てた。


(………)


 レイン達が到着してから、それはずっと疑問に思っていたはずだ。だが大勢がいる前で聞いて良い事かもわからず、ヘッツィーは2人になる機会をうかがっていたのだろう。まぁもう1人後ろにいるが、レインも随行者であるならば…という事のようだ。


 冷や汗を掻くレインをよそに、聞かれたエイヴォリーは変わらぬ様子で口を開いた。

「詳細は話せぬが、指示を受けて動いただけに過ぎぬ」

「……さようでしたか」


(ええ?! 団長はそれで納得するんですか?!)


 とレインでさえ思うも、話せないと言われてしまった以上聞く事も出来ないのだろうと、内心ではホッとしていたレインである。

 これがレインとの会話であれば追及される事になるであろうが、相手は総長であり王弟だ。それ以上尋ねる事なぞ出来ず、納得する答えを得られずともこちらが引き下がるしかないのだろう。


 ここまでの間でエイヴォリーは、今回の行動についてレインに何も尋ねてきてはいない。

 それは指示を受けた者から全てを聞いているのか、もしくはエイヴォリーが詮索しないでいてくれているのかは定かではない。しかしもし聞かれたとしても言い訳など出来るはずもなく、あらかた話すつもりではいたのだが、現状何も聞いてこないエイヴォリーへとレインは心の中で頭を下げるのだった。


 こうして最悪の事態を回避し、1度目よりも早く王都に帰還する事が出来た第一騎士団達であった。



 -----



 その日の夜、レインはクルークによって呼び出されていた。

 当然、その相手はロイだ。

 いつもの様に店の奥に通されたレインは、窓の外を眺めるロイの後ろ姿を確認する。


「すまない、遅くなった」

 レインの声に振り向き、ふわりと笑みを浮かべたロイ。

「いいや、呼び出したのはこちらだからね。問題はないよ」


 そう話しながらテーブルまで近付くと、ロイは席に座った。

「レインも座ってくれ」

「ああ」


 こうして正面から見れば、つくづく整っている顔だなと改めて思う。それに誰かに似ている様な気もするが、貴族ならば似たような顔になるのだろう。とあらぬ事を考えていれば、そんなレインには気付かぬようにロイは話し始めた。


「今日は大儀だったね」

 とロイに労われ、今日の事を手配してくれたのであろう相手にまだ何も言っていなかったと思い出す。


「いいや。それはロイのお陰で無事に今日を終える事が出来たんだ。こちらこそありがとう」

 頭を下げるレインに、ロイはため息を吐いた。

「それは自分に言ってやってくれないかな? 私はレインが届けてくれた知らせを受けて、対応しただけに過ぎない。実際に動いたのはレイン、君だ。素直に私の言葉を受け取ってくれ」


 そういうものかとレインが呟けば、そんなものだとロイが笑った。

 今日ロイに呼び出されたのは、今日の詳細を聞く為とレインを労う為だったらしい。


「では有難く、そのお言葉を拝受させていただきます」

「うむ。誠に大儀であったぞ」


 少々芝居がかった言い方をするレインにロイも便乗するが、そのロイが余りにも自然で悔しい程に違和感はない。


「ククッ」

「ハハッ」


 こうして今日の出来事を無事に回避した事もあり、そんな2人の間に暫し和やかな時が流れるのだった。


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