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47. 駆け付ける二人の役目

 王都から約20km南の地点、そこに近付けば既に(ただ)ならぬ気配が漂っていた。


「レイン」

「はい!」

 並走する総長の意図を察し、レインも前方に目を据えたまま気を引き締めた。


 因みに、この道中でエイヴォリーからの呼び名が“レイン”へと変わっているのは、親密になったからでなく、向かう先に同じ名前(ジョエル)がいるからである。


「既に魔物は現れているようだ。我々も戦闘に入る」

「承知しました」


 レインは胸元に入れた包みに手を触れる。

 これは今日起こる悲惨な出来事を阻止する為のものであり、レインは祈るようにその存在を確認した。


(どうか間に合ってくれ…)


 間もなくすれば、魔物の気配だけでなく大勢の人の気配が動き回っていると分かる。

 疾走するレイン達は街道から西へと逸れ、不気味な気配のする方へと向かって行った。


 そこはまばらに木々が林を作っており、見通しが悪くなっている場所だった。しかしそんな場所でもであっても、既に魔物が大きな体をくねらせ暴れているのが見えていたのである。


(デカイ…)


 大蛇という話は聞いていたが、その姿は50m程離れたここからでも捉える事ができるものであった。

「ほお、大蛇とはよく云ったものだな。だが、大蛇というより最早化け物の類とも言えるが」

 緊張に汗を滴らせるレインは、飄々としたまま言うエイヴォリーに、安心感を得るのだった。


 しかしそう思ったのはそこまでで、辿り着いてみればそこは阿鼻叫喚と化した場所となっていた。


「踏み込み過ぎるな! 後方の者と連帯して攻撃を躱せ! 負傷した者は一旦下がれ!」

「「「「おう!!」」」」


 悲鳴や怒号が入り混じる黒い者達は、俯瞰してみればミミズにたかる蟻のようであっただろう。

 それ程までに大きなバジリスクは真っ赤な体をくねらせ、周りの木々のみならず、群がる者たちを弾き飛ばしていた。


「うわ゛ー!」

「う゛おっ!」

「ガハッ!」

「一旦下がれ!」

「くっそがぁー!」

「間合いを詰めすぎるな!」


 総勢100名の殆どが、一か所に留まることなく常に動き続けている。

 尾に飛ばされる者、剣を突き立てる者、盾を構えて向かう者、そして魔法を放つ者とその動きは様々だ。

 そんな状況の中エイヴォリーとレインは、後方で指示を出しているヘッツィーの下へと到着したのだった。


「ヘッツィー!」

 名を呼ばれたヘッツィー第一騎士団長は、声の主を探すように振り返って目を見開いた。

「エイヴォリー総長! なぜこちらに!!」

「応援だ。それよりも状況説明を先に」

「はっ!」


 馬を降りて歩いて行くエイヴォリーとレインに、ヘッツィーが近付いてきた。

 そのヘッツィーは胸に手を当てて敬礼すると、真っ先に状況を話していった。


「先程この大蛇が突然気配を現わした為、我々は街道からここへ到着し直ちに戦闘を開始しました。現在戦闘開始から20分程経ちますが、一向に大蛇は弱る様子を見せません。…魔法も通用しないのです」

「魔法が効かぬ、だと?」

 と、エイヴォリーは戦闘中の彼らに視線を向けた。


「はい。大蛇は何かしらの魔法で防御しているようで、魔法を放っても傷一つ付けられません」

「物理攻撃しか効かぬという事か?」

「…そのようです」

 そう言ったヘッツィーは悔しそうに唇を噛み、戦闘を続けている団員達へと顔を向けた。


「わかった。レイン、彼に例の物を」

「はい!」


 言われてレインは、胸元にしまってあった解毒薬を取り出してヘッツィーに差し出した。

 すると「これは?」とヘッツィーがレインに尋ね、片眉を吊り上げた。


「これはバジリスク(・・・・・)用の毒消しです」

「―?!―」


 受け取ろうと手を伸ばしていたヘッツィーは、レインの言葉に固まり、軋むように首を回して魔物を見た。

「これが…バジリスク…」

 唖然と呟くヘッツィーに、エイヴォリーが頷いた。

「そうだ。バジリスクは弱ってくると最後に毒を吐く。その毒は通常の解毒薬では効かぬ」

「そんな…伝説級の魔物だったとは…」


 この話から察するに、ヘッツィー団長はこの魔物がバジリスクだと気付いていなかったのだとうかがえた。


(だから普通の解毒薬を使ったのか。だがもし分かっていても、手元に薬はなかったんだけどな…)


 レインもバジリスクに視線を向ければ、大きな蛇は噛み付く様に顔を振り回しつつ、その尾は器用に周辺の者を弾き飛ばしている。これでは近付く事もままならないだろう。


「レイン、聞いたな? バジリスクは魔法を無効化し、物理攻撃しか通用せぬ」

「はい」

「ここは戦場だ。レインも参戦せよ」

「……承知いたしました!」


 レインは即座に駆け出して行った。

 ただしレイン一人が加わったところで戦況が変わる訳ではない。しかし言われずとも、レインは手をこまねいて現状を見守るつもりもなかった。

 それに気になる事も…。


(父さんはどこだ?)


 走り出すレインの視界に、ジョエルの姿が見えなかったのだ。

 レインは必死に外周を巡り、ジョエルの姿を探していた。


(いた! あそこだ!)


 やっと見つけたジョエルは、レインが外周を走って半周したところにいた。

 そのジョエルは蛇の後方を陣取り、振り回す尾から団員達を援護するように剣を捌いていた。


 ―― ガキンッ! ギンッ! ――


「ナウラ! 下がれ!」

「はいっ!」

 ― ガキンッ! ―

「ウォラー! 右へ回れ」

 ― キーンッ! ―

「ニール! 俺と一緒に踏み込め!」

「おう!」


 ―― カキーンッカンッ ――

 ― キンッ! ― 


 やっと父の姿を見付けたものの、レインはその姿に暫し見入っていた。

 父親は中隊長という立場だけの事はあり、周りの者たちの動きを意識しながら自らも剣を操っている。

 そんな場所にレインが入り込んでも大丈夫だろうか、とレインが躊躇したところで目の前の状況が一変した。


「「「クレイトン中隊長!」」」

「ぐっはっ!」


 バジリスクは前方に視界を置いていたはずが、その尾がジョエルを捉えて体を巻き込んだのだ。

 その体は頭上まで持ち上げられ、苦痛に歪むジョエルの顔がレインからも見えていたのだった。


「父さん!!!」


 その時レインが叫んだ声が聞こえたかのように、ジョエルはこちらに視線を向けて目を見開いた。

 そして口元を動かし何かを言ったものの、その声はレインまでは届かない。しかしその口元を読んだレインには、何を言っているのかがハッキリとわかった。


『来るな』


 第一騎士団の中隊長でもあるジョエル・クレイトンは、この戦場においてもレインの父親であったことに気付く。体の中を何かがせり上がってくるのを感じ、レインは歯を食いしばった。


(父さん! 今助けるから!)


 そしてレインは即座に跪き、地面に手を添えて魔力を流した。


 レインの魔法は土魔法だ。地面はどこにでもあるもので、だからこの地において土魔法は最強であるとレインは思っている。このバジリスクに魔法が直接効かなくても、土魔法は有効であるはずだと考えて。

 そうして地面の中を探ったレインは、目的の物の存在を感知して口角を上げる。


(大丈夫だ、いける!)


 レインは立ち上がり、ゆっくりと視線を父親へ向けた。

 もうジョエルはこちらを見る余裕もなく、明らかに顔色が悪くなってきていると分かる。圧迫される体は無事とは言い難いだろう。だがそれでも声ひとつあげず苦痛に耐えるジョエルを、レインは誇らしいとさえ感じていた。


 そのジョエルの足元では団員達がジョエルを救出しようと動き回っているが、剣も通らずただそれを叩きつけているだけの状態だった。


 時間がない。

 しかし焦っては事を仕損じる、とレインは息を整えて腹から声を出す。


「みんなっ一旦下がれ!!」


 その声に振り返る団員達には、幸いレインの胸の狼に気付いた者はいなかったようだ。今はレインが誰かと言っている場合ではない。

 その指示通り、レインの前にはポッカリと空間が出来上がる。そしてジョエルに巻き付くバジリスクの尾だけが、レインの視界に広がった。


「大地の内なる砂鉱(さこう)よ、我に応えし槍となれ “鋼鉄長槍(スチールサリッサ)”」


 レインの魔法で集めた地中の砂鉄などの鉄鋼物が形を作り、それが実体となってバジリスクに向かって放たれた。

 それは長さ4mにもなる大槍で、太さはレインの手首程はあるだろう。人では持ち上げる事もできない槍が高速で発射され、大きな体を貫通した鋭鋒(えいほう)は地に突き刺さる。


 ―― ズサッ! ――

『グシャアアァァー!!』 


 バジリスクは大声を上げ、体から長槍を引き抜くが如く急速に身をくねらせた。そして締め上げていた尾が緩み、そこにいたジョエルは振り回された尾に飛ばされる。


 ― ドサッ! ―

「「「中隊長!」」」


 木々のある方角へと飛ばされたジョエルに、数人が駆け寄って行った。

 父の事は彼らに任せようとレインが意識をバジリスクへと向ければ、レインの攻撃で縫い留められたバジリスクは、槍が刺さっている場所から血を流してのたうち回っている。


「総長! 後方は縫い留めました! 毒を吐くかも知れません!!!」

 精一杯大声を上げ、頭側にいるエイヴォリーへと願いを託す。


「総員! 距離を取れ!」


 ややあって聞こえてきたエイヴォリーの声に安堵する暇もなく、バジリスクは大きな鎌首をもたげて仰け反ると、つぶれた様な形の顔から2本の牙を見せつけるが如く、大きく口を広げたのだった。


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