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44. 同じ轍を踏むべからず

 医術局で知りたい事を尋ね終わったレインは、物思いに沈みながら部屋を出る。

 するとレインが廊下に出たところで近くの扉も閉まった音が聴こえ、レインはそちらへ視線を向けた。


 先程までそこに居た数人は既にいなくなっており、廊下には他に人影はない。

 そんな静まり返る廊下に靴音を響かせ、今扉から出てきた者はレインの方へと歩いてきた。


 コツンッ コツンッ

 即座に姿勢を正し、レインは胸に手を置いて深く叩頭する。

 そんなレインの前で、足音が止まった。


「君も、彼らを弔いに来たのか?」

「……はい……」


 レインは、亡くなった者たちの処へは行っていない。

 それは彼らを救える可能性がまだ残されているために、弔うのは時期尚早だと、敢えて訪れていなかったからだ。

 だがここでそれを言う訳にも行かず、レインは後ろめたさを感じつつもそう答えた。


 その相手とは、黒騎士団総長であるリチャード・エイヴォリー公であった。

「顔を上げて、楽にして良い」

 そう声を掛けられ、レインはゆっくりと面を上げる。


 レインはこんなに近くで、黒騎士団総長を初めて見た。

 そうでなくとも、レヴィノール団長でさえ殆どレインに接点はない。そのレヴィノール団長だけでも緊張するというのに、その上の人物と出会った事で体に力が入るレインだった。


 そんな王弟であり黒騎士団の総長は愁いを帯びた気配を纏ってはいるが、気品に溢れた輝かんばかりの人物であった。身長は190cmほど、程よく筋肉が付いているであろう体躯は偉丈夫という言葉が当てはまる。山吹色の髪は前髪が伸ばされており、金色の右目は見えるもののその髪で左目が隠れていた。


 そうして顔を上げたレインと視線を合わせたエイヴォリー総長は、「おや?」と右目を瞠目させた。


「君は確か…」

 その言葉で、自分がまだ名乗っていなかったのだと思い至る。

「お…私は第二騎士団のレッド班所属、レイン・クレイトンと申します」

 そう言ったレインは再び頭を下げる。


「そうか。君が、レイン・クレイトンか」

「はい」

 そうしてレインが顔を上げれば、エイヴォリーはレインを食い入るように見つめていた。


 自分の顔に何か付いているだろうかと、レインは顔を擦る訳にも行かず緊張で汗が滲む。もし顔が汚れて何かが付いているであれば、恥ずかしくて逃げ出したいくらいである。


「君は、ジョエルの息子だったな?」

「はい」


 ああ、父親の事で自分を凝視していたのかと、レインはホッと胸を撫でおろす。

 そして父親が中隊長であるがゆえに総長とも面識があるのかと、そんな父を凄いなとも思うレインだった。


「君がここにいるという事は、第一にも、もう知らせは行っていたのか?」

「いいえ。ですが私は父の事があり、先に知らせを聞いてこちらにきました」

「そうか。今回の事は、私の責任だ…」

 愁いを帯びた表情のエイヴォリーは、そう言って口を結んだ。


 だがいくら総長という立場の者であっても、今回の遠征途中に伝説級のバジリスクが出るとは知らなかったのだから、総長の責任ではないと思う。

 しかしレインがそんな言葉を掛けられるはずもなく、レインも神妙に口を閉じた。


 そうして暫しの沈黙の後、エイヴォリーが口を開いた。

「レイン・クレイトン」

「はい」

 真摯な眼差しで見つめられ、レインは伸ばしていた姿勢を硬直させる。


「君には今回バジリスクという魔物が出た事を、必ず心に留め置いてもらいたい。今日が過ぎ去っても、その魔物の為に犠牲者が出た事を、ひと時も忘れてはならない」

「…はい、勿論です」

 レインは深く、首肯を伴い返答した。


 今回死者まで出してしまった魔物、バジリスク。

 それは殆ど見る事はない魔物であったが為に、こうして最悪の結果になってしまったのだ。レインひとりが覚えていても仕方がない事かも知れないが、今の時を過ぎても、レインは絶対にこの魔物の名を忘れる事はないだろう。


 そしてレインは是が非でも、ソール(2度目)での最悪な事態を回避しなくてはならないのだと、総長の前で固く心に誓うのだった。



 -----



 その後、部屋に戻ったレインの下に集合の連絡が入る。

 集合の時間は思いのほか遅くなっていたらしく、レインはギルノルトとその場所へ向かった。


 その集合場所とは、騎士団棟にある食堂だった。

 いつもは整然と並んでいるテーブルや机が端に片付けられ、団員達が続々と集まって来ていた。そこには第一の姿も交じり、いくら広い食堂と言えど人が立つスペースしかない程になっていった。


「あれ? 第一と第二の合同なんだな…」

「そうみたいだな。俺が聞いた時は、合同とは聞かなかったが…」

 レインとギルノルトは、壁際で待機しつつ小声で話す。

 首を傾げつつ何か変更でもあったのだろうかと、話が始まるのを待つレイン達であった。



 そうして食堂が満員になった頃、カウンターの前に今入室してきた数人が並び立った。

 彼らはレイン達と向き合うように立っており、その真ん中には先程会った総長の姿が見えた。総長の左側には第二騎士団長のレヴィノールが並び、隣にムルガノフ副団長が並んでいる。


 では反対側には第一が並んでいるのだろうと、レインは総長の右側に視線を流す。

 そこには若草色の髪に深緑の眼を持った第一騎士団長のバーナード・ヘッツィー、そして隣には茶髪に黒い眼の副団長ロビン・ボーンマスが立っていた。

 彼らの事はレインが入団した時に一度見た事はある。それは新入団員を激励する為の挨拶の席であり、それ以降に初めて彼らの姿を見たので、実に3年振りとなる。


 そんな彼らを見た者達から静まって行き、やがて室内がシンと静まり返った。それはここにいる300名近くが、身動きさえしていないという意味である。


「こうして集まってもらったのは、もう知っている者もいると思うが第一の事だ」

 唐突に話し出したエイヴォリー総長に、皆の視線が集まるのが分かる。


 そのエイヴォリー総長が右手に視線を向けると、ヘッツィー第一騎士団長が頷き話を継いだ。

「本日帰還した第一騎士団員の10名が、殉死して戻った」

 その声に、多数の息を飲む音が響く。

「その原因は、出るはずのない伝説級の魔物と対峙した為だ」


 そこでやっと身動きが起こった室内には、嗚咽する声も交じり、ザワザワとした喧騒に包まれて行く。

 やや間があってからヘッツィーが手を上げて、それを止める。


「ここ王都から約20km南にある街道付近で、その魔物と対峙する事になった。我々は周辺に被害が出る事を阻止する為、すぐに戦闘を開始した」

 ヘッツィーは心を整理するようにそこで一旦口を閉ざすも、再び話しを続けて行く。


「戦闘は結局、団員総出で対応する事となった。我々は100名、逆を返せば、その数で当たらねばならぬ程の魔物と言えた。体長は40m近く、蛇の姿をした魔物のその胴回りは3m程あり、その体は赤く尖った硬い鱗に覆われていた。その為剣を向ける者達の刃は通らず、近寄る者達を鞭の様な尾で次々と弾き飛ばしていった…」


 レインはヘッツィーの話を聞きながら、その光景が目の前にあるような錯覚に陥る。

 その中に父であるジョエルが交っていたと思えば、胃がギュッと絞られる様な感覚になっていった。


「それでも…」

 ヘッツィー団長は、言葉を詰まらせる。

「それでも、彼らは起き上がり立ち向かっていった。戦闘は1時間にも及び、そろそろ魔物が弱ってきた頃になってそれは起こった」


 拳を握り締め、ヘッツィーは苦渋の表情を浮かべた。

 そんなヘッツィーの前方、第一がいるらしき場所からも鼻をすするような音が聴こえてくる。


「…バジリスクは自分が弱ってくると、そこで鎌首をもたげ、毒をまき散らしたのだ。そこには20名程の者がおり半数はすぐに回避したものの、半数が逃げ遅れその毒を浴びる事になった。我々は毒に倒れた彼らを回収すると、直ぐに携帯している解毒薬を飲ませ休ませた。その間も戦闘は続いたがその後すぐに決着はつき、我々が勝利することとなった」


 そこで大きく息を吐いたヘッツィーは、視線を真っ直ぐに向けて皆を見渡した。

「だが毒を受けた者達は、帰還途中で命を落とした」


 そこで一気に室内に喧騒が広がる。

「なんでだ?」

「薬を飲ませたんだろう?」

「薬の量が足りなかったのか?」

 それは、事情を知らない者達が困惑気に疑問を唱えている声だった。

 その為ここにいる殆どの者が、バジリスクという魔物を知らないのだろうと思い至る。


(俺も知らなかった。通常の解毒薬では効果がないのだと…)


 毒を受ければ解毒薬を飲ませる。それは当たり前の事であるし当然の処置だ。

 だがその毒が特別であった事に気付けなかった事が、今回の一番の問題点なのだろう。


(誰か一人でもその事に気付いていれば…)


「ただの毒だと思い対処した解毒薬は、全く効果のないものだったのだ」

 再び話し始めたヘッツィーの声で、レインは視線を上げてヘッツィーを見た。


「皆、忘れるな。そのバジリスクという大蛇の毒は、普通の解毒薬が効かない。その毒を解毒する為に必要な薬は、バジリスク本体を原料とした薬でなくば効果がないという事を。もう二度と、私と同じ過ちを繰り返さないでくれ…」


 そう言ったヘッツィーは皆に対し深く、深く頭を下げたのだった。


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