41. 温かな紅茶
クルークが飛び立ってから30分程。
開け放してあった窓に、再びクルークの姿が見えた。
「お疲れ様」
『クルルッ』
窓枠に留まったクルークは、ベッドに座るレインが出した腕に飛び移った。
そして徐に嘴を開く。
『質問についてだが、その件はまだ機密事項でね。その内話せるとは思うが、もう少し待っていて欲しい』
ロイの声で紡がれた言葉はそれだけで、クルークは口を閉じてしまった。
「はぁ…話せない、か」
慮外な言葉に肩を落としたレインに、ギルノルトが肩を叩いた。
「まだ、教えられないってサニーも言ってたな…」
「だな。それだけ拙い事が起こっているという事か?」
ロイには尋ねれば教えてくれると思っていたのだが、流石に城内での事ゆえか、そう易々とは話してくれないという事だった。ただそれ以上に、ロイの言葉はレインの不安をあおるものだったのである。
「サニーがスキルを使ったために、厄介ごとに巻き込まれたんだろうな…」
「サニーのスキルは、は確か“必中”だったよな?」
「ああ」
ギルノルトはレインの家族全員を知っており、サニーとも何度か顔を合わせた事がある。
そして個人のスキルについては秘密にすることでもない為、話の中で自己紹介がてらによく話に上る項目なのだ。だがこれがユニークスキルであれば話は変わってくる。
「その必中って、戦闘や魔法ならまだしも、文官をする中で使えるものなのか?」
「俺がサニーに聞いた話だと、探りたいと思うものがあれば書類でも言葉でも、発動させて注視すれば何かを感じ取る事ができるらしい」
「随分と抽象的なんだな…」
「ああ。武具を使って的中すれば目に見えるが、天気だったり嘘を見抜いたりとかそういった事はその場で結果は見えないし、本人も漠然とした感覚らしいからな」
「へえ…。しかしそんな突飛なスキルは、もうユニークスキルのレベルだな」
「俺もそう思う。けど、多分ユニークスキルに比べればそれなりに保持者がいるんだろうし、サニーはこのスキル以外持ってないから、やはりこれが通常のスキルに当たるのだと思う」
「…攻めてるスキルなんだな」
ギルノルトのため息交じりの言葉に、レインは苦笑すら零せないでいる。
サニーにこのスキルが出た時は、珍しいスキルだと家族は喜んだものだが、こうしてサニーの身に危険が伴う結果になるのであれば、喜んだ自分達は何だったのかと考えてしまう。
「俺はソールでも何も知らぬままという事か…」
「ん? そういえばレインはまだルーナだったな」
「そう。だが、もう一度この悶々としたままでサニーと会うのかと思うと…」
「心配でおちおち眠れないって?」
「そんな感じだな」
「といいつつ、しっかり眠りそうだがなレインは…。って、俺もそろそろ寝ないとだわ」
「ああ、引き留めて悪かった。じゃあまた夜勤でな」
「おう。ちゃんと寝ろよ」
そう言って部屋を出て行くギルノルトを見送って、レインは腕に留まったままのクルークへと視線を向けた。
「ごめんな。帰しそびれていた」
『クルルッ』
機嫌を悪くした様子もないクルークに、レインは指先に魔力を集めてその顔の前に差し出した。
その指先に、クルークはそっと頭を当てる。
吸引というよりはじわじわとレインの体内から魔力が流れ出るのを感じ、こうして接触する事でも魔力を受け取れるのかと繁々見つめていれば、クルークは僅かな時間で接触を絶った。
「もう良いのか?」
『クルッ』
器用に鳴き方を変えるクルークとは会話が成立している風で、思わずレインは笑みを零す。
「フフッ」
『クルルッ?』
「いや、何でもない。クルークに癒されるなぁと思ってな」
『クルックー』
「ハハハッ」
そうして空に飛び立って行くクルークを見送り、レインは開け放っていた窓を静かに閉めたのだった。
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そうして過ぎていった日々、その後の進展は何もないままに2週間ほどが経過していた。
レインは胸壁からの見張りで、第一騎士団が遠征から戻ってきた事を確認する。
時刻は間もなく、昼になろうかという頃合いだ。
ブルースは遠くを見つめるレインの隣に並び、近付いてきた者達を確認して声を落とした。
「ああ、第一が戻ってきたのだな」
「ええ、今回も1か月近くの遠征でしたね」
郭壁の外側、眼下の街道に見えてきた黒い集団を、レインとブルースは目を細めて見つめていた。
「あれ? …城から残りの第一も出てきましたね」
郭壁の内側を見つめていたウイリーが、そう言って声を上げた。
その声にレインとブルースは顔を見合わせ、急いでウイリーの隣に並んでそちらを見る。
ウイリーが言う通り、大通りを進んできた騎士達は50名以上おり、王都に残っていた第一騎士団員殆どが姿を見せたのではと思う程だった。そしてその中の一部は、馬に乗っている者さえいる。
「本当だな。いつもは城内の演習場で合流するはずだが…何かあったのだろうか?」
レインはブルースの言葉に、嫌な予感がした。
レインは追想する。
ほんの一時間ほど前だったか、外から郭壁を飛び越えて1羽の鳥が城の方角へと飛んで行ったのが見えていた。
その時は特に気に留めてはいなかったのだが、今思えばそれは魔鳥であったのだと思い当たる。
だが、魔鳥は王都にも契約している者がいる為に、普段から周辺を飛んでいてもおかしくはない。レインが知っているだけでも副団長とロイも、魔鳥と契約しているのだから。
しかしよくよく思い返せば、その魔鳥は力強さが感じられない飛び方をしていなかっただろうか。
例えばそれは戻ってくる第一騎士団が何かを知らせる為に飛ばしたもので、その魔鳥すら弱っていたとすれば…。
レインは思考の海に沈みながら、鼓動が早くなるのを感じていた。
今回の遠征に出ていた第一騎士団には、レインの父であるジョエルが含まれていたはずである。
(父さん…)
いくらジョエルが剣豪だと一部で言われる程の者であっても、ジョエルもただの人に変わりはない。もしかするとその父親になにかあったのではと、レインは再び外に向かう胸壁に張り付きこちらに向かってくる黒い一団を凝視した。
「あ、こちらから向こうへ合流するようですね」
ウイリーの声と同時に、レインが見ていた外に向かって黒い集団が大門を潜りぬけていった。
随行する徒歩の者も走っており、騎乗しているものに至っては先行して走り抜けていく様子がうかがえた。
「これは何かあったな…」
「………」
レインの隣に来たブルースが、無言で佇むレインの肩に手を乗せる。
「だが今は俺達に出来る事はない。彼らに任せよう」
「はい…」
いつも寡黙なブルースも、レインの気持ちに寄り添うよう声を掛けてくれた。
その気持ちを有難いと思いつつも、その日のレインは上の空で任務に当たる事となったのだった。
そして陽が沈んだ頃。
任務を終えたレインは、居てもたってもいられず飛び出していった。
向かうは騎士団棟、昼間の第一の動向を知る者はいないかとレインは走り続けていった。
そこへ通りかかる人影に、レインは迷わず声を掛けた。
「ムルガノフ副団長!」
レインの呼び声に足を止めて振り返ったその人物は、執務室に戻ろうとしていたのか階段を登る所であったらしい。
「クレイトンか」
切羽詰まったような表情で走り寄るレインに、到着するのを待ってくれているムルガノフ副団長。
「副団長、第一に何があったんですか?」
やはりその件か、とムルガノフは小さく呟いた。
「レッド班は郭壁の任務、だったな」
「はい。第一が戻ってくるところを見ていました。城からも第一が出て行ったので、何かあったのだろうと…」
「そうか、それも見ていたのだな」
そう言って思案する様子のムルガノフ。
その沈黙を少しじれったく感じるも、レインはムルガノフの言葉をじりじりと待った。
「ここは皆がそろそろ通る時間だ。では私の執務室へ行こう」
「はい…」
急かすように歩くレインに、ムルガノフは苦笑すれども怒らなかった。
その時点でも嫌な予感しかしないレインである。
そうしてやっと辿り着いた副団長の執務室。
「まあ、そこに座りなさい」
ムルガノフは動揺しているレインに、ソファーへ座るように促した。
「…はい」
レインが席で大人しく待っていると、ムルガノフが手ずから温かな飲み物を運んできて、レインの前に置いてくれた。
「これでも飲んで、一旦落ち着け」
「…すみません。ありがとうございます」
白い湯気の立つカップからは、柔らかな紅茶の匂いが漂っていた。
それを両手でささえ何度か息を吹きかけて冷ますと、程よい熱さの紅茶が喉を通過していった。
「ふぅ」と息を吐いたレインに、ムルガノフの目が細くなる。
「少しは落ち着いたか?」
「はい…すみませんでした」
自分も少々挙動不審だったとレインが我に返ったところで、ムルガノフが話し出す。
「率直に言おう。今回第一の遠征にジョエル・クレイトン殿もいたが、彼は無事だ」
ムルガノフの言葉を素直に受け取り、レインは全身から力が抜けていくのを感じる。
その様子に、「その事だったのだろう?」とムルガノフは苦笑した。
恥じ入るように首肯したレインであったが、次に続いた話に言葉を失う事になった。
「ただし彼は無事だったというだけで、今回の遠征では残念なことに殉職者が出たらしい」
こうして続いた言葉は、レインの想像をはるかに超えていたのであった。
おはようございます。
いつも拙作にお付き合い下さりありがとうございます。
このお話しから、イベントに突入していきます。
レインはどうするのか…果たして。笑
引き続き、お付き合いの程よろしくお願いいたします。
(本日、章設定を追加いたしました。)