4. 程よい緊張感
おはようございます。
今回、投稿は朝設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
「なぁレイン、今日は外回りだよな」
このギルノルトのセリフは、既にレインの記憶にあるものだ。その為レインも同じ言葉を返す。
「ああ。今日は街の外まで出て、見回りだな」
今は雪も溶け出し暖かくなり始めた季節で、この時期は毎年魔物の活動期となる為、第一騎士団は遠征に出っぱなしとなる。
その間王都周辺の魔物の警戒は、第二騎士団が対応にあたる事が慣例となっている。
レインも昨年入団してすぐに魔物に対する知識と対策を教え込まれ、早々に王都付近の魔物と対峙した。
入団一年目すぐは今後の配属先を割り振る意味もあり、第二騎士団と共に王都近くの魔物と相まみえるのだ。そして魔物に対する気構えのある者や、自分から第一騎士団へと希望するものを募り、第一騎士団へ移動させていく。
流石に騎士団に入団する者は新人でも弱音を吐く事なく魔物と対峙するが、まだ知識も乏しい為に毎回誰かが怪我をするので注意も必要である。
第二騎士団であるレインは普段街中の警護であるものの、今日からは約一年振りに外の魔物の警戒にもあたるという事だった。
今日遭遇する魔物は“コボルト”の群れだ。
コボルトはゴブリンの体に狼の頭を乗せたような魔物で、ゴブリンの上位種ともいわれており繁殖力も高い。
一度目でそのコボルトを見付けた場所は、街の郭壁がまだ見えている森近くであった事から、その森から出て街へと近付いていたのだろうとレインは考察している。そのコボルトが街へ進入すれば、大惨事となるだろう。
レインはギルノルトと共に、城内の集合場所である演習場へと到着した。
程なくすれば、第二騎士団長ジュリアン・レヴィノールと、副団長のハリオット・ムルガノフが到着する。
レヴィノール団長もムルガノフ副団長も、大柄で鍛えられた逞しい肉体を持ち、剣の腕も一流と云われている。
先日のギルノルトの件で新人へ大声で怒鳴りつけていた人物は、このムルガノフ副団長だ。
この副団長は厳ついと表される顔立ちだが普段はとても穏やかな人物で、この人が怒鳴り声を出す時は余程の事だと言われている。
確かにレインが防げなかった1度目は、大変な事になっているのだから当然だと頷けた。
そして一方のレヴィノール団長といえば、涼やかな目元をした男も見惚れる程の美貌を持った人物。
しかし、その容姿と女性の様な“ジュリアン”という名前のせいで、子供の頃に女の子に間違われる経験をしてきた事で、容姿を褒めればたちまち機嫌が悪くなるため、団長の前では容姿の話はタブーになっているとレインは聞いていた。
その2人が演習場に来れば、騒がしかった場所も一瞬で会話が止まり緊張に包まれる。
2人の前へと団員が整列するのを待って、レヴィノール団長は話し出しす。
「皆そろっているな。本日も4班に別れて行動するが、今日からは昨年同様、街の外周辺の警備にもあたるからそのつもりでいてくれ。本日の休暇は20名。それ以外は1班を30名程度とし3班は通常通り街中の警護、あとの3班は街の外へと向かい魔物の警戒にあたる。街中の指揮は俺が執り、外はムルガノフ副団長の指示に従え」
そう言ってレヴィノール団長は、最前列にいる数人に目を止める。
「街中はネルソン、トラス、メイスン。外の警戒はソリット、デントス、カロン。今呼ばれた者は班長として班をまとめる様に。何か質問はあるか」
一言一句、言い含める様にレヴィノール団長は告げる。
横にいるギルノルトと、レインは顔を見合わせた。
レインとギルノルトは、デントス先輩の班だ。この30名は街の外へ出る場合の任務の最小単位で、普段はここからまた組を分けて行動する事が多い。今日街中の警備であるネルソン班とトラス班とメイスン班は、ここから普段通りそれぞれ10組ずつに分けて行動する。
昨日の任務終了間際、レインの中ではもう一昨日分の時間だが、団員たちは各班長から“明日は外だ”と知らされていた為、団長の話は既に皆の知る所であった。その為、質問が出るはずもない。
皆から特に何も声のない事を確認すると団長の話が終わり、それぞれは班長の所へと集合となり、レインとギルノルトはデントスの所へと向かって行く。
デントスは33歳のベテラン団員であり数年で一定数辞めていく団員の中、ずっと騎士団に留まり後輩を導いてくれる頼れる先輩だ。
この班はデントスの髪色になぞらえ、“レッド班”と呼ばれている。
因みに他の班長は、たまたまなのか皆髪色が違う為、それぞれが班長の髪色で呼ばれていた。
「皆そろったな。今日我々は昨日話した通り、街の外で魔物の警戒にあたる。出発する前には装備の点検と、持ち物の確認を怠るなよ。何かあれば薬で応急処置をしなくてはならない。自分の為なのは勿論、仲間の為と思って、一人一人が高い意識を持って行動するように」
「「「はい!」」」
デントスの言葉に29名が揃って返事をする。
この29名の内6名は今年入団した新人で、初の見回りとなる為か彼らは緊張の面持ちだ。自分も昨年はこうだったのだろう、とレインは心の中で呟いた。
因みに今年の入団者は18名おり、残り12名も外回りのソリット班とカロン班に配属されている。
レインは剣と盾をまず点検し異常がない事を確認すると、続けて身に着ける小振りの布袋を開き、中身の確認に取り掛かった。大判の布と包帯、傷薬、毒消し、化膿止め、状態異常を解除する為の“リラックス”という飲み薬、整腸剤などの薬類と、飲み水や携帯食で一式だ。
問題ないな、と昨日も点検した感覚に苦笑を浮かべ、レインはギルノルトを見る。
ギルノルトは既に自分の持ち物の確認を終えたらしく、新人団員に助言をしている様だ。
ギルノルトは人当たりも良く朗らかで、ムードメーカー的な存在でもあり、新人団員達に頼られる兄貴分と言えた。
その新人の1人を見れば、顔を青くして作業が進まないようだとレインは気付く。
レインが1度目の時、この新人はコボルトの剣を受けてしまい、深手を負ってしまったのだ。
ここでの緊張が尾を引いて、上手く体を動かす事も出来なかったのだろうと、今だからこそレインはそう思えるのだった。
レインはその新人のそばへ行き、気安く肩を叩く。
「ウォルター、そう緊張しなくても大丈夫だぞ。うちの班は強者揃いなんだ。安心して背中を任せるといい」
レインの言葉に、声を掛けられたウォルターの顔色が少し良くなった。
「はい!ありがとうございます!」
そう言ったウォルターに、間髪入れずギルノルトから声が飛ぶ。
「まぁ強者じゃなくて、曲者かもしれないがなっ」
「確かに」
ギルノルトの言葉にレインも同意すれば、
「ひでーなー、ギルノルト」
と先輩たちからも突っ込まれ、それで新人の緊張も多少はほぐれて笑いが起きる。
この班も皆仲が良い。先輩達も下の者に気を配ってくれるし、下の者も先輩達へ全幅の信頼を寄せている。
何か不安があればすぐ相談する事で親睦も深まっていき、皆が気概を持って任務に就いていると言えるのだろう。
そこへ、他の班へ先に顔を出していたムルガノフ副団長が、レッド班まで来た。
「おや? レッド班は余裕だな。余り羽目を外すなよ?」
副団長にそんな言葉をもらう。
「はい! 程よい緊張感をもって任務にあたります!」
代表し、班長のデントスが答えた。
「ああ、そうしてくれ。今日レッド班は王都の東側をあたってもらう。東側には森が続いている為、気を引き締めて対応にあたるように。何かあれば狼煙で応援を要請してくれ。全員が無事に任務を終えられることを願う」
「「「はい!」」」
30名がそろって副団長の話に応える。
それに一つ頷いた副団長は、西側へ出るソリットが率いるブルー班とカロンが率いるパープル班へ同行するとの事だ。
王都の西側には大きな河が流れており、そこには上流から川に沿って魔物が多く出没する傾向にある。そちらは魔物の種類も限定的でなく水・陸と両方の魔物が出るため人員を多く裂き、副団長も同行するのだ。
「では出発するぞ!」
班長デントスの号令で、レッド班は動き出す。
今日必ず魔物と対峙する事を知っているレインは、ここから気を引き締めて歩き出した。
一団は勿論、徒歩での移動となる。
そうして王城を出発した黒服の男達が列をなして街中を歩けば、早朝とは言えそれはとても目立つ。
盾を背負い剣を佩いた姿は、皆の憧憬の眼差しによって見送られる事となる。
道の中央に2列になって進む男達は、この街を護る為にこれから魔物と対峙する事を、見送る者達も知っているのだ。
この姿は毎年この時期に見られ、これから1ヶ月程続くのである。
この街の者達は、毎日街中を巡回している第二騎士団の顔を知っている者も多い。
第一騎士団にも当然深い感謝をしているが、街を護る馴染みある第二騎士団員へは、皆が無事に帰ってくる様にと様々な想いを乗せて見送ってくれているのだ。
その視線にも応えることなく緊張の面持ちを浮かべる白銀の狼達は、魔物の活動期から街を護る為に、今年も王都を出発して行ったのである。