36. 消えた荷物
到着したデントス班長に、レインはここまでの経緯を伝えていった。
その途中、死んでいる男を検分しながらデントスはレインを振り返る。
「では、忘れ物を届ける相手が持っていた荷物を、この男が奪って逃走したと?」
「はい。なぜ言い争っていたかまでは知りませんが、荷物を取られた時に“泥棒”と叫んでいたので、咄嗟に追いかけました」
「それで、その荷物は?」
レインはデントスに説明する為に、横たわる男の周辺を見る。
「あれ? 長細い荷物を持っていたはず…」
キョロキョロと足元を見渡すレインの隣で、デントスとガルモントが顔を見合わせていた。
「僕が来た時、ここには細長い荷物なんてありませんでしたよ?」
デントスの後ろからひょっこりと顔を覗かせたベンディが、首を傾げてレインに言った。
「……しかし……」
確かにレインは、この男が黒い包みを奪って走って行く所をみた。
そして追いかけている時もそれを振り回すように走っていたはずだ、とレインは記憶を呼び起こす。
「この路地に来るまでは、確かに手に持っていたはずだが…」
「ふむ。死んだ男、そして無くなった荷物…か。それで、その荷物の中身は何だったんだ?」
「俺は知りません。あ、その場に留まるように荷の持ち主に言ったままだった……」
「それでは、その持ち主とやらにも事情を聞くとしよう」
その後、騒ぎを聞きつけたブルー班たちも集まってきた事で、彼らとベンディ達にこの場を任せ、レインとデントス、ガルモントの3人は先程の男性の下まで向かった。
「確かこの辺りに…あ、居ました」
レインが先導して道を戻れば、先程の男性は小雪舞う中、所在なさげに通りから顔を覗かせ辺りを窺っていた。そしてレインを見付けて眉尻を下げると、レイン達の方へと自ら歩いてきた。
「あの…泥棒は捕まえてくれたのですか?」
レインとデントス、そしてガルモントの3人がその男性を囲む。
「すまない…荷を取られてしまった」
「ええ?! では取り逃がしたのですか?」
「「「……」」」
ここはどう説明して良いものかと、レインはデントスを見る。
この人物にはどうせ全て話す事になるのだろうが、ここで気軽に出来る話でもないのだ。
「それについては場所を変えて説明する。これから詰所まで来てもらえないだろうか? 時間はあるか?」
「……荷がないのでは私はもうする事がありません。大丈夫です、わかりました」
ガクリと肩を落とす彼を促し、レイン達はそのまま詰所へと向かって行ったのだった。
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そうして詰所の奥の部屋で男性を椅子に座らせてから、改めて話し出すデントス。
室内にはデントスの隣にブルー班の班長タルファ・ソリットが座り、そんな彼らの話しを書き留める役目としてレインは今、少し離れた机に向かっていた。
「まずは、貴方の名前を教えて欲しい」
「はい。私は鍛冶屋を営んでおります、プルマ・ナトレイスと申します」
(ナトレイス…どこかで聞いた事があるな)
「では、貴方があのナトレイスか?」
「おや? 御存知でしたでしょうか?」
「御存知もなにも、俺はナトレイス工房の品を使っている」
「自分もナイフを持っているぞ」
「それはそれはお二方とも、御贔屓いただきありがとうございます」
今は人が死んだ故の聴取の場であるが、彼がナトレイスだと言えばその場の空気が変わり、話を進めていたデントスに続きソリットまで話しに加わった。
(そうか…剣で有名な工房だったな)
ナトレイス工房は、金属製品全般を製作している。
そのナトレイスは王都では有名な工房で、その中でも剣などの刃物は上品で、刃こぼれも少なく切れ味も抜群だと、冒険者や騎士からそこで作る剣を1本は欲しいとまで言わしめている名匠として知られている。それにレインの父であるジョエルからも、その名を聞いた事があった。
因みにナトレイス工房の武器は高額なため、レインではまだ手に入れる事は出来ない。ソリットが言うナイフでさえ、普通の長剣2本分の金額だったはずである。
「それでは、その取られた荷物は…」
「はい。城へお納めする予定の剣でした」
「「……」」
デントスとソリットの気配がピリリとしたものに変わった。
「それについて、王宮への連絡はまだという事だな?」
「ええ。納品途中の出来事で、そのまま…」
「わかった。その事についてはこちらから話を上げておこう。レイン、行けるか?」
「はい」
ムルガノフ副団長へその事を報告してくれと、レインは言われるまま部屋を出て外へと向かう。
途中、詰所の控室を通れば、数人残っているブルー班の団員の視線がレインに向いた。
「もう終わったのか?」
その中からレインに声が掛かる。ここにいる者達も、先程の騒ぎを知っているらしい。
「いえ、中ではまだ話も始まっていません。俺はこれから、上まで伝言を届けに行きます」
「そうか。解った」
「では行ってきます」
「おう」
レインは再び走り出し、大通りを北上する。
全速力で走る訳ではないが、人を避けながら走るのもそれなりの鍛錬になるなぁと、余計な事を考えながらレインは走る。そして走りながらも今日の出来事を頭で整理していた。
(2度目の朝はクルークを飛ばさないとな。だが手紙に詳細を書くのは無理か…どうする)
いくら手紙の内容を届けてくれる魔鳥でも、便箋数枚分の伝言を頼む訳にも行かぬのだろう。今までムルガノフ副団長の魔鳥を見た限りでは、精々小さなメモ1枚分くらいの伝言だった。
それに自分の契約魔鳥ではない事もあり、そこは配慮が必要だとも思うレインである。
そうして走り続けて城門を抜けるも、到着した演習場には誰もいなかった。
(しまった、昼か…)
朝から動いていたレインにはもう時間の感覚がなくなっていたが、よくよく考えれば今演習場に人が居るはずもない時間だった。
(副団長は昼、どこに居るんだ?)
この昼休憩、団員達は食堂でガヤガヤと食事を摂るが、ムルガノフ副団長やレヴィノール団長を食堂で見た事がないと思い至る。
それでは取り敢えず執務室に行ってみようと、レインは誰もいない演習場を抜けて騎士団棟の上階へと駆け上がって行ったのだった。
「ふぅ~」
扉の前で呼吸を整え、レインは姿勢を正す。
コンッ コンッ コンッ
「クレイトンです」
声を掛けてみるが、中からの応答はない。部屋を間違えたかと表札を見れば、“ハリオット・ムルガノフ”と書いてあるから間違えてはいないはず。
だが部屋にいないとなれば他を当たらねばならぬが、副団長が行きそうな場所をここ以外に知らず、レインは暫し扉の前で佇む。
― ガチャリ ―
とその時、隣の部屋の扉が開きレインが探している者が顔を出した。
「クレイトン、私に用か?」
「―はい、副団長へ伝言をお持ちしました」
「だったらこちらへ来てくれ」
「はい」
招かれた部屋は、隣にあるレヴィノール団長の部屋だった。
「失礼いたします」
レインが入室すると、部屋のソファーにレヴィノール団長の姿があった。まぁレヴィノール団長の部屋なのだから当然ともいえるが。
そのテーブルには書類と共にサンドパンなどの軽食が広げてあり、2人がここで昼食を摂りながら打ち合わせをしていたようだと思い至る。
「お食事中に失礼いたします」
レインは部屋の主に向け、頭を下げる。
「いいや、構わない。それでハリオットに伝言だったか? 私が聞いても構わないだろうか?」
「団長…冗談はやめてやってください。クレイトンが真に受けます」
「そうか、冗談とは難しいな」
「それは付き合いが長い者だけにして下さい…」
「クックック」
確かに報告するつもりだったのはムルガノフ副団長だったが、それはムルガノフ副団長がいつも演習場に居て捉まえやすいからという理由だ。もしレヴィノール団長が同じ場所に居れば、レヴィノール団長に報告を上げるのは当然の事であろう。
レインは口を挟むことなく、2人のやり取りの前に立ったまま冷や汗をかく。
そんな2人がレインを振り返れば、その時はもう上司の顔に戻っていた。雑談は終わりという事だ。
「では報告を」
ムルガノフは真顔である。
レインはそこに立ったまま、今朝からの一連の出来事を報告する。そして男の死因もまだ特定できておらず、その上で盗まれてしまった剣が城に納品予定の物であった事を伝えたのだった。
「ナトレイス工房からの納品と言えば、マリウス殿下にお納めされる予定の品だったな…」
「私もそう聞いています」
「それが盗まれたとなれば、ひと悶着ありそうだ」
「ええ。近衛たちが黙ってはいないでしょうね…」
レインは背中に冷たいものが流れ落ちるのを感じつつ、身動きも出来ずに立ち尽くしている。レヴィノール団長が言ったマリウス殿下とはこの国の第二王子の事で、レインも名前だけは知っていた。
(そんな物を盗まれてしまったのか…)
これは明らかにレインの失態だろう。レインが途中まで追いかけたにも関わらず、その犯人が死に剣も紛失してしまったのだ。
レインの今が1度目とは言え、今日の出来事を回避するには一筋縄ではいかないのだと感じていた。
逃走した犯人の死因の特定とそれに対する打開策、そして最終的に剣がどうして無くなったのか…。
そう考えるレインの顔色が悪かったのか、レヴィノール団長が声を掛けた。
「この件でクレイトンに落ち度はない。報告を聞いた限り、たまたま目にした窃盗犯を追いかけただけであり、応援要請も出していた。一人では限界もある。その上で最善を尽くしたと言えるだろう」
「……はい……」
「しばらくはこの件で慌ただしくはなるだろう。心しておけ」
「畏まりました」
こうして、レインのルーナの時間は過ぎていったのだった。




