33. 今度はこちらから
「と、今日はそんな事があった。それで少し遅くなったんだ」
その日の夜、いつもより少し遅く帰って来たレインを心配し、ギルノルトはレインが戻ると、待っていたとばかりに部屋に飛び込んできたのだった。そして今日の出来事をギルノルトに話し、今に至る。
「そうか…そのロイって奴は、薄々気付いていた訳なんだな」
「そうらしい。言ったスキルこそ違ったけど、特殊なスキル持ちだと考えていた様だ。俺が何かが起こる場所に出没すると気付いて…」
「確かにレインだけの動きに注目すれば、トラブルに巻き込まれる回数が目に付くからな」
「トラブルって…まぁ意味は分かるけどさ」
ガシガシと頭を掻きながら、苦笑するレインだった。
「それで俺の様子をみようと、今日は接触してきたらしい。4回目だけどな…」
「向こうとはソールで接触してはいないから、その時の記憶はないもんな」
「そういう事だな」
ギルノルトはルーナの事もレインから聞いており、話として記憶が残っているのだ。
「それで、レインはこれからどうするつもりなんだ?」
「そこは正直、ギルの意見も聞きたいと思っている。俺がロイに係われば、ギルも巻き込まれるからな…」
「ああ…俺がレインの秘密を知ってる事は、痴話げんかの時にわかっただろうからな」
一緒に行動してた訳だし、とギルノルトは腕を組んで考え込んだ。
「ただ俺が今日のソールで接触しなければ、ロイには探られたままになるだろう。今は逃げ回っていられても、いつかはバレそうだとも思っている。だったらいっその事、この機に協力してもらっても良いかなって…」
一応先に、レインとしての見解を伝えておく。
「だがソールで伝えてしまって、そいつはロイの秘密を守ってくれるのか? 貴族だって事だから、上の奴らとも繋がりがあるんだろうし、レインをチクって自分が出世するって事はないのか?」
「貴族の上って事は、王族にって事か?」
「ああ。偉い奴らにユニークスキル持ちがいると報告すれば、そいつは出世できるんじゃないかって。レインが国の道具にされないか、俺はそこを心配している」
レインが気にしていなかった所まで、ギルノルトは考えてくれていたらしい。
確かに言われてみれば、人を使って出世しようとする者もいるだろう。だが、レインはロイがそれに該当するとは思えなかったし、そんな事をしなくてもロイは既に騎士団の中である程度の地位にいるのではないかと思っていた。
人を巧みに誘導する話術と、気配で場を支配する能力を見た限りは…。
「まぁそこはどうとでもなるだろう。噂の秘密の部署っていうのにも、多少は興味あるし」
「レインはほんと、自分の事に対しては楽観的だよなぁ…」
ギルノルトに呆れられつつ、レイン達は相談を続けて行く。
「俺の方は別に構わない。レインの好きなようにすれば良いよ」
「いいのか?」
「ああ。そのロイって奴に知られても俺の方は特殊なスキル持ちではないんだし、実害はないと思う」
「それじゃソールで、こっちから接触してみるよ。それでロイにはなるべく、ギルを巻き込まないようにとは伝えておく」
「ほんとレインは…」
呆れた様な、それでいて嬉しそうなギルノルトにレインは笑みを返す。
「それで、こっちから接触するって方法はあるのか? もうその変な飲み屋にはいかないんだろう?」
レインがロイから話しかけられたのは、あの店に入ったからだったといえるだろう。だがソールではもう、あの店に入るつもりはない。一見さんお断りの雰囲気はいたたまれなかったと、遠い目をするレインである。
「ああ、あの店にはもう二度といかないよ。情報が集められる訳でもないから行く必要もないし。でもロイとは多分、こっちから接触する方法はあると思う。あの店に行かなくても、ね」
「でもロイはレインが店から出るまでの間、姿を見せなかったんだろう? それなのに居場所がわかるのか?」
「俺も居場所は知らないよ。でも俺を見張っているものがいるはずだし、何とかなると思う」
「…ならいいけどな。余り無理すんなよ?」
「ありがとう、ギル」
今日の1度目でも常に周辺の気配は探っていたが、ロイの気配は感じられなかった。
ひょっとするとロイが気配を完全に消していた可能性もあるが、周りを探っている者から全く気配を消す事は難しいはずだ。一瞬でも気を緩めれば、レインからでもわかるはずだからだ。とすれば可能性はもうひとつ、ロイとは別のものがレインを尾行していたという事になるのだ。
「何とかなるとは思うんだけどね…」
と遠い目をするレインである。
こればかりは考え通りに行くとも限らないが、こちらから接触する予定は変えたくない。レインの想像通りなら、何とかなるだろう。
「それで今言っても仕方ないけど、ソールの朝も端的に同じ話をするからな」
「おう、ソールの俺にも伝えておいてくれ」
「勿論。だから少し早めに起こしに行く」
「…そうなるよなぁ」
遠い目になるギルノルトに笑みを浮かべ、レイン達は今夜の話を終了させギルノルトは部屋に戻って行った。
「さて、俺も早めに寝るか」
独り言ちてレインは、そそくさとベッドへ潜り込むのだった。
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そしてソールの朝、レインは予定通りにギルノルトを早めに起こし、ギルノルトの部屋でルーナの出来事と今日の予定を伝えた。
最初は眠そうにしていたギルノルトも話を聞けば徐々に頭が覚醒してきたらしく、レインに起こった出来事を興味深げに聞いていた。
「了解だ。俺の事は気にしなくていいから、レインの考えで行動してくれ」
「ありがとう」
結局同じことを言うギルノルトへ、レインは嬉し気に笑みを添えたのだった。
そして一緒に朝食を済ませ、ギルノルトとは騎士棟前で別れる。
「じゃあな。眠いだろうけど、任務頑張れよ」
「ああ、でもそっちが気になって集中できないかもな…。本当に気を付けろよ?」
「おう」
互いに手を上げて、ギルノルトを見送ったレインである。
その後レインはいつもの様に街へと下り、ルーナとは違う道を通って少年たちが遊ぶ広場まで出る。
これはレインの休暇日ではいつもの事で、また同じ道を辿っても同じ人から同じ話しか聞けないのだから、こちらがすれ違う人たちを変えれば良い。得る情報は、少しでも多い方が良いとの考えからだった。
そうして街中をそれとなく歩きながら街の様子を見つつも、自分を尾行する者はいないかと気配を探る事も忘れない。時々巡回中の騎士団に笑みを向けられつつ、人々の噂話などにも耳を傾けるレインであった。
(やはり俺を尾行する者はいないか…)
1度目でロイと話してみたところ、レインの行動は把握されていたのだと知ったのである。痴話げんかの時にロイが近くに居たのも、レインがあそこにいる事を知っていたからだと聞いたのだ。
「材木店の時も、思わず飛び出しそうになったよ」
シレっとロイにそんな事を言われれば、背筋が寒くなるというものだろう。
こうして街中を歩き、昼過ぎにはいつもの広場に到着したレイン。ここは中心から少し離れた南東の住宅街にあり、レインも昔よく通った道に隣接する広場だった。
「あ、レイン兄ちゃんだ!」
そこで既に遊んでいた5人の少年達が、レインに気付き声を上げた。
「よお。今日もやるか?」
「うん! 剣の練習しよう!」
「やるやる~!」
「ハハッ。今日も元気だな、了解だ」
と元気な少年達とも遊びを交えた剣の練習で数時間過ごせば、今日の街中の予定は概ね終了する。
残すはロイの事だけだ。
とは言え、こちらが今日のメインと言っても過言ではないのだが…。
レインは踵を返し、少年たちが消えていった方向とは別の方向に歩き出す。
そして向かうは、中心から少し外れた裏路地だ。
(確か、ここだったな)
商業地区の狭い路地の奥、ここは今日ルーナで来た場所である。
躊躇う事なく“チリンッ”と音を鳴らして開けた扉の中は、まだ少し早い時間であった為か客席にはまだ1人もいなかった。
「いらっしゃいませ……」
ドアベルの音で顔を上げた記憶にある女性が、初めて見るレインに言葉を萎ませた。
想像だが、多分この店は普段常連客しか来ないのだろう。確かに表通りにある店ではない為に、レインですらこんな所に店があるとは思っていなかった位なのだから。
「…お一人ですか?」
「ええ。でも待ち合わせです、ロイと」
ロイの名前を強調すれば、その女性はレインを繁々と見つめてからゆっくりと頷いてくれた。
この女性が“ロイ”という名前を知っているかはある意味賭けだったが、彼女の反応を見れば分かってくれたようで、こっそり胸を撫でおろすレインでなのあった。