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31. 思うつぼの中

「ここだ。入ってくれ」


 暫く路地を歩いてからロイに連れて来られた場所は、中心地からほど近い商業地区にある建物だった。とは言え、その建物も路地裏にあって、普段から人も余り通らないような場所である。


 “チリンッ”

 可愛らしい鈴の音が鳴る扉を開けたロイは、そのままさっさと身を滑り込ませて先に入って行った。レインを見ずとも付いてくる事が決まっている、とでも言いたげな態度だ。


(俺がこのまま入らなかったらどうするんだ?)


 という悪戯心は一旦忘れ、ため息を吐いてレインも入店する。


 そうして入った店は、お洒落な小料理屋とでも言えるだろう。店内は小ざっぱりとした明るい雰囲気で、小さなカウンター1つと4人掛けのテーブル席が8か所ある。そこは先程の店の倍ほどの広さでテーブル席もゆったりしており、その席も満席になる程人が座っていた。


(満席か…これじゃ座れないな…)


 そう思ってレインがロイを見れば、ロイはカウンターにいる店員らしき女性と話していた。

 その時レインの視線に気付いた様にこちらを振り返ったロイが、「こっちだ」と手招きするなりレインに背を向けて一人奥へと向かって行った。


(その扉の奥に行くのか?)


 ロイが向かった店の奥には扉が2つあって、そのうちの一つを迷いなく開けてロイは消えていった。

 レインが急な流れに困惑していれば、今しがたロイと話していた女性が笑みを浮かべてレインへと頷いた。行けという事だろう。


(分かったよ…)


 ここは(いや)(おう)にも行かねばならないらしいと、覚悟を決めてその後を追ったレインであった。


 ここまでずっとロイのペースで来てしまった事はわかっているが、レインもロイに聞かねばならない事がある。折角向こうから接触してきたのだから、この機を逃すつもりはない。


 そうしてレインが後を追った扉の中は細長い内廊下が続いており、その最奥の扉の前でロイが待っていた。

 そのロイがレインの姿を見て、その扉の中に入って行く。

 はーぁとため息を吐き、レインは気を引き締めてその後に続いた。


 入ったそこは個室なっていたのだが、それが入口で見た店からでは想像がつかない程の装いに、レインは虚を突かれて目を瞬かせた。


 10人程がゆったり出来る広さの室内は、壁面には絵画や花などが飾られている。そして明るく照らされた室内の中央に置かれた乳白色のテーブルの天板は、室内灯を反射して部屋を一層明るくしていた。そこにある椅子は膨らんだ赤いビロードで包まれゆったり寛げるよう配慮されており、さながら高級料理屋に来たのではと錯覚する程の装いだった。


(もうこうなると、別の店だな…)


 レインが驚いている姿を見て、ロイがクスリと笑む。

「まあ、狭いが座ってくれ」

「……」


(これが狭いだって?)

 という内心の突っ込みを飲み込み、レインがロイの対面におっかなびっくり腰を下ろしたところで扉がノックされる。


 コンッ コンッ

「失礼いたします」


 そう声を掛けて入って来たのは、先程カウンターにいた女性だった。

 黄色い髪をアップでまとめ、長い前髪が一束ずつおくれ毛の様に顔を縁取っている。そのせいか艶やかな女性という印象だが、身に纏う服の露出度は少なく“品が良い”という言葉がしっくりくる女性だった。

 そんな彼女がテーブルの脇までカートを押してくると、そこから無言でテーブルへと料理を乗せていく。


(あれ? これはいつ注文してたんだ…?)


 2人はまだ室内に入ったばかりで注文を取りに来てもいない。そんなレインの思考を読みとったように、女性がロイに声を掛けた。


「いつもの品ですが、よろしかったでしょうか」

「ああ。これで十分だ」

 それだけのやり取りをして、女性は速やかに退出していった。レインの事は触れないままに。


 そしてテーブルに出された物には手を付けず、ロイはテーブルの上で指を組んだ。

「それでは、私の事は“ロイ”と呼んでくれ」

 これで自己紹介は終わりだというように、ロイはレインにも名乗るように促す。

「…俺はレインだ」

 そうか、と頷くロイはじっとレインを見つめている。まるでレインが何を考えているのかと探るような眼差しに、レインはゴクリと唾を飲み込んだ。


 以前つどい亭で会った時のロイとは、明らかに雰囲気が違っている今。あの時は公衆の面前という事もあり、気配を押さえていたのだろうと思い至る。


(やはり貴族なんだろう。余り関わり合いたくはないが…)


 レインがさっさと済ませようと口を開きかけたところで、ロイが先に言葉を紡ぐ。


「先程君はあの店から出てきたと言ったね? あの店に、何の用だったのかな?」

「何の用…? あそこは飲み屋だろう? 飲んで来たに決まってるじゃないか」

「本当に?」

「……何が言いたい」

 素直に答えているのはずも、詰問とも取れる問いかけにレインはムッとする。


 レインは今日たまたま入った店であり、カウンターがある飲み屋だったと認識している。確かにメニューもなく客層もおかしかったが、レインはそれ以上なにも知らないのだ。


「そう。では君は酒を飲んで出てきただけ、なんだね?」

「ああ」


 これではまるで騎士団の取り調べの様だと思い、何もしていない者が受ける取り調べとはこんなにも不愉快なのかと、身をもって知ったレインである。


「あの店の事は、それ以上聞かれても何も知らない。それよりもロイ、あんたは俺の事を探っているのか?」

「なぜそんな事を聞くのかな?」

 ロイはレインの質問に、笑みを浮かべて質問で返す。


「…それはロイが、俺の行く場所に現れるからだ」

「へぇ。まだ君と会ったのは2度目だったはずだね? それを言い切る理由は?」

 偶然2度会った位では探っているとは言わないよ、と言い添えるロイ。


「………」

 ここはレインの分が悪いと明らかにわかる。しかしそう言って諦める事もしたくない。

 ギリリと唇を噛みしめレインは言葉を探すも思考は空回りし、2人の間には沈黙が下りた。


「では料理も冷めるから食べながら話そう。その料理は私が好んでよく食べているものだよ」

 そこで空気を換えるように、一旦テーブルに目を向けるロイ。


 2人の前に出された料理は、大皿ではなくそれぞれの前に置かれている。それも綺麗な皿に乗る一口大の肉、その肉の周りに緑のソースで模様が描かれているという代物だ。そんな感じの料理が3品と細長いグラスに入った飲み物だった。


 そう言いながらロイが手にとったものは、細長いフルートグラスに注がれた琥珀色の液体だった。そこから小さな泡が出ていたが、時間が経ってその泡が少なくなってきていた。グラスをレインに一度かざし、ロイは喉を潤すようにグラスに口をつけた。その仕草は自然で、とても様になっているなとレインはその様子を見つめていた。


「どうしたんだい? 毒は入っていないから安心して食べてくれ」


 レインはそんな事を微塵も思っていなかった為、ロイの言葉にギョッとする。確かに貴族であろうロイであれば、そう思って食べ物を躊躇する場合もあるのだろう。だがレインが動かないのはそういう事ではなく、どうしたらロイから行動の理由を聞き出そうかと思考に陥っていたからである。

 ただそれ以前にテーブルマナーの事を思えば、脇に置いてあるナイフとフォークを手に取る自信もないのだが。


 取り敢えず喉を潤す為に、レインは泡が立つグラスをあおりゴクリと喉を鳴らした。


(美味いな…)


 驚いた様に手にするグラスをまじまじと見るレインに、ロイが笑みを浮かべる。

「美味しいだろう?」

「……ああ。美味いな」

「これは私専用で取り寄せてもらっている物だ。ここのメゾンが作るものは、フルーティで飲みやすく私のお気に入りでね」


 レインが美味しいと言った事で、ロイは気を良くしたらしく聞いていない事まで話してくれた。だがそれは飲み物の事であり、聞きたい事はまだ聞けていないのだ。

 そう思いレインが決意を込めて顔を上げれば、レインを見つめていたロイが口角を上げてレインに言った。


「レイン、君には人に言えない事があるのだろう?」

 と。


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