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30. 思い通りにはいかぬもの

 それから暫くは、レインの任務中などでも件のロイと会う事もなく日々を送った。

 そして休暇の日、警戒しながらもいつもの様に街に出たレインは、周辺の気配を探りながら道を行く。


 日中はいつもの様に少年達に剣を教え、日暮れ頃に手を振って去って行く彼らを見送った。その間にも周辺の気配を探っていたが、誰かに見張られている事はなかったと思う。

 もしレインとギルノルトが立てた推測通りならば、レインは常にどこかから見られているはずだ。しかしいくら気配を探っても、誰かに付けられている気配はない。


(少し気にし過ぎかな)


 この後の夕刻は、いつもの様に酒場で情報収集をする予定だ。

 そのつどい亭は大通りからは外れているが、人通りの多い中心地に近い商業地区の一角にあり、客層も安定している繁盛店だ。今日もレインはいつもの順路でその辺りを歩いていたのだが、ふと思い立って足を止める。


(たまには新店を開拓してみるか)


 ここ暫く、レインはロイの事もあり気を張っていた。その為、今日は気分を変える為にもいつもと違う酒場に行く事を決意する。とは言えレインはあちこち飲み歩く者でなく、知っている酒場と言えばいつもの店くらいのものだった。


 そこで考えた事がひとつ。

 “次に隣を通った奴について行ってみよう” という何とも無謀な思い付きである。

 我ながら突飛な事とは思いつつ、行く場所を増やす為にも良いかもしれないと無理やり肯定してみる。


 その時足を止めていたレインの横を、一人の男が通り過ぎて行った。

 薄暗くなってきた街中で、その男は暗い色の衣服を纏い足早に道を進んで行く。普通であればレインが気にも留めなかったであろう男は、迷いなく次の角を曲がった。


(あいつの行く店にしよう)


 その男に目標を定めてはみたものの、彼がどこに行くのかなどレインは知らない。もしかすると家に帰るところかも知れないが、ここはそんな考えを一旦忘れ、何処かの店に入ってくれないかと呑気な事を思いつつ、そっと後を追うレインであった。


 不審者を尾行している様にもみえそうだが、そのレインに気付く者もいなかったのが救いだろう。ただそれは、男が進んで行く道に人通りが全くなかったからといえるかも知れないが。


 そうして男は中心地からはずれた裏通りにある、一見すると民家の様な外観の扉を開いて中へと入って行った。その時にレインからチラリと見えたところでは、中にはカウンターがあり何人かそこに座っていると分かった。


(家ではなさそうだな…隠れ家的な店?)


 そんな店もありだろうとゴクリと喉を鳴らし、レインは少し経って男が消えた扉を開く。

 視界に入った店内は薄暗く更にたばこの煙が立ち込めており、室内に居た男達が一斉にレインへ視線を向けた。

 店内は狭く、カウンターの前に小さなテーブル席が4つあるだけで、客が10人そこそこが入れば満員という位の規模だ。


(うわ…ここは大人の空間ってやつか?)


 少々場違い感は否めないが、レインももう立派な大人だ。ここはひるむことなく何気なさを装って中に入ると、端にある2人掛けの小さなテーブル席に腰を下ろした。

 ここからの位置は、壁に背を向ければ店内を見渡す事が出来そうだったからである。だがそこから見渡しても、先程の男がどこにもいない事に気付いてレインは眉根を寄せた。


 そこへ、カウンターに立っていた黒服の男がレインの居るテーブルにやってきた。

 その男は目つきが鋭く赤髪を無造作にまとめただけの強面で、飲食店の店員には全く見えない雰囲気である。


「希望は?」

「……」


 希望はと聞かれても、テーブルにはメニューが乗っていないのだ。

 慌ててレインがメニューを探そうとキョロキョロとすれば、黒服の男がほんの一瞬、険しい顔になった事にレインは気付く。


「…メニューは置いてない」

「え、そうですか。お酒は何があります?」

「…エール、ジン、ウォッカ、ワイン、蒸留酒。他にもあるが?」

「それじゃ、エールと適当につまみを」

 レインがそう返せば、口元だけに笑みを浮かべ、男はカウンターへと戻って行った。


 あの店員からすれば、レインが一見さんだと一目瞭然だ。

(だからって、しかめっ面をしなくてもいいだろうに…)

 レインは子ども扱いされたようで、少し居心地が悪くなっていた。


 そうして少しして運ばれてきたエールとナッツがテーブルに置かれ、店員は無言のまま下がって行く。

 もしやこの店は一見さんお断りなのかと今更ながらに思い至り、レインはエールを飲みながら早々に店を出ようと考えていた。だったら入口にそう書いてもらいたいものである。


(それにしても、さっきの男はどこに行ったんだ?)


 視線だけをさ迷わせレインが店内を見渡せば、カウンターに2人、テーブル席には2人組みの客がいるだけで、狭い店内と言えども混んでいるとは言えない客数だ。こんな客数でよく店が成り立つものだと、レインは不思議に思う。

 そしてチビチビとエールを飲みながら、一応ここでも何か聴こえないかと耳を澄ませるが、ここの客は皆小声で話しており、店員と談笑す客でさえその話の内容が聴こえない程だった。


 これは店を間違えたかなと、エールを1杯飲み終わったところで早々に席を立ったレインは、お会計の為にカウンターへと向かった。


「何か?」

「…いえ、お会計を」

「―ああ」


 少しホッとした様な表情になった店員がレインの会計を済ませ、レインが店を出る為に踵を返せば、そこへ店の扉が開き2人の男が入ってくる。その彼らの身なりが良いものだと分かり、レインは場違いな客を見て足を止めた。ただしレインが道を譲らねば、この男達が奥へと進む事は出来ないのだが。


 その男達はチラリとレインを見るも、視線を素通りさせ店員に顎をしゃくってみせた。

 それを受け、後ろの店員が動く気配がして慌ててレインが男達に道を譲れば、男達は礼も言わずに店員へと近付いて行き小声で話し始める。

 レインが無意識にそのまま見ていれば、店員が会話の合間にチラチラとレインへ視線を向け、男達も胡乱な目でこちらに視線を向けてくと分かる。


(何だ? 俺が一見さんだから邪魔だという事か?)


 その視線に耐え兼ね、レインは踵を返すとそそくさと店を後にしたのだった。

 何にしても後味の悪い店だったなと、店から10m先の曲がり角まで出た途端、視線を落として「はぁーっ」と盛大にため息を吐くレインである。



 そこへ突然声が聞こえた。

「おや? 君は先日の…?」


 店の前で気が抜けていたレインは、その声にビクリと肩を揺らす。レインにすれば、不意打ちも甚だしいと言いたいところだ。


 そしてゆっくりと顔を上げて路地の先を見れば、ロイがこちらを見て首を傾げていたのだった。レインはその声で彼だと気付いたのだが、ロイの背後からの明かりで顔は陰になっていて表情までは分からない。


(いったい、俺に何の用だ?)


 レインは受け答えも出来ず、言葉を詰まらせる。咄嗟に何と言って良いのかわからなくなったからだ。


「私の事は、覚えていないかい?」


 ゆっくりと距離を縮めるように歩いてくるロイに、レインは動く事も出来ずに立ち尽くす。ロイが来る方向とは別に道もあるが、ここでロイから距離を取っても意味がない事だ。それにどうせなら、ここでロイの思惑も知りたいところだと、レインはじっと彼が近付いてくるのを待った。


「…いいや、よく(・・)覚えてる」

「そうか、それは良かったよ。そうでなければ、私は知らない者に声を掛けた事になるからね」


 そうしてレインの前で立ち止まったロイは、レインの後方にある扉に視線を向け、再びレインに視線を戻した。


「君は今、そこから出てきたのかい?」

「…ああ」

「ここにはよく来るのかな?」

「………」


 質問を続けようとするロイに、レインは口を噤んだ。

 なぜそれをロイに話さねばならないのか。ロイからすれば、先日会ったばかりで知り合いでもない自分に、だ。

 そう思ってレインが眉間にシワを寄せれば、その表情に気付いたのかロイも口を閉じた。


「……俺も答えるから答えてくれ。なぜあんたがここにいるんだ?」

「私かい? 私は用があってここにいるんだ」

「では先に、その用事を済ませた方が良いのではないのか?」


 レインの口調は自然と強いものになっていく。

 口には出さないが、今この場で、なぜ自分に付きまとうのかと聞きたいくらいである。


「ああ、気遣いはいらないよ。もう用は済んだからね」

「そうか。それならもう、早く帰った方が良いんじゃないか?」

「おやおや。先日の礼もなしかい?」

確かに、それについて指摘されれば返す言葉もない。


「……この前は助かった。ありがとう」

「そう、それで良い。それでは私と少し付き合ってくれないかい?」

「は?」

「少しくらい良いだろう? それとも君は今、急いでいるのかな?」


 強引に話を纏めるロイに、レインはもう我慢が出来なくなった。

「……いい加減にしてもらえないか? 俺に付きまとうのも止めてくれ」


 レインの言葉にロイは一瞬瞠目するも、その目を細めてすぐさま笑みを作った。

「君はおかしなことを言うね。私が君に付きまとっていると? 私が君と会ったのは2度目なのに?」

「……ああ、そうだ」

「その言葉の真意は何かな?」

「……」


 レインは答えられずに唇を噛む。レインがワンセットを持っている事は秘密であり、特殊なユニークスキルの存在はおいそれと公言する事はできないのだ。


「…まぁ良い。どちらにせよここでは場所が悪いね。私に付いてきてくれ」

 そう言ったロイは、レインの言葉も待たずに来た道を戻り始めていく。


(この際だ。ロイがなぜ俺に付きまとうのかを聞き出そう)


 先を行くロイに少し遅れて、レインは諦めたようにその背を追って歩き出して行くのだった。


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