29. 仮説
こっそりと消えるタイミングを逃したレインは、当然ながら第二騎士団員に捉まった。
「お? レッド班は今日、夜勤だったはずじゃん?」
なぜここにいるんだと問いかけるのは、ギルノルトの応援要請に駆けつけてきたパープル班のディケ・プエルト、レインの6つ年上の先輩だ。今日の巡回はパープル班なのである。
「俺は今日、休暇です」
ギルノルトは男を後ろ手に捻りあげたまま応える。「いたたたた」と男の声がするも、そこは完全無視だ。
「そんで?」
「俺は…」
プエルトの視線がレインに向けられ、何も考えていなかったレインは答えに窮した。
「わかった。レインはギルノルトにくっついてきたんだろ?」
そこで、プエルトと一緒に駆けつけてきていたレイン達と同期のペリート・フィッツが、「お前ら仲が良いもんな」と訳知り顔で言った。
「…まあそんなとこだ」
とレインが言葉を濁したところで、この状況はどういう事だと話し出すプエルト先輩に、ある意味助かったと思ったのは秘密である。
そこでレインとギルノルトが軽く説明をすれば、状況を理解したプエルト達が、生気が抜けてしまった様なシエナという女性と騒がしい色男の方も一応拘束し、浮気相手も含めて詰所に連れて行くと言った。そして言わずもがな、レインとギルノルトも同行を求められたのである。
こうして当然ながら睡眠時間が無くなったレインは、そのまま夜勤に就く事になった。だが1日や2日程度は寝ずに行動する事もできるので、そこは何とか無事に任務を終了させたレインである。
しかし本当ならばすぐにでも昨日の事で聞きたい事は多々あったが、流石に夜勤明けという事もあり任務が終わってから話す時間もなく、続く鍛錬日が終了してから改めて話し合おうという事にした。
そして鍛錬日が終わった夜、いつもの様にやってきたギルノルトが定位置について苦笑した。
「疲れてるな、流石に」
「まあな」
寝支度を済ませて気が緩んでいるのか、余程酷い顔をしているらしくギルノルトからそんな言葉をもらう。
第二騎士団員は、4日の日勤を経て2日連続の夜勤がある。それを踏まえて団員達は睡眠時間を調節していくのだが、レインは最終日に睡眠時間が取れず今も目を瞑ればすぐにでも眠れそうな状態だった。
しかしそうは言ってはいられない。
「出直そうか?」
「いいや、大丈夫だ」
そう言って一口水を飲むと、レインは改めてギルノルトに向き直った。
「悪かったな。でも昨日はレインが来てくれて助かった」
「いいや、それは当たり前の事だ。それよりあの二股を掛けられていた女性も、大事にならずに済んで良かったな」
「ま、そういう事だな」
互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。
「ルーナではギルが駆け付けたのは刺した後で、男が腹から血を流して倒れているところだったと聞いた。小さい刃物だしそんなに深く刺さっていなかっただろうから、多分大したことはない怪我で済んでいたとは思うが…」
「確かに刺したくなる男だったよな」
苦笑するレインに、ギルノルトは顔をしかめる。
「まあな。あのシエナって人と結婚の約束までしておいて、他の女の家に通っていたんだからな…」
「バレないとでも思ったんだろうな…ひでえ奴だ」
アパートの前で密着していた2人は、明らかに誰が見ても深い仲だと丸わかりだった。
「街に知り合いがいない奴なら気付かないかも知れないが、どこで誰が見てるか分からないのになぁ」
と彼らの事を思い出し、遠い目をする2人である。
女性にモテるという意味では羨ましいが、彼女は一人居れば十分だと考えるレインとギルノルトからすれば、あの男の思考が理解できないのだった。
「彼女は欲しいけどちょっと怖くなってきたわ、俺…」
「可愛さ余って憎さ百倍ってところだろうな。まぁあんなことしなければ、大丈夫だと思うが…」
そんな事を言ってはいるが、彼女がいない2人は確信のない不毛な会話をしているのである。
「それはそうと…ギル、助けに入った彼を今まで見た事があるか?」
「彼? ああ、男を捻りあげた奴の事か」
「そう」
「いいや、俺は初見だ。少し品の良さそうな奴だったし、普段街には余り出て来ないんじゃないのか?」
「そうだよな…」
「ん? 何か気になる事でもあったのか?」
1度目の夜にギルから聞いた話では助けが入ったとは聞いておらず、ここでの矛盾も気になるところだ。
こうしてギルノルトから聞いてくれた為ロイの事を話し易くなったと、レインはこれまでの事を含めギルノルトに相談してみる事にした。
「俺が彼と会ったのは、昨日で3回目だ」
「お? レインの知り合いだったのか?」
「……俺は知っているが、向こうは知らない……」
「という事は、ルーナ絡みか?」
「ああ。…俺が休暇日のルーナに、酒場へ行っている事は知ってるだろう?」
「スライムが食べられる店だろう? 情報集めで、だったな?」
「そうだ。ルーナではいつも同じ場所に行っているんだが、そこで2回程、彼に会ってるんだ」
「へぇ~。それで3回目か」
そこでレインは頷くも渋面を作った。
「その酒場でなんかあったのか?」
レインの渋い顔を見て、心配そうにギルノルトが覗き込む。
「その2回とも彼が俺と初対面なのは当然なんだが、その2回ともロイ…彼は俺が注文した料理を珍しそうに食べていて、あの店には初めてきた様子だった」
レインの言いたい事が分からないのか、ギルノルトはキョトンとしている。
「それの何がおかしいんだ? レインの1度目は記憶に残らないんだから、2度目の日にそいつが………?」
何かに気付いたのか、ギルノルトの目が見開く。
「そうだ。その時の2度目の日に同じ行動をしていれば、毎回初めて来店しているという反応はおかしい。そう考えれば明らかにロイは、ルーナとソールとでは違う行動を取っているという事になる。店員も毎回、ロイを始めて見たような反応だったしな」
「………それは確かにおかしいな」
「ああ、でもそれだけじゃない。昨日の事でギルから聞いた話とも、気になる点がある」
「気になるってことは、俺達が彼らを止めた事以外でも違いがあったって事か?」
「そうだ」
と、1度目にロイが現れなかった事を説明すれば、ギルノルトは考え込むように目を瞑った。
ギルノルトもレインからワンセットの話を聞いている為、レインが意図して関わった者でない限り、ルーナとソールは同じ行動をとると知っているのだ。
一体どういうことなんだと、レイン達は辿り着かない思考に眉根を寄せた。そもそも、そんな事が可能なのかという話である。
レインのように特殊な状況の者でない限り、その一日は一度しか訪れないはずであり今日の行動は一度切り。
だから“今日は飲んで帰る”と思えば、その思いは1度目も2度目も変わらないはずなのだ。
しかしロイは、1度目には酒場に来てレインと酒を飲み交わしたものの、2度目は店にさえ行っていないようなのだ。そして突然現れた昨日の事も…。
「まてよ? もしかして…」
暫く考え込んでいたギルノルトが、そこで声を発した。
「何かわかったのか?」
レインはさ迷っていた視線をギルノルトに向ける。
「もしかしてだが、そのロイって奴はレインが居たからその場に行ったんじゃないのか?」
「どういう意味だ?」
「だってさ、レインが関わらなければ変わらないはずのルーナとソールで、そいつの動きに違いが出た。そのルーナとソールで違う行動をしているのは、他ならぬレイン自身だな?」
「……ああ」
「って事はだな。レインが酒場に入った事を知って、そのロイも同じ酒場に入った…と考えれば? そして昨日も2度目にはレインがいた…」
「ルーナとソールでは違う行動になるな。…はやりそうなるか…」
額に手を当ててため息を吐くレインに、ギルノルトは「だろ?」と頷き返す。
「ん? 今“やはり”って言ったか? って事はレインもそう考えてたのか?」
「ああ。他ならぬロイと会っている時に、違和感を覚えてその仮説を立ててみた事はある。だがそんなはずはないと思っていたんだが、ギルもそう考えるのなら、その仮説はあながち間違ってはいないんだろうと思った」
「「………」」
こうして一つの仮説を立てたレイン達は、これから暫く答えが出ぬまま、悶々とした日々を過ごす事になったのである。