3. レイン・クレイトン
おはようございます。
今日もお付き合いの程、宜しくお願いいたします。
その後もユニークスキルの事はどうにもならぬまま、それでもいつもの生活を続けて学校に通った。
なるべくサニーと一緒に登下校をする事を心掛け、1度目に気になった事が起これば、2度目にはそれを回避するという日々を繰り返していた。
だが特に身構えるような事件も起こる事はなく、学校では同じ授業を2回ずつ受ける事になった為、副産物として“優秀”という冠を頂く事になり嬉しい誤算もあった。
こうしてレインは学校を卒業してから一年制の騎士学校へ通った後、昨年父親が勤める王都の騎士団へと入団した。その為今は家を出て、騎士団寮に居を移している。勿論入団は親のコネではなく、皆と同じく入団試験を経ての事だ、とは念のために言っておこう。
レインの持つスキル“剣術”は割と与えられる者も多く、それを授かった者達は独学や師事につき教えを請うて剣技を磨く。
それらはレインの様に王城の騎士団に入る者もいれば、冒険者や商人の護衛、傭兵や貴族の家に仕える騎士などと、たかが剣術というスキルでもそれなりに自分のやりたい事を生業にできた。
そしてこの剣術を極めれば、“剣豪”や“剣聖”などというスキルへと上り詰められるとも聞くが、それらの人がどれ程の努力と経験を積んでいるのかは、ただの騎士には知る由もないのである。
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サニーの奇跡の日から3年が経ち、今年の初夏でレインは18歳になる。
まだ寒さの残る季節の中、レインは朝から王城の騎士団演習場で仲間達と剣の打ち合い訓練をしている。この訓練で使用する剣は、木刀などではなく真剣の刃を潰した重さのある本物の剣だ。
切りつけても切れはしないが、元が真剣という事もあり皆それなりに注意を払いつつ打ち合っているし、いつも上官からは取り扱いには十分注意しろと言われてもいる。
因みに今日は2度目で、レインはこれから起こる出来事を既に一度、目にしていた。
そしてもう昼近くなり、間もなく午前の部の訓練が終ろうとしている。
そこへ、そろそろ上がれという副団長の声が聞こえた。
それでもまだ打ち合っている者もいれば、一足早く昼飯にありつこうと、剣を下ろして訓練場の休憩場で汗を拭っている者達もいる。
レインは一足先に打ち合いを終えると、汗も拭わず訓練前に持って来ていた盾に手を伸ばす。今日の訓練で盾は使わないのだが、レインは皆に不思議がられつつも、わざわざ手元に持って来ていたのだ。
その盾を手に取ったレインに、近くで汗を拭うギルノルト・ドレッグが声を掛ける。
「今日は使わないのに、持ってきてたんだな」
「ああ。もしかしてと思ったんだが、結局使わなかったな」
その問いにしれっと返したレインは、左手で盾を持ってギルノルトの隣へと移動し、近くに置いてあった手拭いに右手を伸ばして苦笑する。
そして汗を拭いながら、意識は盾を構える左へと集中させる。
「うわぁー!!」
その時まだ打ち合いをしていた新人の振った剣が、その手を離れ勢いよく吹っ飛んだ。周りにいた者達がその声に気付いて振り返るも、その剣はまっすぐにレイン達の方角へ飛んできていた。
レインは冷静にそれを感知すると、ギルノルトの前へと盾を出す。
―― ガキンッ! ――
金属同士の当たる音と共に、レインの左手へ重たい衝撃が走る。
―― カラランッ ――
音を立てて地に落ちた剣を見たギルノルトの顔から、さぁっと血の気が引いた。
それを視界にとらえつつ、レインは構えていた盾を下ろしてその剣を拾った。
そこで、遠くから見ていた副団長の叱責が飛ぶ。
「おいっ何をしている! 手が滑るなら一度止めろといつも言っているだろう!!」
「すみません!!」
剣を飛ばしてしまった新人が、慌ててギルノルトに駆け寄り深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした!!」
レインは拾った剣をその持ち主に返すと、ギルノルトへ謝罪している場を抜けて、盾を戻しに防具置き場へと一人移動して行った。
レインは一度目では打ち合いを続けていて、あの場面を見た。
大きな声が聞こえたため打ち合っていた者と剣を止めてそこを見れば、腹に剣が刺さったギルノルトが倒れていたのだ。いくら先を潰してある剣とは言え、投げてしまえば人に刺さる。
腹に刺さった剣を安易に抜く事も出来ず、そのままの状態でギルノルトは医務室へと運ばれていった。その後何とか命は助かったとの事だが、重傷で血も流れた為に安静を言い渡され入院したと聞いた。
それを見ていたレインは2度目の今日、打ち合いを早々に切り上げ盾を持ち、ギルノルトの隣に立ったという訳である。
盾を片付けていたレインの隣に、ギルノルトが並んだ。いつの間にかレインを追いかけて来たようだ。
「レイン、さっきは助かった。本当にありがとう、俺の命の恩人だ」
レインの両肩にガシリと手を添え、抱き付かんばかりに力を込めている。
「いいや、恩人は止めてくれって。ギルが無事で良かったよ」
レインはニッコリと、人好きする笑みを浮かべた。
「じゃあ、昼飯はたらふく食べてくれよ!俺のおごりだ!」
ギルノルトが笑いながら肩を叩けば、レインは突っ込みで返す。
「いやいやいや、昼飯は王城の飯だし、そもそもタダだし!」
2人は笑って冗談を言い合う仲間であり、親友なのだ。
レインがギルノルトと知り合ったのは、昨年、騎士団に入ってから。
レインの一つ年上であるギルノルトは、その年、辺境の街から騎士団の入団試験に合わせ、王都へやって来たという。
その入団試験は数日に亘り行われる程、応募人数は多い。そして、その中から実力のある者だけを選りすぐり入団させ、騎士団の意識を高いものへと引き上げている。
入団させる人数は決まっておらず、力不足と判断された年には合格者が一人もいない事もあるらしい。その為王都の騎士団員は実力のある者ばかりだと、街の者達から羨望の眼差しが向けられている。
その試験を合格したレインは、この機に親元を出て騎士団寮へと入った。そして隣の部屋に来たギルノルトと食事や任務で顔を合わせる内、入団から1年経った今では互いに親友と呼べるほどに親しくなっていたのである。
「いやーそれにしても、マジでビビったわ……」
昼休憩に引き上げながら、ギルノルトはレインと並んで歩きつつポツリと零す。
「まぁ、あれが当たっていれば、ギルノルトの腹にグッサリと刺さっていただろうなぁ」
レインはわざと、ニヤリと口角を上げてそう告げる。
「おいおいレイン……想像しちまっただろうが……」
ブルルと体を震わせるギルノルトに、レインは目を細めた。
これが1度目の時に確認できていたため予測して動く事が出来たが、1度目で起こった事を知らぬまま2度目に何かあっても、それはレインにもどうする事も出来ない。
だから1度目の日にはなるべく情報を拾い、2度目に少しでも手助けできる事がないかと、毎回注意している。
1度目の日と2度目の日がレインが手を貸す事で出来事が変わったとしても、それは1日の中での出来事であり、“歴史をかえる”という事にはならないはずだと、勝手な解釈をしている。
わざわざ自分で時間を巻き戻して出来事を修正している訳ではないのだし、それにレインには2度ある日でも皆には1日として認識されるのだから。
自分が知る範囲での事故や事件は、出来るだけ未然に防ぎたいと、レインはそう考える。
もし川でおぼれている人がいれば、それは助けるのが当たり前であるし、何事もない事が一番幸せだとそう思っているレインだった。
今日はたまたま、身近で起こった事だったため上手くかわす事が出来たが、いつもそうとは限らないし、レインの見えない所で起きている事は手助けできないのだ。
こうして日々自分の出来る範囲で、人は生きているのだから……。
騎士団の食堂についたレインとギルノルトは、トレイを持って配膳の列に並ぶ。
レインの記憶ではギルノルトが負傷した事で騎士団は大変な騒ぎとなり、食堂で食べる者もいなかったはずだ。
さて、今日のメニューは何であろうかと考えながら、自分達の番になる。
「レインさん、ギルノルトさん、今日は“ビッグボア”のステーキだよ。いっぱい食べてちょうだい」
厨房の女性“サマンサ”は、真っ白なエプロンを掛け、テキパキとカウンターへ料理を乗せながら、2人へ声を掛ける。
サマンサは長年騎士団の食堂で働く厨房長で、ふくよかな体に笑いジワを浮かべ、いつも皆の健康に気を配ってくれる騎士団の母親的な存在でもある。
「やった、ビッグボアだ!」
隣でギルノルトがはしゃいでいるのを横目に、レインも料理の乗った皿をトレイに乗せていく。
ビッグボアは、猪に似た魔物であるが猪よりも柔らかく、食材として人気の魔物だ。
そして大きな肉が乗った皿を手に取ると、レインはサマンサへ声を掛ける。
「いつも旨い料理を、ありがとうございます」
レインはまだ17歳の食べ盛りだ。
サマンサがレインの言葉を受けて、更に笑みを広げる。
「レインさんも、ギルノルトさんも、体を作らなくちゃね。私が皆の体を預かっている様なものだから、沢山食べてもらう為にこれからも美味しい料理を作るわよ」
「よろしくお願いしますね、サマンサさん!」
ギルノルトが元気よく返事をして、2人は配膳の列から外れ空いている席へと座った。
この食堂は、国に仕える黒騎士団専用の食堂で、城内の他の食堂よりも量が多く味も濃い。
ここを利用するその黒騎士団には第一と第二があって、第一騎士団は街から外へ出る事が多く、魔物の討伐を中心とした活動。第二騎士団は王都を中心とした警護を行い、街の人々の日々の暮らしを護っている。
第一も第二も、黒一色の立て爪襟のついた制服であるが、胸部にある刺繡だけが違っており、第一は“黄金の鷲”で第二は“白銀の狼”となっている。
黄金の鷲は、“遠くまで駆け付ける”事を意味し、白銀の狼は“素早く駆け付ける”という意味があると聞いた。
レインとギルノルトは白銀の狼を胸に、早速ビッグボアの肉へとかぶり付くと、大満足の昼食をとったのだった。