24. 苦い結末
その日からマルセルは護衛対象となり、街の警戒にあたる班の人員が交代で見張りについた。
出かける時も当然、少し距離を取って付いて行く。
マルセルからすれば四六時中見張られている為に気が滅入るだろうが、そうも言ってはいられないのだと諦めているらしい。しかしそのせいで製作が進まずに頭を抱えているのは、もしかすると犯人の思うつぼなのかも知れなかった。
しかしそうは言って、も犯人はすぐに見付かったのであった。
「レイン、見つけたらしいぞ?」
「本当か?」
今日レッド班は修練の日で、レインにとっても1度目だ。
そして午後の走り込みを終え一息ついたところで、ギルノルトがそんな話を持ってきたのである。
「いつ見付かったんだ?」
「昨日の夜、夜勤のグリーン班が見つけたらしい。飲み屋の前に似た男が居て声を掛けたら、慌てて逃げようとしたんだと。でも酔っぱらってたらしくてすっころんで、すぐに取り押さえたそうだ」
「どんくさ…」
「ほんとだよな。それで一晩留置所に放り込んで、酔いがさめた今朝から事情聴取を始めたって」
「それで、そいつが犯人だったのか?」
「最初は知らぬ存ぜぬだったらしいが、縄に細工した者も耳に同じピアスを付けていたと言えば、騒ぎ出したらしい」
「騒ぎ出した?」
「“俺は見られる様なヘマはしていない。ちゃんと人が見てない事を確認したんだ”って言ってな。クックック」
「あ~。それはもう自白だな…」
「そういう事」
まだ笑っているギルノルトに、レインは真面目な視線を向けた。
レインが見た男は後姿だったが、最後に辺りを見回した時に耳に付けているピアスが見えた。ただの金色のピアスだが、男でピアスを付けている者は珍しいのである。髪色などと耳のピアスだけでも、ある程度の特定はできたのだろう。そしてその男が素直に雇い主の事を話せば、後はそいつを捕まえるだけとなる。
「それで?」
「結局は、人に頼まれて縄を切っただけだと主張している」
「雇い主の事は吐いたのか?」
「いいや、それはこれからだ」
「そうか……」
向こうでムルガノフ副団長と話しているデントス班長がレインを見ている事に気付き、ギルノルトに情報を伝えてくれたのがデントス班長だったのかと、レインは目礼をして感謝を伝えた。
それに笑みで返したデントス班長が、ムルガノフ副団長と連れ立って騎士団棟へと向かって行った。
「おーい! これからは自主練に入れって!」
ムルガノフ副団長から伝言を預かったヒュース先輩が、まだ息も荒い新人たちに向けて声を掛ける。
「「「了解しました!」」」
声を揃えて返事をするもののどこかホッとした様な新人たちに、レインとギルノルトは顔を見合わせて苦笑を零す。ムルガノフ副団長とデントス班長が席を外したからといって、他の先輩方も甘くはない事は、これから十分身に染みてわかる事である。
こうして実行犯を捕まえて辿った真犯人はこの数日後に捕まる事となるが、この時のレイン達にはまだ知らぬ事なのであった。
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その後、マルセルを狙った犯人が捕まって数日、レインはデントス班長に連れられて再びマルセル工房に顔をだしていた。
「わざわざすまねえな。連絡は数日前に受けていたし、見張りも居なくなってホッとしてたところだ」
「マルセル、見張りではなく護衛だろう?」
「んあ? 四六時中家の前に立たれてたんで、あれでは儂を見張っていたようにしか見えなかったがな」
「護衛とはそういうものだ。諦めてくれ」
互いに苦笑し合うマルセルとデントスに、デントスの隣に座るレインが手元のカップに視線を向ける。
今日はマルセルへ、最終報告のために訪れている。
レインはデントス班長のお供で来ただけであり、レイン自身はまだマルセルと親しい訳でもない為、2人のやり取りを見守っているだけである。
前回は立ち話だったが、今日は接客室のテーブルに案内されてお茶も出してもらっていた。
「それで捕まった奴は、知っている奴だったんだって?」
「ああ…残念なことに、顔を知っている同業者だった」
は~と息を吐き出して眉根を寄せるマルセルに、デントスが苦笑を浮かべて口を開く。
「今度の展示会で入賞したかったから、マルセルが怪我をするように仕向けたらしいな」
「別に展示会くらいじゃ、一気に客が増える訳でもねえってのによぉ」
「マルセルは、いつも入賞しているんだろう?」
「まあな。儂は長い事この仕事に就いているし、それなりに経験も積んでいるからな」
「犯人はまだ30代だってな」
「ああ…これからだって時に、何してやがるんだってぇ話よ。儂の歳になるまで後20年修行すりゃ、いいだけのはなしなんだがなぁ」
ボリボリと頭を掻いてため息をつくマルセル。
この材木店の件は、再来週に開催される革職人の展示会で自分が優位に立とうとした者の犯行だったのだ。
前回まで数回参加していた犯人は、毎回マルセルが入賞しているために自分が目立たないのだと考えて、犯行に及んだらしい。ただし殺すつもりは毛頭なく、ちょっと手を怪我して、展示会に参加できなくする為だったという話である。しかもその男はこの街の住人ではなく、展示会が開催される街に住んでいる男で、わざわざ実行してくれる者を探しに、この街までやってきていたらしい。
その情熱を作品に向ければ良かったのに、と思わなくもないレインであった。
「取り敢えずは言われた通り、その展示会までに片付けたぞ?」
デントスは、最初にここに来た時に言われた事を告げる。
「まぁ…それは助かったが。だが儂はもう今回の展示会には出ないことにした」
「そうなのか?」
「だってよぉ、気分が悪いだろう? 作品は心持ち一つで良くも悪くもなるもんだ。こんな事があって、儂は怪我一つしなかったが、向こうは謹慎くらっちまったしな。儂も暫くはここで大人しくしているさ」
犯人が分かってからマルセルにそいつをどうしたいか尋ねたのだが、マルセルは自分には怪我もないし店に迷惑をかけた位だから、穏便に済ませて欲しいと言っていたのだ。
当事者の願いもあり、今回の件は犯人が半年間自粛するという事で済まされていた。
最終的には職人ギルドが下した判断だが、本人も反省している為、実刑ではなく謹慎という処置になったとレインは聞いている。
「そうか…それは残念だったな」
「まあいいさ。若い芽が育ってくれりゃ、儂ももう少し頑張れるってもんだ」
少しだけしんみりとした雰囲気になったところで、マルセルがカップのお茶を飲み干した。
「もう一杯、どうだ?」
「いいや、俺はもう結構だ。レインはもらうか?」
「いえ、俺も大丈夫です」
「そうか」
そう言って座り直したマルセルが、レインがいた事を今更気付いた様に視線を向けた。
「そういや、名前は何だったか?」
「…レイン・クレイトンです…」
前回と今回、ちゃんと名を言っているはずが全く聞いていなかったらしいとレインは苦笑した。
「レインか。デントスの下についているのか?」
「はい」
「デントスは、人使いが荒いだろう?」
「おい、マルセル…」
慌てて止めるデントスを視界に入れ、レインは否定して首を振った。
「いいえ。決して人使いが荒い事はありません。デントス班長は、その人に出来ない事は言いません」
「おお? 言ってくれるねぇ。だってよ?」
マルセルがデントスに視線を向ければ、ムググと照れたように渋面を作るデントスである。
「ってえ事は儂も出来ると思われて、無理難題を言ってくる訳だな?」
「無理難題とは聞き捨てならないぞ?」
「そいじゃあ、無茶な注文って事にしておいてやる」
「………」
この2人はそれなりに付き合いが長いらしく、小物に拘りのあるデントスが毎回自分の理想の品を作ってくれと依頼しているようだった。
それはマルセルが作る製品の品質を気に入っているデントスと、その注文を面白そうだと言って作っているマルセル、この2人の間でのみ成立している気安いやり取りあると言えた。
和やかに過ぎた時間は、思いのほか雑談をしに来た感じにはなってしまった。だがわざわざ日を改めてデントスが報告に来た事で、マルセルも気持ちに一区切りついたことだろうとレインは思った。
こうしてレインが見た出来事は、最悪の事態を免れて幕を閉じたのであった。