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23. 話をするほど

「ここだ」

 一軒の家の前で立ち止まったデントス。


 そこは王都の北東地区にあたり、周辺は職人たちが多く住む地区だ。

 そしてデントスが見ている目の前の建物は、工房というよりも普通の民家の様な佇まいで、小さな煙突が2つ付いた広い平屋の赤い屋根がアーチを描く可愛らしい建物である。

 そしてよく見れば扉の脇に、“マルセル工房”と革で出来た表札が掲げてあった。


「いい線いってるが、少し渋いなぁ」

 トラスがその建物の感想を言ったらしいが、レインには全く意味が分からない。

「ユアンにはそう見えるのか」

 と、その言葉にデントスが苦笑している。


 そこでキョトンとしているレインを振り返って、デントスが説明をする。

「ユアンはこう見えて、可愛いものが好きなんだ。だからこれ位の物では“渋い”という感想になるらしい」

「…あ、はい…」

 初めて知ったトラスの趣味に何と答えて良いのか分からず、取り敢えず頷くに留めるレインである。


「どうせなら、もう少し淡い色で…こうもっとフォルムを丸くだなぁ…」

 と隣で手振りを交えて呟いているトラスをそのままに、デントスはレインを促してその扉の前に進み出た。


 コンッ コンッ コンッ

「マルセル、いるか?」


 デントスが声を掛ければ、少し経って中から声が聴こえた。

「開いてるぞ!」


 デントスはその声に、レインと、まだ一人でぶつくさ言っているトラスを促して中に入って行った。


「邪魔するぞ」

「ああ、デントスか。今日はどうした? 何か依頼を受けていたっけか? んん? 今日はまた大人数だなぁ…」


 入ってすぐ脇にある部屋から、レインが見た男性が驚いた表情で歩いてきた。

 男性が出てきた部屋に仕切り戸はなく、見本の商品が並んでいるこの部屋と奥の部屋が続き部屋になっている。客が来た際に出入りがし易いようにという意図が見えて、その奥が作業部屋なのだろうと想像するレインだった。


 そこで振り返ったデントスに、レインは深く首肯した。

「いいや、依頼は出してない。今日は別件で訪ねてきたんだ」

「別件?」


 デントスが話している隣へ、表情を引き締めたトラスが並んだ。急に仕事モードに入ったらしい。


「昨日の件、と言えば分かるか? ああ、先に紹介しておこう。こちらは第二騎士団の、ユアン・トラスとレイン・クレイトンだ」

 と、ついでに紹介されたトラスとレインはそこで軽く頭を下げた。


「俺は革職人のクリード・マルセルだ。ああ、後ろの奴はあの時の奴か…じゃあ昨日の事故の目撃者を探しているって事か? 儂はたまたま通りかかっただけで、何も知らんぞ?」

 そう言って困ったように頭を掻くマルセルに、デントスは渋い顔で返す。

「目撃者の事ではないんだ。マルセルは、誰かに妬まれる心当たりはないか?」


「おいおいおい…いきなりかぁ?」

 その問いは唐突過ぎて、呆れた表情をするマルセルと目を瞬くレインである。

「ハラサ、流石にもう少し説明してやれよ…」

 隣のトラスでさえ、ヤレヤレと言わんばかりに額に手を添えて呟いた。


「そうか、悪かったな。では初めから説明する」


 そしてデントスが話し始めれば、みるみるマルセルの表情が曇って行く。

「それじゃなにかい? あの事故は俺を狙った可能性があるって事か?」

「まだ確証はないが、その可能性があるからここに来た」

「チッ」


 デントスに舌打ちで返すマルセルは、部屋の隅にある接客用の椅子にドスンと座った。

 ここまで立ち話をしていた為、疲れたのかも知れない。


「心当たり、ねぇ……」


 俯いて頭を抱えるマルセルを3人が静かに見守る中、そうして暫しの沈黙を経てマルセルが顔を上げた。


「心当たりはねぇが、儂は革職人の中でも腕は断トツだと自負している」

「まぁ、それは否定しない」

 マルセルの言葉に、首を傾げながらも頷くデントス。


「自慢話かぁ?」

 そこでトラスが呆れたように問えば、ニヤリと笑みを作るマルセルが意地悪そうに言う。

「そう聞こえるか? 儂は真実を言ったまでだぞ? だがその事で、妬んでいる奴もいるかも知れねえって話だよ」

 そう聞けば、「あぁなるほど」と3人は頷いた。


「まぁ正直、儂にはそれくらいしか思い当たらねえなぁ」

「その線という事もある、か…」

 と考え込むデントスの隣で、トラスがひとつ手を打ってからマルセルに視線を向けた。

「そう言えば、肝心な事を聞き忘れてたわ。その職人仲間に、こういう人物はいるか?」


 それからトラスがレインが見た男の特徴を伝えれば、マルセルは考え込むように腕を組んで目を瞑る。

「「「………」」」

 それを見守る事暫し、漸く目を開いたマルセルがデントスに端的に告げた。


「いねぇな」


 その言葉は、レインが考えていた事と真逆の答えだった。

 レインが後から思い出した事を含めれば、すぐに思い当たるはずだとレインは考えていたが甘かったらしい。


「あぁ、似たような奴ならばいるぞ? だが最後に付け加えた特徴に当てはまる奴はいねえってぇ話だ」

「そういう事か…」

 デントスもそう言う辺り、レインと同じことを考えていたのだろうと思うレインだった。


「それじゃあ、職人仲間の筋は薄いって事だな。妬まれる程じゃなくて、良かったな」

 先程のお返しだと言わんばかりに、トラスが口角を上げてマルセルに言う。

「けっ、言ってくれるねぇ。だがそれは筋違いの解釈だぞ? 俺の仲間にゃ人を妬む程、低俗な奴がいないって事だ」

「……そう、かも知れない…な」


 むぐぐと口元を曲げ、悔しそうに言うトラス。

 なぜかトラスとマルセルが変に競っているが、多分それだけ気が合う2人なのだろうとレインは考えていたのである。


「わかった。時間を取らせて悪かったな、マルセル」

 あらかた話を聞き終わった事で、デントスが切り上げようと話題を変えた。


「いや、いいって事よ。そもそも俺が狙われたのかも知れないなら、それを伝えてくれただけでもこっちは助かるってもんだ」

「ああ、今後は周りに気を付けて欲しい。特に何かが落ちてくる場所や高い場所には、近付かない方が良いだろう」

「高い場所もか?」

「そうだ。突き落とされる可能性もあるからな」

「チッ」


 とまた舌打ちが聴こえてきて、レインはこっそり苦笑するのだった。


「近々革職人を集めた展示会があってな。それに出ない訳にも行かないからなぁ…まぁ気を付けておく」

「それは王都で、か?」

「いいや、別の街だ。それの追い込みで、今職人たちは忙しいはずだぞ?」


「…話をすればするほど、マルセルを狙った犯行にしか思えないのだが…」

「俺もそう思う…」


 暫しの沈黙の間、眉間にシワを寄せる班長と驚愕するマルセルをレインは黙って見守っていた。


「そう言えばあの時間、マルセルが外に出る事を知っている奴はいたのか?」

 トラスが顔を上げ、マルセルを見る。


「誰が知っているかどうかは知らねえが、儂はいつもあの時間には昼飯を買いに出かけているな。朝から作業をしてると、どうしても集中が途切れる。あの時間は頭をリセットする為にも、毎日買い出しに出ているぞ? 今日も、もう少しで出るところだった」

「…では、その行動を知っている者の可能性はあるな」

「だな」


 デントスとトラスは顔を見合わせて頷きあった。


「現時点で、マルセルを狙ったものと考えるのが筋のようだな。犯人が今回失敗したと知り、マルセルはまた狙われる可能性もある。この件が片付くまで団員を警備につけるが、余り出歩くなよ」

「チッ」

 舌打ちで返すマルセルだが、これは仕方がない事だと諦めたらしく反論はなかった。


「……早く終わらせてくれ。展示会は来月だ」

「わかった。急ぎ対応する」

「頼むぞ」


 マルセルとの会話を終わらせ、デントスはレインを振り返る。

「レイン、後で交代要員を送るが、今からレインは家の外で見張りをしてくれ」

「了解しました」


 そうして小一時間程を工房で過ごした3人は、家を出てすぐに足を止めた。

「俺達は戻るが、頼んだぞ」

「頼むぞレイン」

「はい」


 こうして班長2人を見送ったレインはマルセル工房が見える小径に入り、不審者はいないかと家の前で警戒に当たる事になったのだった。


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