22. 二人の班長
コンッコンッ
「デントス班長、トラス班長、時間ですから朝礼をお願いします」
と、扉の外から声がかかる。
「おう、今行くわ」
「わかった、ウイリー」
間を置かずして2人の班長は、その声の主に返事を伝える。
それが誰かと確認するまでもなく、ウイリーはいつも時間キッチリに班長を呼びにくるらしい。こんな所まで細かいなと、苦笑を浮かべるレインである。
レインが班長室を出たのは、皆が集合して朝礼の時間になってからだった。
ギルノルトと詰所に着いたのが1時間ほど前であるから、班長室でその間、事情聴取を受けていた計算になる。
こうして朝礼の時間になって控室へと先に戻ったレインに、すかさずギルノルトが近付いてきた。
「結構かかったな」
「ああ。再度、詳細を報告していたからな」
「そうだろうな。で、他にも何か気が付いたのか?」
流石ギルノルトだ。レインの表情で何かあったと気付いたのだろう。
頷き返したレインが話そうとしたところで、班長2人が姿を現わした為、レイン達はそこで口を閉ざして背筋を伸ばす。
そして話し始めたのはデントス班長だ。
「待たせて悪かったな。皆おはよう」
「「「おはようございます!」」」
デントスの挨拶に、一同揃って声を出す。
「今日はグリーン班とレッド班が合同で街の巡回に当たる日だ。そのグリーン班には既に伝わっていると思うが、昨日の事故の件で関わっている可能性のある人物も、本日の巡回中に調査して欲しい。見掛けた場合は身元確認をしたのち直ちに報告するように」
「「「はい!」」」
それから続けて話し出したのはトラスで、その男の詳細と先程レインが新たに伝えた特徴を話していった。
その情報でザワザワと耳打ちし合う団員達に、トラスが静まれと手を上げる。
「新たに目印も増えた。怪しいと思う者にはそれとなく確認して欲しい」
「「「はい!」」」
そして一同を見渡した後、トラスがレインに視線を止めた。
「レイン」
「はい!」
「レインは俺達と材木店だ。一緒に来てくれ」
「はい!」
こうしてレッド班とグリーン班はこの後、街の巡回の為に街へと散らばって行ったのである。
ザクッザクッとブーツで踏みしめる道が音を立てながら、デントスとトラス、そしてレインの3人は昨日の材木店に向かっていた。
本来ならば班長2人は詰所で控えているのだが、今回は直接店主に話を聞くために自ら出てきたらしいと、班長2人の後ろをついて行きながらレインは思考に沈んで行く。
これから再び店主に話を聞くとは言うが、あの店主は事後状況しか知らないはずだ。それに昨日ヒュースが確認したところでは、「自分の店に恨みを持つ者などいない」とも言っていたらしいから、店に対する怨恨の線は低いのかも知れない。
とすれば、後は被害者になるはずだった男性の事が気にかかる。
その男性にもレインが見た男の事を確認して心当たりを尋ねたいが、その男性の身元も分かっていないのだ。ではこちらも急いで探さねばならないと思い至り、レインは前にいる2人に声を掛ける。
「あの、班長」
「「なんだ?」」
振り返るのは呼びかけたつもりのデントスと、もう一人の班長トラスだ。
二人とも班長であり呼び方を間違えた事に気付くも、そこはどうでも良いとレインは気持ちを切り替えた。
「昨日材木が倒れる際、寸前まで近付いた通行人がいたのですが、俺は今日、そちらの人物を探そうかと思います」
「レインは何でその人物が気にかかるんだ? そいつは怪我もなかったんだろう?」
レインの言葉に、トラスが聞き返した。
「ええ、そうなんですが…。俺とギルノルトが材木を押さえていなければ、確実にその人物に当たっていたとも考えられるんです。俺の思い過ごしかもしれませんが、もしかするとその人物を故意に狙ったのかもと…。だからそちらの安全確認も念のためにした方が良いのでは、と考えました」
歩く速度を緩め、2人の間に一歩下がって歩くレインをデントスが振り返る。
「そういう事もありうるな。レインはその人物を覚えているのか?」
「はい。その男性の年齢は50代位で身長は160cmほど。深緑の髪で赤茶色の眼、昨日は革のベストに赤いゆとりのあるズボンを履いていました。その恰好から、俺は何かの職人ではと思います」
ハッキリと言い切るレインに、トラスが片眉を上げる。
「こちらは随分と詳細に覚えているんだな…」
それは、この男性を2度見ていた事が理由だ。一度目では材木に埋もれた為に服装くらいしか記憶していなかったものの、2度目にその人物はレイン達の目の前まで来ていた為、顔も身長も詳細に覚える事が出来たのだ。
「…はい。近くに居たので、“離れろ”と俺が声をかけた時に顔を見たんです」
「そうか」
トラスはそれで納得してくれたらしく、レインはふぅっと小さく息を吐く。
「ああ、それはクリード・マルセルかも知れないな…」
そこで、レインの説明を黙って聞いていたデントスが声を発した。
「ん? ハラサは知っているのか?」
「まあな。マルセルは革職人で、俺は個人的にこれを作ってもらっているんだ」
そう言ってデントスが見せたのは、腰から取り外したナイフのケースだった。
「おお、良いものだな」
「だろう?」
と、トラスが言えばデントスが目を細めて破顔した。
「俺も作ってもらいたいなぁ。革であれば何でも出来るのか?」
「ああ、大体の物は作ってくれる。その代わり、マルセルは頑固だぞ?」
なにやらレインを置き去りにデントスとトラスが話を始めてしまい、レインは少し下がって二人について行ったのである。
ともあれ、レインが探している男性は多分そのクリード・マルセルであろう事がわかった為、レインは材木店に行った後、その人物を尋ねようと考えながら進んで行くのだった。
その後材木店で店主に直接話を聞くも、昨日ヒュースが聞いた事と同じ内容しか返ってこず、これはいよいよ店を狙ったものではないのでは、という話にもなる。
「あれは、店主が嘘を言っている様にも聞こえなかったなぁ」
材木店を出てから道の脇に寄って早々、トラスが口を開いた。
「はい。俺も店員に聞いてみましたが、仲違いして辞めた従業員もいないようです」
「という事は、あの店はただ利用されただけという可能性が高いのか…」
レインに続いて話すデントスの手には、店から回収した物があった。
昨日はまだ店が混乱していた為、切られたであろう縄は今日証拠として回収する話になっていたらしい。その事もあって、わざわざ班長がここを訪れた様でもあった。
そして今、その手には明らかに刃物で切られた縄が握られているのだった。
「これは刃物だなぁ、確実に…」
「ああ、確かにな……」
班長の2人が顔を突き合わせて眉間にシワを寄せている姿は、中々に迫力がある。
普段柔和なデントスと笑みを作る事が多いトラスがそんな表情をすれば、余計にその深刻さが浮き彫りにされるようだった。
「という事はやはりレインが言う通り、早急にマルセルの所へ行った方が良さそうだな…」
「そうらしいな」
デントスとトラスは、そう言ってレインを振り返る。
「これからマルセルの所に行く。このままレインも同行してくれ」
「承知しました」
デントスの言に、もとよりそのつもりであったレインは即座に返答する。
こうして一度目にたまたま目にした不幸な事故であったものは、レインが思いもせぬ方向に進んで行く事になったのだった。