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20. 合言葉は

「というか、一度見ていたなら、あの男の事も何か分かっているのか?」


 ギルノルトの問いは至極当然なものだ。

 レインの今が2度目であるのならば、わかっていると思っても不思議ではない。


「いいや。そこは一度目とは違っていて、俺が気にしているのはそこなんだ。俺が一度目に見たのは材木が倒れた後からだった。それが今回は少し早目に着いたお陰で例の男を目撃した。だからあの男の事は、俺も知らない事だった」

「………」


 ギルノルトの沈黙は、レインにも理解できる。話としては分かるが、理解が追い付かないのだろう。

 先程までの話では、ある意味“予知”と言えなくもない。しかしレインが一度目と違う行動を取れば、そこから出来事が変わる可能性もあると、ギルノルトも気付いたらしい。


「そういう事もありうるか…」

「ああ。俺が一度目と違う行動を取れば、多少なりとも道筋が変わるはずだ。怪我をした者が怪我をしなかった事で、それからの出来事も変わるように…」

 言うなれば、レインの起こす行動は人の運命を変えてしまっている行為であり、レインは自分で言っていて心苦しくなった。


「そこは気にしたら何もできないぞ? レインは別に、人に危害を加える為に変えている訳じゃないんだろう?」

 眉根を寄せるレインに、ギルノルトは明るい声で話しかける。

「ああ、それは勿論そうだが…」

「じゃあ、だったらそこは考えても仕方がないだろ? 怪我をするはずだった者がもしそれを知れば、“ありがとう”と感謝しこそすれ、助けた事を非難する者はいないはずだと俺は思う」

「………」


 レインはその言葉に少々面食らう。こうして初めて他人に打ち明けるユニークスキルの事を、ギルノルトがここまで親身になって聞いてくれるとは思っていなかったのだ。

 それはある意味嬉しい誤算で、レインは強張っていた体から力が抜けてくようだった。


「やっぱりギルノルトには、話して良かったよ」

「そうだろう? 俺は頼れる漢だろう?」

 ニヤリと口角を上げるギルノルトに、いつもならばレインも茶化すところではあるが…。

「ああ。ギルを頼りにしている」

「おっ、おお…」

 戸惑った様なそれでいて照れたように頭を掻くギルノルトに、レインはそこで爆弾を落とした。


「…ギルノルトも一度、大怪我をするところだったしな」

「はあぁ?」

 目を丸くしてあんぐりと口を開けたギルノルト。だが、何かに思い当たったのか、一気に眉間にシワが寄った。


「おい、もしかして…あの時か?」

「…ああ」

「それじゃあ、一度目の俺はどうなったんだ?」


 ギルノルトも思い当たったらしい演習場での一件は、先程までの話の中で、レインは敢えて触れていなかったのだ。もし自分が一度死にかけていると伝えれば、余り良い気持ちはしないだろうと思っての事である。

 だが今のやり取りを経て、ギルノルトはレインに理解を示してくれた。その為、過去の出来事として話したレインである。


「一度目のギルは、腹に剣が刺さって重症を負った。その時の俺はまだ演習場で剣を振っていて、騒ぎに気付いてそれを見たんだ…」

「そうか。だからレインはそれをわかっていて、使わない盾をわざわざ持ってきていたんだな?」

「まぁ、そういう事だな…」


 その話を聞いたギルノルトの顔が、苦渋に歪んだ。先程のギルノルトの言葉を借りれば“感謝しこそすれ”とは言っていたものの、それは他人事での話しだったのだろう。ギルノルトは、その表情を隠すかのように顔を伏せてしまった。


(やはり自分が死にかけたとは、聞きたくなかったよな…)

 レインの視線も次第に下がって行く。


 そして気まずい沈黙を破り先に口を開いたのは、俯いていたギルノルトだ。


「あ~ちょっと処理が追い付かないが…。レインは、人の命を救っておいてよく今まで黙っていられたな? 俺だったら真っ先に本人に言いそうな事だ。“俺はお前の命の恩人だぞ”ってな?」


 レインの肩に手を置いて泣きそうな顔をするギルノルトに、レインは目を見開いた。

「ギル…?」

 ギルノルトの真意がわからず、戸惑うレイン。


「……ありがとう……」


 そう言ってレインの両肩に手を添え、ギルノルトは深々と頭を下げた。


「いやいやちょっと、ギルは大げさだって。それにもうあの時、昼飯というお礼は受け取ったんだし…な?」

 ギルノルトのここまで真剣な様子を見た事がないという程、ギルノルトは肩を震わせながらレインへ頭を下げていた。


「ギル……」

 ギルノルトを暫くそのままに、レインは視線を外して天井を見上げた。先程とは真逆の意味で、レインはギルノルトから視線を外す。



「悪い……。少し取り乱したわ」

 それから少しして身を起こしたギルノルトの目は赤く染まっており、ごまかす為か潤んだ目を擦ってぎこちない笑みを浮かべた。


「ギル…黙ってて、ごめん」

「あ~、そういう意味じゃないから謝んな。レインはすげぇなって、感謝すると同時にちょっと感動したんだ…」

「凄い…?」

 レインがギルノルトの言葉に首を傾ける。


「ああ。さっきからの話しを聞いてれば、レインは弟を事故で失った事でそのユニークスキルが発動した訳だろう?」

「そう、だな…?」

 レインはキョトンとした顔のまま、ギルノルトの言葉を待つ。


「それからのレインは毎日、身の回りで起こる事故を防いできた事になる」

「しかしそうは言っても、サニーの様な事は滅多にないぞ?」

「解ってるって。そんな大きな出来事じゃなくても、一度目に起こった事を吟味して、“変えた方が良い”と思えば力を貸して来たんだろう?」

「まぁ…そんな感じ?」


「はぁ~」

 そこでギルノルトが盛大にため息を吐き、レインはビクリと肩を揺らす。


「それが凄い事だとわかってないのは、レインだけだっていう事だぞ?」

 思いも寄らぬ言葉に、レインは目を瞬かせる。

「んん~。そうか?」

「そ・う・だ!」

 言い含めるように言ったギルノルトに、レインは苦する。


「まず一つ目。そんなスキルがあったら、普通は自分の利益の為に使うだろう」

「ああ、そういう使い方も出来るんだな…」

「って呑気な事を…。まあ良い、それから二つ目。レインは自分一人だけで、それをやってきたという事」

「それはだって…」

「あぁ解ってるって。ユニークスキルは、人にホイホイと話す事でもないから、だな?」

「……おう」

「それから三つ目」

「まだあるのか?」

「まだある」

 レインは話し続けるギルノルトに肩を竦め、そんなレインにギルノルトは呆れた目を向けた。


「三つ目だ。レインは自分の身を投げうってでも、その出来事を回避しようとしている…」

「だってそうするしかないだろう? 俺以外は知らないんだし。ああでも、今回ギルには手伝ってもらったけどな?」

「今日の事は流石に一人では防ぎようもなかっただろうから、俺を誘ったのは正解だと思う。ただ他の件は、レインは一人で何とかしようとして…」

「……」

「まあ、ウォルターの事は本人を鼓舞して凌がせる方法を取ったらしいが、その後もグストルを庇った」

「グストルの方は俺も知らない事だったけど、援護に向かうのは当然だろう?」

「まあ、それでもな。そしてモックス商会は…」

「俺の認識不足で、体調不良になった…」


 いい加減バツが悪くなったレインが額に手を添えるも、そこでひとつ思い出して今度はギルノルトの肩をレインが掴む。


「そうだった。ギルにお礼を言いそびれていたんだ」

「お礼?」

「ああ、今ならもう言える。俺が風邪を引いた時、一度目のギルが助言をくれたお陰で、翌日の任務を無事に熟せたんだ。そうでなければ今頃俺は、もしかすると騎士団に居なかったかも知れない。ありがとう…」


 そんなレインの言葉に、ギルノルトが怪訝な表情で見つめ返した。

「は…? 風邪を引いたくらいで、騎士団を辞めていたって事か?」

「まさか! 風邪くらいでは辞めないって。そうじゃなくて、俺は一度目に、多分大怪我をしていたはずなんだ…」

 と、レインはギルノルトのお陰で回避できた事柄を、改めて説明していった。



「ったくレインは…。そういうところが案外抜けてるからな。だからその時の俺も、気にしていたんだろう」

「そうかもな…。だから、ありがとう」

「そうかもな、じゃないぞ? 礼はいいから、これからはもっと気を付けてくれよ…」

「…わかった…」


 最後にはお説教になってしまったギルノルトだったが、こうして色々と話せたレインは、それだけで重荷が取れたように心が軽くなっていた。


「それで、今日は2度目だったよな?」

「ああ」

「という事は、明日は1度目か…。俺にはその日のレインが、1度目か2度目かがわからないなぁ…」

「そうだよな。これからはギルノルトにも少し手伝ってもらいたいとも思ってるから、それだと不便だな」


 それは2人が朝顔を合わせた時に、「今日は1度目だ」と言えば済む事だろう。

 だがいつも誰かが近くにいる為、「今日は1度目だ」と口にするのは得策ではない気がする。それにその事を確認するのは、違うタイミングという可能性もある。


「それじゃ、合言葉を決めるか?」

 とギルノルトが手を打った。

「合言葉か。…“いち”とか“に”とか?」

「おい、それじゃ皆に聞かれたら意味がわかるだろう…」

「でも番号くらいなら、聞かれても大丈夫じゃないか?」

「そうかも知れないけど、折角だからもうちょっと捻ろうぜ?」

「じゃあ、ギルは何がいいんだ?」


 ギルは、どうせなら“合言葉”を格好良いものにしたいらしい。しかしそう言ったギルノルト自身も、すぐには思いつかないようだった。


 そうして考えること暫し、ギルノルトがポツリと言った。

「一度目は、影を見付ける日か…」

「影?」

「影というのはイメージだな。影を落とす悪い出来事を見付ける為に動く日って事で、影」

「へぇ…じゃあ2度目は?」

「そうなると、それを回避して善行を行う日って事で、陽」

「日向って意味か?」

「ああ、イメージは日陰と日向って感じではどうだ?」

「いいけど、(シャドウ)(シャイン)だと聞き間違えないか?」

「…って、レインは何かないのか?」


 そう言われ、んん~と考えたレインは、取り敢えず思い付いた言葉を伝える。

「1度目は“ルーナ”、2度目は“ソール”でどうだ?」

「ん? 何で急にそんな言葉が出てきた?」

「ギルの話を聞いて、夜中と日中が思い浮かんだ。それって月と太陽だなと」

「ああ、それで(ルーナ)太陽(ソール)か。それなら何の事か気付かれる事もないかもな…」


 と熟考するギルノルトに、レインは苦笑するほかなかった。

 レインの目の前で本人よりもずっと真剣に考えてくれている親友(ギルノルト)に、レインは心の中で感謝を伝えた。


 こうして2人の間では、1度目を(ルーナ)、2度目を太陽(ソール)と決めたのでる。


昨日活動報告に、コメント欄についての事を書いてみました。

ご意見がございましたら、お寄せいただけると嬉しいです。

盛嵜 <(_ _)>

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