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17. 見えなかったもの

 レイン達は食堂で朝食を済ませると、レインとギルノルトは騎士棟の前で別れる。


「じゃあなレイン、楽しんでこいよ」

「ありがとう。さっきの件はよろしくな」


 軽く手を上げてから、それぞれが違う道を歩いて行く。

 ギルノルトは今日の任務先である街の詰所へと向かって行き、レインはまだ早朝という事もあり、一度部屋に戻るのだ。


 そして部屋に戻ったレインは、早速今日の行動をシミュレートしていく。

 これから少し経って部屋を出てからは、一度目と同じく実家に行く前にサニーに渡す贈り物を購入する。それから実家に向かう途中でギルノルトを呼んだ訳だが、一度目に起こった出来事にギルノルトにも間に合って欲しいとレインは思う。


 こうして何度かイメージを固めて時間を見計らうと、椅子に掛けておいたジャケットを手に取った。それに袖を通して「よし」と気合を入れ、部屋を出て行くのだった。



 レインの実家は、キュベレー南東の住宅街にある。

 丘の上にある城門を通過したレインは、そこから繋がる大通りを道なりに進んで賑わい始めた商店を横目に下ると、途中で方向を変えて西の道へと入って行った。


 歩く事しばし、大きな建物の前でレインが足を止めれば、店頭で掃除をしていた女性が声を掛けてきた。どうやら同じ時間に到着出来たようだと、ホッとするレインだった。


「あらレインさん、おはようございます。お困りごとかしら?」


 その声に視線を向ければ、顔見知りのミラ・モックスが立っていた。

「おはようございます、ミラさん。今日は買い物をしにきたのですけど…」

 レインが何か相談したい様だと察したミラは、心得たように頷き笑みを浮かべた。


 以前ユミィを助けた事から知り合いになったモックス商会とは、あれから良く話をするようになっていた。ニルスもユミィもレインに懐き、今ではこの一家とも気安い間柄になっている。


 そんなレインは店の入口に足を向け、店頭のミラに近付いて行く。


「今日は弟の就職祝いがあって、その時に渡す贈り物を買いに来ました」

「まぁ、おめでとうございます。弟さんも騎士団に入るのですか?」

「いえ、サニー…弟は俺と違って頭が良いので、文官になりました」

「あらあらっ、それは凄い事ですわね。おめでとうございます」

「ありがとうございます…」


 まるで自分が褒められたように照れながら、レインはミラに促されて店内に入って行くのだった。



 -----



 それから暫くして予定通りサニーの贈り物を購入したレインは、店を出ると、前回と同じ道を辿って進んで行った。


(少し早めに店を出られたな…)


 一度目の経験があった為に贈り物もすんなりと購入するに至り、前回よりも少しだけ早くその場所へ向かう事になった。

 途中、知り合いに声を掛けられるもそれを笑顔で躱しつつ、少し急く気持ちを抑えながら、レインは刻一刻と近付くその時に向かって歩みを進めていくのだった。



 そうして到着したところは西側から大通りを越えた東側の区画で、工房なども立ち並ぶ通りだ。一度目はこの道の先から南に向かおうとした為に、たまたまその出来事に遭遇したという訳である。


 レインは目的の場所から少し離れて脇道に逸れると、入った小径で踵を返してそっと顔を覗かせた。その出来事が起こるまでには少し時間がある。その時間を待つ為にこの小径に入ったのだ。

 ここは大通りよりも人通りが少ないとは言え、道に立ち止まったままでは明らかに不審者と間違われるだろうと思い、一応身を隠したのである。


 レインの視線の先には、1軒の材木店がある。

 その店の店内には材木の端切れや薪など一般向けに販売する物があり、通りに面した店頭には、大工職人や家具職人などに卸す為に乾燥させた長さ3m程の材木が幾つも立てかけてあり、それらを頑丈な太い縄で転倒防止の為に押さえてあった。


 前回はレインが丁度この辺りに来た時に、突然あの材木が通行人の上に倒れてしまったのだった。

 それを目撃したレインが慌てて駆け寄り倒れた材木をどかしていれば、大きな音とレインの声に気付いて出てきた店員たちが慌てて通行人を救出した。幸いその下敷きになった人の命は助かったものの、そんな事故があったせいで、この辺りは一時騒然となったのである。


(起こった事に気を取られて深くは考えなかったが、改めて見てみればあの縄がなぜ…)


 今日は風も穏やかで、頑丈そうな太い縄も早々切れる物には見えなかった。だが遠目に見れば“頑丈そう”であっても、もしかすると近くで見れば劣化しているのかも知れないな…。


 そんな風に考えたレインは、一度縄を傍で確認しようかと思い立って一歩足を踏み出した。だがその時、向こう側から歩いてきた一人の男性がその材木に近付き、その端で立ち止まったのである。

 パッと見れば、その男性はこれから買うつもりの材木を選んでいるようにも見えたであろうが、レインは少しの違和感に気付き、歩き出そうとした体を再び小径に滑り込ませて様子を窺った。


(なぜ刃物を持っている?)


 レインが気付いたその違和感とは、男性の手の中にキラリと光る物が見えた事だった。

 材木を買いにきたのであればその材木に触れるのは当然であるが、わざわざ材木に刃物を当てる必要はないはず。だが男が背を向けている為に、こちらからでは何をしているかまではうかがい知る事は出来ない。


(もしかすると、あいつが縄に細工をしたのか…?)


 結論を出すのは早計と思いつつ、それを否定する考えも浮かばない。

 レインの一度目は倒れた時に到着しており、この男を見ていなかった。その為、偶然の事故に遭遇したと思っていたのだが…。


 そうして考え込んだまま様子を見ていれば、その男性は周辺を2度3度と見渡してからその場から離れ、来た道を戻って行ってしまったのである。


 レインは男が見えなくなるまで待ってから、再び通りに出てそこへ向かう。だがその時、前回怪我をしたと思しき男性が、その場所に近付いてくる姿が見えたのだ。

 レインは怪我をした男性の顔は覚えていないが、服装は覚えている。革のベストに動き易そうな赤いズボンという装いだった為「何かの職人か?」と思い、印象に残っていたのだ。


(まずい!)


 レインはそこで駆け出して行く。


「おい、レインか?」

 丁度そこに聞き馴染みのある声が聴こえるも、振り返る余裕のないレインは走りながら言葉を返した。

「ギル!手伝ってくれ!」

「お?おう!」

 切羽詰まったレインの声に、声を掛けられたギルノルトは訳も分からずレインを追って走り出した。


 その店先に一早く到着したレインが男の立っていた材木の角に駆け寄ると、レインは材木を押さえている太い縄を両手を広げて強く掴む。


 ― ブチッ ―


 その時、丁度レインが掴んだ両手の間で縄が切れ、材木の重さで両腕を引っ張られたレインはたたらを踏む。


「ぐっ」

「おい!大丈夫か!」


 後ろから追いかけて来たギルノルトがレインの後ろから縄を掴み、レインとギルノルトの力で間一髪、材木が道に倒れる事を阻止したのだった。

 だがそこへ昨日通りかかった者が道の真ん中に立ち、こちらに視線を向けているのが見えて、レインは思わず大声を出す。


「危ないから離れろ! 離れて…くれ…ぐっ」


 只ならぬレインの様子に、近くにいた者達が足を止めてレイン達を遠巻きに見る。レインに言われた男性もその様子を目に留めて、慌てて離れて行ってくれた。

 だがその間にも素手で掴んだ縄が少しずつ滑り、じわじわとレインの手から離れて行こうとしている。それはギルノルトも同じであったらしく、今度はギルノルトが声を張った。


「材木が倒れるぞ! 皆、もっと離れるんだ!!」


 ギルノルトの声で、流石に店の中から店員がわらわらと出てくるなり、状況を理解して顔を青くして立ち尽くした。


「お前達も近付くな! もう支えきれないから一度倒すぞ!」


 有無を言わせぬギルノルトは、店員たちと周りの者にそう告げた。

「レイン、もう放すぞ」

「ああ、カウント3で…いち、にち、さん!」


 レインとギルノルトが手を放せば、ガラガラガラと騒音を立てて材木が道を塞ぐように倒れて行った。

 そして巻き上がる土埃が落ち着いた頃、店の中から店主らしき年配の男性が走り出てきて、レイン達に頭を下げた。


「申し訳ございません! お怪我はございませんでしたでしょうか!」

「いえ、大丈夫です…」

 と、レインが店主に対応していれば、その後ろから声が降る。


「おいおい店主、押さえ縄が切れるなぞ監督不備だぞ?」

 そう言って走ってきたのは、ギルノルトと途中まで同行していたらしいミウロディだった。


「ミウロディ、少し待て。まずはレインとギルノルトに状況を確認してからだ」

 と、その後ろからやってきたヒュースは、傷の走る片眉を上げてレインとギルノルトを見た。


 これは“分かっているな?”という顔で、その視線を受けたレインとギルノルトは、顔を見合わせて頷きあった。


 その周りでは集まってきていた見物人も解散し始め、店員が店先に倒れてしまった木材を片付けている。

 そんなレイン達から少し離れた場所で一人の気配が路地裏に消えていった事は、誰も気付いてはいなかったのである。


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こんにちは♪ 弟思いの良いお兄ちゃんですね٩(^‿^)۶ 自分より優秀ですから、と言ったときは少し暗そうにしてた印象があるような感じがしましたので、少し悔しかったのでは、とも思いました。 ここにきて…
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