16. レインの頼み
それから月日は流れ、レインの騎士生活も3年目に入った。
今年も魔物活動期の任務を無事に終え、今は太陽の光も眩しく汗ばむ季節になっていた。
今日はレインが休暇の日で、久々に実家に帰る日でもあった。
それというのも、今日は弟の就職を祝うために家族が集まって過ごすからと、一週間ほど前に母親から連絡をもらっていたのだ。
初等学校を卒業したサニーも後に入学した文官学校を卒業し、17歳となる来月から、王宮の文官として勤務する事が決まったからである。
文官としての登城は17歳からで、それ以上であれば名目上の上限はない。文官志望の多くは16歳から試験を受けに行き、その試験に受かれば誕生日を過ぎてからの従事となる。ただし一発で受かるとも限らない為、大半が翌年以降も又試験を受けに行くらしい。
一発でサニーが無事に文官に採用されたのは、珍しい“必中”というスキルの事もあるだろう。
しかしそれだけではなく、将来は官吏として国の役に立ちたいと、サニーが勉学に心血を注いできたからであるとレインは知っている。
そんな弟の成果が認められたのだから、今日は存分に祝ってやろうとレインは思っていた。
その実家には昼頃までには向かえば良い為、騎士棟で朝食を摂ってから出発するレインは、いつもの様に隣室のギルノルトへ声を掛けに行った。
そんな今日は、レインにとっては2度目であり起こる出来事を既に知っている。
その為それなりの準備をしなければならず、しばし考えた末にこれからある行動を取る事にしていたレインだった。
コンッ コンッ
「ギル、食堂に行こう」
「おう、今行く」
レインの声に返答があって、すぐさま扉が開いてギルノルトが顔を見せた。
「おはよう。ギルは今日、街頭警備だったな」
「おはよう。ああ、街の巡回だ。レインは実家だろう?」
「ああ、この後行くよ」
レインは頷いてから笑みを浮かべ、2人は食堂へと向かって行った。
「弟の就職祝いだったか?」
「ああ。だから家に帰ってこいって、先週母さんから連絡が来ていた」
「という事は、クレイトン中隊長も?」
「そうだけど?」
レインが実家に帰るのはいつでも出来るが、第一騎士団で遠征に行く事が多いジョエルは、そのタイミングが難しい。
「あー、そう言えば一昨日戻ってきていたか」
ギルノルトが言うように第一騎士団のジョエルがいる部隊は、一昨日、約1か月の遠征を終えて戻ってきたところだ。いつも母親へこまめに連絡をしているらしい父親が戻る時期を知らせた事で、その母親からレインに連絡が来たという訳である。
「ああ。父さんは今日から纏まった休暇らしいから、俺の休暇と併せて今日になったらしい」
「へぇ…おばさんが戻る時期を知ってるって事は、遠征先からも連絡してるんだな、中隊長は。結婚して長いのに仲が良いんだなぁ」
「まぁ、うちは未だに…だな」
レインが、なぜか照れたように頭を掻く。
父親であるジョエルは、任務に入ればいつも真面目な顔をしているらしいが、家にいる時はいつも母親と笑みを向け合って柔和な雰囲気を醸し出していた。その為レインが騎士団に入団した後で父親の話を聞いた時、自分が見た事のない父親がいるのだと困惑したものである。
その後レインが騎士団に入ってからは多少笑みを見るようにはなったらしいが、それもレインの前限定のようだ。
そんな話をしつつ、レイン達は食堂へと到着する。
そしてサマンサと気軽に挨拶を済ませて料理を手に取ると、レインは端の席にギルノルトを誘った。
「あの奥でも良いか?」
「…ああ」
レイン達は決まった席に着くわけではなく、普段であれば適当に近くの空いている席に座る。今も席はまばらで特に混んでいる訳ではないが、レインがわざわざ奥に誘導した事でギルノルトも何かを感じ取ったようだ。
その端の席は窓際で、登り始めた朝陽がテーブルを照らし始めていた。その陽ざしを浴びる席にトレイを置くと、隣り合って着席した。勿論、近くには誰もいない事を確認して、だ。
着席して早速、ギルノルトはレインに顔を向ける。
「それで…何かの相談か?」
“グゥ~”
そう言っているギルノルトの腹が、タイミングよく鳴った。
「…まぁね。食べながら話すよ」
「……そうしてもらえると、助かる」
ギルノルトの返事に、笑みを浮かべて食事を促すレインだった。
今日の朝食は、卵で包んだ甘酸っぱいライスの上から茶色のソースがたっぷりかかっているオムレットライスに、山盛りの温野菜が添えられているワンプレートだ。それと、挽肉をキャベツで包み煮込んだサルマーレという具沢山のスープも添えられており、朝からボリューム満点で見るからに美味しそうである。
そうして「いただきます」と食べ始めた後、半分ほど腹に入れたところでレインは話し出す。
「実はこの後、頼みがあるんだ」
「ん?…任務中でも出来る事か?」
今日も任務であるギルノルトに、昼休憩まで自由時間はない事はレインも当然知っている。
「そう。その任務中に、巡回してもらいたいところがある」
「巡回先か…。どこだ?」
聞かれたレインは、場所と時間を端的に話した。
「時間も?」
「そうなんだ。キッチリでなくても良いけど、なるべくその時間に合わせて欲しい」
レインは、それが起こる時間も分かっている。
「そうか…それじゃ先輩に相談するわ」
「そうしてくれると助かる」
「まぁダメと言われても、ちょっと抜ける位は大目にみてくれそうだしな」
ニヤリと笑うギルノルトに、申し訳ないと眉尻を下げて返すレインである。
というのも、今日のギルノルトは幸いにも、またヒュースとミウロディの3人で行動予定なのである。
この2人は以前レインが濡れて帰って来た時と同じ面子であり、あの2人ならばある程度の融通を利かせてくれるだろうと分かっている人達だ。
これが脳筋の先輩や気難しいウイリーと一緒にいる場合であれば、多分無理であっただろう。だが、その面子であったからこそ、頼めた事でもあったのだ。
「それで、理由は?」
ギルノルトの問いは、至極当然だ。そして、その問いが来ることも理解した上で話してもいる。
だがそれを今この場で話す事は出来ないし、ギルノルトも任務時間が迫っている為に長々と話す事は出来ないのである。
「……今夜話すよ」
「今は言いづらいって事か?」
ギルノルトは、チラリと室内に視線を向けて聞いた。
「そうだ」
「そういう事なら分かった。今日は戻るのか?」
「ああ、夜には戻ってくる。その時に…」
今日が2度目である事を鑑みれば、今夜ギルノルトと話せば、その内容はギルノルトの記憶に残る事になるはずだ。それをわかっていて、ギルノルトには“ワンセット”の事を話すつもりだ。
以前からレインは、どうしても一人では対応しきれなくなるだろうとは考えていた。信頼のおけるギルノルトだからこそ、今日ここで協力を仰ぐことにしたレインである。
こうしてギルノルトに約束を取り付けたレインは、再び料理を口に運びながら、これから起こる出来事を思い出していたのだった。