15. モックス商会
「ここだ」
レインが見上げる建物は3階建てで敷地も広く、どう見ても“大店”だった。
「えっと…ここがその方の店、ですか?」
「ああ、そうだと言ったはずだぞ?」
デントス班長は朝の伝言を受けた際、レヴィノール団長からレインを連れて当事者宅を訪れろという指示を受けていたらしく、レインが詰所でデントスの下へ行けば、そのまま連れ出されて今に至る。
そのレインを尋ねてきたモックス商会は、王都キュベレーにある商店の中でもいちにを争う大きな商会で、レインは大きな建物を仰ぎ見てポカンとしていた。
レインは知らぬ事であったが、レインが助けた女の子の父親はこの商会の3代目の店主だという。その彼の父親である2代目がここまで店を大きくしたのだが、その人は今会長という職に退き、3代目である現店主を陰から支えているのだと、ここまで道すがらデントスが教えてくれた。
レインは“モックス商会”という名こそ知っているが、あの時の彼らがその関係者だとは今まで知らなかったのだ。食堂でウイリーが名を言っていたが、レインは聞き流していたのである。
「へぇ。この店の家族だったんですね」
レインは余り買い物をする質でもなく、唯一覗く店と言えば道具屋と武器屋くらいのものだ。
このモックス商会は食料品や衣料品など多種の商品を扱う店という事で、レインの目の前で店には女性たちが続々と出入りしている。
それこそこの辺りも任務で良く通るものの、そんな店にレインは進んで足を踏み入れた事もなく、店員の顔は当然知るはずもない。
いつまでも店先でポカンとしているレインに呆れたように、デントスはレインの背中を叩く。
「ほら、行くぞ」
「…はい」
デントスに促されたレインは、デントスの後に続いて店内へと足を踏み入れた。
すると、すかさず若い女性店員が近付いてきて、デントスに声を掛ける。
「いらっしゃいませ。おはようございます。本日は、どの様なご用向きでしょうか?」
流石に黒い制服を着ている男2人が入店した為、買い物ではないと分かったらしい。それもそうだ。
「邪魔して済まない。私は第二騎士団に所属するハラサ・デントスという者だ。店主のホサリー・モックス殿にお目通り願いたい」
改まったデントスに店員は丁寧に一礼すると、「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」と奥に引っ込んで行った。
そんな店内は明るく広々としており、入ってすぐの1階は食料品が並んでいる。目の前には麦やパスタなどが綺麗に陳列されており、調味料であろう香ばしい匂いも漂ってくる。その向こう側には野菜や果物などの色鮮やかな物も見え、女性客たちが楽しそうに2階へも移動していく様子を見て、レインは上階も店になっているだろう事に気付く。
そんな店内を、レインはデントスが話す後ろで珍しそうに眺めていたのだった。
「おいレイン、お前の事だぞ…」
店内を見回していたレインに、デントスが小声でたしなめる。
「あ、済みません」
「…まさか、初めて入店したのか?」
「ええ、初めて入りました」
予想していたとは言え、どれだけ買い物をしないのかとため息をひとつ吐いたデントスは、
「お前も所帯を持ったら買い物に付き合わされることになるから、今の内に学習しておけよ」
と、良くわからない助言をもらったレインであった。
そんな2人の下へ先程の店員が戻って来て、「奥にご案内いたしますので、こちらへどうぞ」と、店主がいるらしき場所へと案内してくれる。
コンコン
「お連れ致しました」
「入ってもらって下さい」
「失礼いたします」
店員と男性が扉越しにやり取りをして、店員は扉を開きデントスとレインを室内に入るよう促す。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとう。失礼する」
そして店員が退出して扉を閉めれば、デントスが代表し早々に名を告げる。
「私は第二騎士団に所属するハラサ・デントス、こちらは同じく、第二騎士団所属のレイン・クレイトンという者だ」
レインがデントスの後ろに並び立つと、レインを見た店主が目を見開いて慌てた様に近付いてきた。
「この方です! デントス様、ありがとうございます!」
そして何を言うでもなく、店主ホサリー・モックスは喜色を浮かべてレインの手を握り締めたのだった。
そんな入口でのやり取りを経て我に返ったホサリーは、客人を、ましてや恩人を立たせたままであった事に気付くと、レイン達を部屋の中程にあるソファーに座らせたのだった。
「失礼いたしました。私としたことが、お客様を立たせたままで…」
「いいえ。こちらこそ急にお邪魔した為に、ご迷惑をおかけします」
そんなホサリーの謝罪に、デントスが無難に返した。
と、そこへノックの音と共にお茶が運ばれてくる。
そのお茶を出したのは、昨日騎士団詰所まで訪ねてきたホサリーの妻、ミラその人であった。
「いらっしゃいませ。粗茶ですが、お召し上がりください」
皆にお茶を配り終わって顔を上げた途端、ミラは固まったように動かなくなる。
「ミラ、デントス様が探していた方をお連れ下さったんだよ」
そんなミラの心情に気が付き、ホサリーが笑顔でレインを紹介する。
「娘の命の恩人、レイン・クレイトン様だよ」
「…あ、あぁ」
口元を押さえ、感動している様にさえ見えるミラに、レインは困ったように頭を掻いた。
「まさか探していただいてるとは思わず、ご挨拶が遅くなってすみませんでした…」
「クレイトン様…。本当にあの時は、ありがとうございました」
レインの言葉に首を振りながら、ミラは目を潤ませながら感謝を述べる。
(ここまで感動されると、なんか照れるなぁ…)
レインは遠い目をしつつ明後日の方向を向いているが、そこでミラが加わった部屋は和やかな空気に包まれていった。
そうして当時の事を嬉しそうに話すモックス夫妻に、デントスも笑みを浮かべて聞き役に徹している。
(うわ…少し話を盛ってないか?)
レインからすれば少々大げさに聞こえる話に、どんどん小さくなっていくレインだった。
そんな所に再びノックが聞こえ、今度入室してきたのは店員に連れられた小さな女の子と少年だ。
「あ、お兄ちゃんだ!」
「……」
と大声を出したのは男の子で、その男の子に隠れるようにしている女の子は、そっと覗き込むようにレイン達を見ていた。
「ほらニルス、ユミィ、ちゃんとご挨拶なさい」
ホサリーがそんな子供たちに声を掛ければ、ニルスと呼ばれた少年が元気よく挨拶をする。
「いらっしゃいませ。僕はニルスです」
「………」
しかし女の子は男の子の陰に隠れてしまった。
そんな子供たちを見て、申し訳ありませんと言いながら、ミラが席を立ってその2人をホサリーとミラの間に座らせる。
「こちらが息子のニルスで8歳です。そして助けていただいた娘がユミィで今年3歳になりました。…ニルス、ユミィ、こちらのお兄さんがデントス様で、お隣が先日ユミィを助けて下さったクレイトン様だよ」
変わってホサリーが、2人を互いに紹介してくれた。
「ニルス君は元気があって良いですね。それにユミィちゃんも元気そうで、本当に良かったです」
デントスがそう言いながらチラリとレインを見る。
(これは、俺にも何か言えという事だろうな…)
「…こんにちは…?」
「おい」
レインが何を話して良いのかわからずにそう言えば、デントスから肘で突かれてしまった。いきなり子供に何を話せというのだ、と内心で言い返すレインであった。
「クレイトン…お兄ちゃん?」
そこでニルスがおずおずと声を掛けた為、レインは笑みを作って頷き返す。
「ああ、レイン・クレイトンだ。だから“レイン”でいいよ」
レインがそう言えば気安く答えた為か、パッと笑みを広げたニルスは席を立つと、レインの席まで回り込み、膝に乗り上げるように身を乗り出してレインの顔を覗き込む。
「レインお兄ちゃん、格好良かったよ!」
「おっおう、ありがとう…」
そう言ってレインの隣に座ったニルスに、「すいません」とミラが謝る。
「いえ、大丈夫ですよ」
「ユミィもおいで~」
レインが許したもので、ニルスがユミィを呼ぶ。
(あ、呼んじゃうんだ…)
内心レインが困り果てるも、ユミィの背中を押すホサリーである。
そうしておずおずと歩いてくるユミィを、レインは抱き上げて膝の上に乗せれば、振り返ってレインの顔を覗き込んだユミィが膝の上で立ちあがり、レインの首に抱き着いたのである。
「………」
(どうなってんだ?)
「あらあら。ユミィはクレイトンさんの事を覚えていたのね?」
と呑気に微笑むミラとは対照的に、ホサリーが平謝りする。
「すみません…ほらユミィ、制服が汚れるからやめなさい」
「あ、いえ、大丈夫です…」
と、レインはこう言うしかなかったのである。
そこでレインが2人の子供達を相手にしている間、デントスとホサリーが話を続けていた。
「是非お礼がしたいのですが、ご希望はございませんでしょうか」
「レイン」
話に参加していなかったレインに、デントスが答えを催促する。
「え? いいえ、お礼なんてとんでもない。どうぞお気遣いなく」
「だそうです」
なぜかデントスを中継して話は続く。
「そうおっしゃられても私どもの気が済みませんん。ですからどうぞ私達の為と思って、ご希望をおっしゃって下さい」
食い下がるホサリーにまたもやデントスがレインを見るので、レインは「デントス班長にお任せします」と丸投げする。
「それでは僭越ながら、レインの代わりに言わせていただけませんか?」
とデントス。
(あれ?なにか考えていたのかな?)
余りにもあっけなく引き継いでくれたと思ったら、デントスには希望があったらしい。
「勿論どうぞ」というホサリーに、デントスは居住まいを正す。
「では、騎士団が希望する物を、優先的に卸していただけないでしょうか?」
その言葉に、レインは内心「おお!」と声を上げる。
流石デントス班長は、騎士団の事を第一に考えていたのかと尊敬するレインである。
「そのような事でよろしいのですか? 尤も、それはこちらからお願いしたい事です。騎士団にはどなたかの紹介がなければ、商品をお納めする事は叶いませんから…」
レインは騎士団で使われている品物が、どこから納品されているものかなど詳しい事は知らない。ここまで大きな商会でも、騎士団には商品を卸していなかったのかとレインは知る事になった。
それからはデントスとホサリーが意気揚々と商品の話を始めたため、蚊帳の外であるニルスとユミィの相手をせねばならなくなったレインなのである。
俺の事だったはずなのに、おかしくないか?
おはようございます。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
今日の夜に、人物紹介など参考資料ページを投稿いたします。
続きの16話は、明日の朝の投稿です。
どうぞよろしくお願いいたします。




