14. 呼び出し
その翌日はレインにとっても1度目で、異変はないかと情報を集める日でもある。
今朝も、ギルノルトと共に食事を終えたレインは、食堂から出て任務の為に廊下を歩いて行く。これから街中の詰所に集合し任務開始となるのだ。
と、そこで前方から歩いてきたデントス班長が、レインを目に留めて手を上げた。
「レイン、呼び出しだ。ちょっと来てくれ」
「え、はい。じゃあギル、先に行っててくれ」
「おう…」
隣のギルノルトは心配そうな顔だが、レインは大丈夫だと笑って肩を叩いて、デントス班長の下に走って行った。
「デントス班長、おはようございます。呼び出し、ですか?」
「おはよう。ああ、レインを執務室に連れて来てくれと、レヴィノール団長からの呼び出しだ」
「え…? 俺、何かしたでしょうか?」
「逆に俺が聞きたい。何かしたのか?」
「いいえ、特に思い当たる事はありませんが…」
レインは懸命に考えるも、やはり呼び出される様なヘマはしていないはずだと首を傾げた。
ひとつ思い当たると言えば昨日話していた事くらいだが、あれは急を要するものでもなく、しかも昨日の今日でさほど時間も経っていない。
(もしあれが団長の耳に入ったとして、まず騎士団全体を確認するはずだろうし…時期尚早だよな?)
こうして廊下の隅で立ち話をする2人の横を、食事の済んだ者達がチラチラ視線を向けながら通り過ぎていった。
“何かやらかしたのか?”
“叱責か?”
と興味を含んだ視線を向ける者も中にはいたが、そんな事を気にしてはいられないレインだった。
「まあ良い、取り敢えず行ってこい。終わったら合流してくれ」
「はい、承知しました」
デントスはレヴィノール団長からこの件で伝言を受けていた為、今から食事をするのだと慌てて食堂へ入って行った。
眉尻を下げ、ガシガシと頭を掻きながらデントスを見送ったレインは、次に自分がしなければならない事に意識を向けて歩き出して行った。
そうして騎士団棟の最上階へ辿り着くと、第二騎士団長ジュリアン・レヴィノールがいる部屋の重厚な扉を叩く。
コンッ コンッ コンッ
「入れ」
その音に返事があり、レインは入室して扉を閉め一礼すると、3歩進んで姿勢を正す。
「レイン・クレイトンです。お呼びと伺いました」
「ああ。そこに座ってくれ」
レヴィノール団長は、窓際の執務机の前に座って書類に目を落としており、レインの顔を一度見ると目の前のソファーへ座るよう促した。この時間から既に仕事をしている団長に、自然と頭も下がる。
「はい、失礼します」
レインがレヴィノール団長と、こうして直接顔を合わせるのは初めての事だ。
第二騎士団に正式に入団した後も全体集会などで顔を見る事はあるものの、今まで個人的に団長と対面する機会はなく、2人きりの室内に緊張するレインである。
そんなレインの対面に、コツッコツッとブーツの音を響かせて歩いてきたレヴィノールが座った。
「茶も出さずに悪いが、早速本題に入る」
「…はいっ」
背筋を伸ばし、レインは口を引き結んで次の言葉を待つ。
「クレイトンは先日、川に行ったな?」
( ―?!― )
一応想定していたとは言え、本当にその事だったのかとレインは目を見開いた。
「…あっ、はい」
それにしても昨日の今日で、なぜ自分に声が掛かったのだろうとレインは不思議に思った。
「昨日騎士団詰所に、尋ね人の問い合わせがあった」
「はい…」
そんなレインの思考を知らぬレヴィノール団長は、まるで面白がるように口角を上げてレインを見ていた。
「その件について昨晩、レッド班のグストル・モイラーがハリオットの所へ報告に来た」
「……」
そういう事かと思いつつ、レインは見えぬ場所に冷や汗を浮かべる。
この件は、レインが事前に少女が川で流されることを知って行動した為であるが、まさかそこまではレヴィノール団長も知らないはずだ。だが、レインが休みの日にわざわざ川へ行った事を不審に思われれば、そこからの言い訳を考えねばならない。
「レイン・クレイトン」
「はいっ」
そこで名を呼ばれたレインは、緊張した声を出す。
「なぜ報告をしなかった?」
「それは…」
それは休暇日の事であり、レインの自由時間に起きた事。いくら騎士団に所属しているとはいえ、休暇日は自由に過ごして良い事になっている。
それに、これは単に不幸な事故を防ぐ為にした行動で、変に事を荒立てたくはなかったのだ。“たまたま通りかかった”という設定にして、何も言わずに立ち去ったのもそう考えたからだった。
そんな考えを見透かされたのか、レヴィノール団長が目を細めた。
「いくら休暇日とは言え、万が一にも事故に繋がる恐れのある事柄。今回は両名が無事であったから良かったものの、もしクレイトンが怪我でもしていれば、黙っている訳にも行かぬだろう?」
「…はい。おっしゃる通りです。申し訳ございませんでした」
レヴィノール団長は、小さくなったレインに困ったように笑む。
「まぁ今回は何事もなく、少女も無事であったとの事だ。ひとまず、“良くやった”と言っておこう」
「…ありがとうございます」
引きつった顔で礼を言うレインを見て、レヴィノール団長はソファーの背もたれに身を預けた。
「しかし、名も告げずに立ち去ったのか?」
先程よりもやや気安く聞くレヴィノールに、レインは少し肩の力を抜いてそれに答えた。
「はい。たまたま通りかかっただけですし、自分がそこに残っていては気を遣わせてしまうと思い、そのまま黙って帰りました」
「ふむ…。それは確かにそうだな」
「ですので、先方のお名前も存じません。それがまさか、探して下さるとは思ってもみませんでした」
レヴィノールの誘導に乗って話し出すレインに、レヴィノールはその炯眼を固定させていた。
今更その視線に気付き、調子に乗って話過ぎたかとレインは慌てて口を閉じた。
「レイン・クレイトン。本日は、街頭巡回の日だったな」
「はい」
改まって言われ、レインは再び居住まいを正した。
「これからデントスに合流し、一緒にモックス商会へ行くように」
「…かしこまりました」
そう言って退出していくレインをレヴィノールが口角を上げて見ていた事は、緊張の中にいるレインは知る由もないのである。
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「はぁー、緊張した…」
騎士団棟を出たレインは、街中の詰所に向かいながら独り言ちる。
レインからすれば雲の上の存在であるレヴィノール団長と差しで話す事となり、レインはまだ半分緊張から解かれていなかった。
レインの所属する黒騎士団は実力があれば誰でも入団出来る組織であり、爵位がない者が殆どの席を埋めている。
そんな中にあってレヴィノール団長は伯爵の位を戴く者であり、黒騎士団総長で王弟でもあるリチャード・エイヴォリー公の補佐的な役割も担っているらしく、多忙を極めているとも聞いていたのだ。
普段、レイン達第二騎士団員はその殆どを班単位で行動している事もあって、余程の事がない限り、レヴィノール団長と行動を共にする事はないのである。
(やはり男前というべきか、眉目秀麗な方だったなぁ…。俺が女なら、絶対に惚れる自信ある!)
グッと手を握り、忘れたい事から思考を反らすレインだった。
そうこうしている間にレインは街中の詰所につき、軋む扉を開いて中に入った。
― ギイィーッ ―
そこで顔を覗かせたレインに、中にいた者が視線を向けた。
この詰所は街の中腹にあって、街中の巡回をする第二騎士団が使用している。終日この詰所には第二騎士団員がおり、街の人も気軽に相談に訪れたり、街中で喧嘩が始まれば飛び込んで来て仲裁を求めてくる事もある。
そしてごくたまに時間を持て余した者が居座り、騎士団員を捕まえて、ひとしきり満足するまで話していく事もあった。そんな風に、この詰所は皆の心のよりどころでもある。
「ああレインか、遅かったな。デントス班長が、レインが来たら声を掛けてくれって言ってたぞ?」
「はい、ありがとうございます」
そこで声を掛けてきたのは、眉に傷のあるヒュース先輩だ。
本日の街頭巡回には、レッド班とブルー班の約60名が任務に当たっている。
その班長であるデントスとネルソンは奥の班長室にいるらしく、入ってすぐの控室にいるのは今待機中の6名だけだった。
各班は3名ずつの組に分かれて行動しており、2組ずつ交代してここで休憩を取っている。
レッド班で今休憩がてら待機中なのは、ヒュース先輩と2つ年上のトラット、そして10歳上のベテラン、ガルモント先輩だった。
トラットは碧い髪を短く刈り上げ、更に両サイドには模様が入っている。何でも“バリアート”というお洒落らしく、レインには良くわからないが本人は気に入っているらしい。
そしてガルモント先輩は、ワインレッドの髪に赤い垂れ目の優しそうな人物だ。レインは余り話したことはないが、ガルモント先輩の悪い話は聞いた事がないので、見た目通りの人だろうとレインは思っている。
そんな3人以外のブルー班にも軽く頭を下げ、レインはデントス班長の待つ班長室へと向かって行くのだった。




