128. ワンセット
「もう帰ってもいいのか?」
ガラガラと馬車が立てる軽快な音を聞きながら、窓から朝陽に輝く街道を見ていたレインは、静かな車内へとそっと振り返って尋ねた。
深夜の出来事から3日後。
レイン達は滞在先であったクストゥルの離宮からシュリンダ皇太子殿下に見送られ、ローリングス国の王都へと戻っていた。
ヴォンロッツォへの滞在期間は6日間、非公式でもある事を踏まえると長い滞在だったと言えるだろう。
レインの視線を受けたロイは、ゆっくり瞼を開くと軽く首を縦に振った。
「ああ、私の役目は終わったよ。後はシュリンダ殿の采配にかかっている」
「そうか。早く解決するといいな」
「私もそう願うよ」
そう言ったロイはカーテンから差し込む朝陽を受け、眩しそうに目を細めたのだった。
あの日、深夜に捕らえた賊と思しき者達は全部で8名。
その殆どがやはり何も知らない者達で、抵抗しながらも次々と口を割る中、その内1名が貝の様に口を閉ざし何も話さぬ状態だと、あの日の夜シュリンダから聞く事となった。
そこで「僭越ながら」とロイが思い当たる節を説明すれば、シュリンダの申し出によりロイも協力する事になったのは自然な流れだっただろう。
そうしてロイはそこでの作業を終えたあと、レイン達はクストゥルの離宮を後にしたのである。
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レインが王都に戻り、それから1週間ほどが経ったある日。
久しぶりにレインの下へ、鮮やかな羽をひるがえす魔鳥が飛んできた。
レインは今日の任務を終え、いつもの様に部屋でギルノルトと話しているところだった。
伸ばした腕に軽やかに留まった魔鳥は、レインに視線を向けて小首を傾げた。
まるで「元気だったか?」と言われているようだ。
「俺は元気だぞ。君こそ、もう具合はいいのか?」
『クルッ』
「大丈夫だよ」とでも言うような鳴き声があって、レインとギルノルトは笑みを深める。
「じゃあ、ロイの所にちょっと行ってくるな」
「ああ。また後でな」
レインの部屋の前でギルノルトと別れ、呼び出されたレインは輪舞の岬に向かった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、今日も眩しい笑みを浮かべたマノアが迎えてくれた。
「こんばんは、マノアさん。もう来てますか?」
「はい、つい先程お見えになりました。直ぐにお料理をお持ちいたしますね」
「ありがとうございます」
そんな気軽な会話を交わして、レインは勝手知ったる店の奥へと進む。
そうしていつもの部屋に行けば、ロイはリーアムとテーブル席に座り話しているところだった。
今日はリーアムも同席するらしい。
「やあレイン、呼び出してすまないね」
「いや、ここの料理は旨いからな。呼ばれればすっ飛んでくるよ」
「クックック。騎士団の食堂が不味い訳ではないんだろう?」
「ああ。食堂も旨いが、こことは味が違うんだ。だから別腹だ」
「そうか」
そしてレインが席に着くころには、マノアが料理を運んできてくれた。
今日も彩り鮮やかな上品な料理が並び、クーラーボトルにはロイが好む、泡の立つワインも添えられていた。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
リーアムは頷くだけだが、その3人に温かい笑みを添えたマノアは静かに退出していった。
退出を見送り、リーアムはワインを手に取ると3人へと注いでくれた。
珍しいなと、いつもはしない行動をとるリーアムに視線を向ければ、ロイがクスリと笑う。
「今日来てもらったのは、その後についてだよ」
「ん? ってことはヴォンロッツォ側で、何か進捗があったのか?」
機嫌良さそうなロイと、明らかに表情が和らいでいるリーアムとを交互に見る。
「本日ヴォンロッツォから、首魁らを含めた者達を全て捕らえたと連絡があった。これで事件は解決したと言っても良いだろう」
「首魁ってことは、マスターって奴も捕まえたんだな?」
「ああ。強制命令を掛けられていた者達の証言から、マスターと呼ばれていた男がウゴリエの街で店を構えていたスラサ・ロロニンであると繋がった。奴は数人の部下とだけ直接やり取りを行っていた。それらの殆どを捕らえられた事で複数の証言を得、店を摘発したそうだ」
「そうだったのか」
レインはあの後の事を何も聞いていなかった為、急な展開に少々面食らう。
「食事が冷めるね。食べながら話そう」
ロイの声に、3人は泡の立つワインをかざして掲げると、グラスを傾けて喉を潤した。
「それにしてもよく捕まえる事ができたな、その男を。今までの話を聞く限り、一筋縄ではいかないだろうと思っていたんだが……」
レインはグラスをテーブルに置くと、首を傾けた。
ロイは口角を上げ、レインの質問に答える。
「恐らく、自分が仮令連行されたところで、証拠不十分ですぐに釈放されると踏んでいたのだろう。なにせ自分を直接知る者達には全て、“話すな”という命令を浸み込ませていたのだからね。そうした自信が、逆に命取りになったと言っても良いだろう」
「――奴は最後まで、ユニークスキルの命令が解除されている事を知らなかった、というだな?」
「そう。その命令が解除できる事は、ヴォンロッツォでも極秘にしてもらっていたんだよ。そのお陰でその情報を知らぬまま……」
「捕まったって事か」
ここで、これまで話を聞いていたリーアムが言葉を落とす。
「ですが、そんな男からよく証言を引き出せたものだと、私は感心いたしました」
ロイは目を細めて頷く。
「そこはシュリンダ殿下の手腕だよ。我々に情報を渡す前から、あちらはあの店が不自然であると睨んでいたようであるし、国内で賊に盗まれた物と店の商品との照合なども、極秘裏に進めていたらしいからね。ただし、同じ品というだけでは捕縛するには証拠が弱すぎた。たまたまだと言われれば、言い逃れられる。それゆえ、それを裏付ける証言も必要だった」
「そうか……。そうして奴の外堀を埋めていったんだな」
レインの答えに、ロイは笑みを深めた。
「そして男の店を家宅捜索したところ、盗まれたであろう美術品に加え違法薬物も出てきたらしい」
「あ~それってもう“詰み”だな……」
「クックック」
ロイは楽しそうに笑い、リーアムは頷いている。
とは言え、この一件はヴォンロッツォだけの話ではなかったとレインは思い出す。眉間にシワを寄せたレインに、ロイは心得たように首を縦に振った。
「我が国での発端は、小麦の事からだった」
ロイはテーブルの上で指を組み、レインを見つめる。
「それは少しずつ変化をもたらし、最終的には王都の住人たちの不安をあおる事にもなった」
レインもゆっくりと頷く。
モックス商会をはじめ、街中の食堂やパン屋までも商品を揃えられないと不満を訴えていた。
そして騎士団の食堂にしても、小麦料理が出せなくなってきたところまできていたのだ。じわじわと止められた流通は、最終的には誰もが知る事となっていた。
「先だって捕らえられた者達には、既に国から判決が下された」
組んでいた手を下ろしたロイの視線は、暗い窓の外を見つめている。
「盗賊の一味は、その殆どが鉱山の強制労働となった。刑期は20年。とは言え、肉体的に20年も耐えられるものではないから、実質的には終身刑だ」
「フン」
とリーアムはその判決に不満らしいが、聞き流すレインである。
そして、と視線を戻したロイがレインを見つめた。
「マスターと直接繋がっていた者と危険なユニークスキル持ちは、斬首となる」
「そうか……珍しいユニークスキル持ちもいたのにな……」
「それは言っても詮無い事。貴重なユニークスキルがあろうとも、それを悪事に使ったがゆえに更生の余地は残せない。ユニークスキルとは、それだけ貴重であって危険なものだからだ」
「確かにな」
いくら更生させたところで、本人の気持ちひとつでまたバジリスクを呼ばれてしまっては堪らない。
それらをずっと監視しておく訳にも行かないのなら、そうするほかに選択肢はないと言えるのだろう。
彼らがレイン同様に何かの縁でロイと繋がる事が出来ていれば、もしかすると違う未来があったのかもしれないが、それはもう訪れない未来なのだ。
「そして、ハイウェル伯爵については」
ロイは視線をテーブルに落とし、残念そうにため息を吐いた。
「息子もいたよな?」
「ああ。その息子ともども爵位剥奪の上、絞首刑となる。メイオール領は次の領主が決まるまで、国預かりとなった」
「そうか……」
レインはいいように利用された領主に少し同情はしたが、結果にして悪党の住処を作ってしまった罪は拭えないとも感じていたため、厳しい罰が下るだろうとは思っていた。
「確かに、彼は人に騙され陥れられたのであろう。しかしそれは熟考すれば阻止できた事であり、妻を亡くした事は同情に値するものの、それで自分の役目を放棄する事は領地を治める貴族としてあってはならぬ事だ」
「パトリック殿下は、ずっと厳しいお顔をなされておられました……」
リーアムが添えた言葉に、ロイはしっかりと頷いた。
「兄上は、不正や嘘を尽く嫌うからね。国への虚偽報告だけをもってしても、酌量の余地はないとお考えのようだ。仮令ハイウェル伯爵家が歴史のある名家だったとしても、だ」
「そうだな。仮令それまでの伯爵が良い行いで領地を守ってきたとしても、今の代でそれを覆せば終わりだな」
「ああ」
ロイの言葉の後、部屋はワインの泡が弾ける音だけが流れた。
そうしてややあって、ロイが再び口を開く。
「それから、メイオール領に残されていた小麦は、先日戻ってきた第一騎士団が国境から回収してきてくれた。今それを王都へ流通させているから、暫くすれば小麦不足も落ち着くだろう」
「それは良かった」
と、そこでレインはテーブルに並ぶ料理を改めて見おろし、目を細めた。
「だから、ガレットが出てるんだな」
「そういう事だね。マノアも喜んでいた」
「だから今日の笑った顔は、いつもに増してキラキラしてたんだな」
「……私の姉に変な目を向けるのは止めてください」
「あ~。それは……ごめん?」
「プッ」
こうして重たい話が一段落し、マノアの美味しい料理と爽やかなワインを楽しんだレイン達は、暫く振りに心からの笑いに包まれた時間を過ごしていった。
そうして帰り際レインは振り返って、輪舞の岬を見上げた。
この楽しかった時間を、レインはソールでもう一度味わう事ができるのだ。
日々大変な事もあるが、友人達と過ごす楽しい時間もレインには2度訪れる。
そう考えれば、厄介だと思っていたこの『ワンセット』というユニークスキルもそんなに悪くないのかも知れないなと、レインは微笑みを浮かべながら踵を返すと、王都の夜に溶けていくのだった。
【完】
おはようございます!盛嵜です!
いつも拙作にお付き合い下さり、ありがとうございます!
最終話は矢継ぎ早となりましたが、ここでレインの物語はお終いとなります。
本当はもう少し長くなりそうだったのですが、終わる終わる詐欺になりそうでしたので(苦笑)、このお話しで完結とさせていただきました。
ここ数か月の間、レインの七転八倒物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!
少し頼りない主人公でしたが、これからも皆と力を合わせ(ロイに振り回されるともいうが)、逞しく生きていく事でしょう。^^
レインを最後まで見届けてくださり、誠にありがとうございました!
ついでに、ブックマーク・★★★★★・いいね!を添えてくださると筆者は飛んで喜びます。笑
現実では猛烈に暑い日々が続いており、皆さまにはくれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。
間もなくお盆休みも参ります。どうぞ楽しい日々をお過ごしください!
次作も準備中のため、また皆さまにお目に掛れる日を楽しみにしております!!!
2025.7.29 烈暑の候にて 盛嵜 柊




