127. ロイの賭け
レインはロイ達とルーナでの時間ギリギリまで話した後、扉から繋がる小さな部屋にあるベッドに身を横たえた。
この部屋は、離宮に来てからレインが何度か使わせてもらっている部屋。
レインのルーナでの朝は、この部屋から始まっていた。その為、前日との繋がりを調整する意味で一度部屋へ戻らせてもらい、ソールに切り替わるタイミングの直前にベッドへ身を横たえたのだった。
レインにはルーナの記憶が残っているが、他の者にはルーナの記憶は残っていない。
それを踏まえ、レインはルーナとの違和感が出ないよう、それなりに調整して動いている。
ロイは昨日の夜は、リーアムとも別れて自室に下がっていた。そしてリーアムはレインの隣にある部屋に下がっていったが、寝ているのかいないのかはレインにもわからない。
そう思い出しながらレインはその時間に合わせ、瞼を閉じたのだった。
目を瞑ったのは一瞬だ。
ほんの数秒だったと言っていい。
パチリと瞼を押し上げたレインは、即座に着替え、急いで部屋を後にする。
コンコンコン
「リーアムさん、起きてくれ」
レインの声からものの数秒で、目の前の扉が開く。
そこにはいつもの衣装に身を包んでいるリーアムが立ち、扉を押さえている。
「なんだ」
「今日、動く」
「わかった。私はロイ様にお伝えしてくる」
「頼む」
レインの横をすり抜け、リーアムは即座に行動に移した。
その迅速な行動は、予め打合せの通りだと言える。
ここからが時間の勝負になるとレインが気合を入れたところで、ロイがリーアムを伴って居間に姿を現わす。
「レイン」
「ああ」
神妙な表情のロイも、既に身支度は完璧だ。
リーアムがロイの部屋に行って数分しか経っていないところをみれば、ロイは寝ていなかったのかと心配にもなるが、今はそれを気にする暇はない。
ここで要点だけを迅速に、ロイへと伝える。
「行くぞ」
3人は宛がわれていた部屋の扉を開け、廊下へと歩き出して行く。
すると、即座に廊下で警備をしていたらしい騎士2名が近付いてきた。
そしてロイの厳しい表情を見るなり、焦ったように声を掛ける。
「マリウス殿下! このような時間に、いかがなさいましたか?!」
「これより、シュリンダ殿の下へ向かう。貴殿に先触れを頼む」
ロイの王族たる視線を受け、一人の騎士が頭を下げて走って行く。
それを見送りながら、もう一人の騎士に先導されるようにして、ロイ達はシュリンダの下へと向かって行った。
ロイ達が案内されたのは、シュリンダの私室に近いこじんまりとした応接室。
そこにはまだシュリンダの姿はなく、先程先触れに出た騎士が頭を下げる。
「間もなく皇太子殿下がお見えになります。暫しお待ちください」
ソファーに座り頷いたロイの後ろには、レインとリーアムが並ぶ。
そして慌てた様に出てきた家令が、飲み物をテーブルに置いて下がって行った。
その飲み物に手を付ける間もなく扉が開き、シュリンダが入って来た。
「待たせて申し訳ない」
「いいえ。こちらも急な事ゆえ、ご無礼をお許しください」
互いに軽く頭を下げ、2人は対面に腰を下ろした。
「して、この時間にとは……もしや」
「はい。本日、例の荷が動きます」
「なに?!」
「地図はございますか?」
ロイの依頼で、ヴォンロッツォ国の地図がすぐにテーブルの上に用意された。
「本日の午前中、ここへ荷を取りに来るように指示がきます」
「なに……?」
ピクリとシュリンダの眉が動いた。その情報はヴォンロッツォ側ではまだ掴めていない情報であり、どのようにしてわかったのかと問いた気な表情でもあった。
だが今はそれを話している暇もないし、ロイは言うつもりもない。
それが分かったかのように、シュリンダは頷いて立ち上がった。
「マリウス殿、貴重な情報に感謝する。我々はこれより迅速に行動を開始する」
そう宣言するように声を張った。
そして付き従う騎士に視線を向けると、即座に命令を伝えていった。
「ノーヴィ!」
「はっ!」
「直ちに離宮に居る10名の騎士を招集し、騎乗にてポリグス村南東にある森へ向かえ! そこに怪しい者がいれば、一人残さず捕縛せよ! この期を逃すでないぞ!」
「御意!」
返事をするや否や、ノーヴィと呼ばれた騎士は部屋を飛び出すように出て行った。
そしてシュリンダは、残るもう一人の騎士へと視線を向ける。
「レスキノ!」
「はっ!」
「我も出る! 直ちに馬を手配せよ!」
「御意!」
こうして目の前で迅速に指示を出していったシュリンダが、一足先に部屋を出て行くのを見送り、ロイは後ろの2人へ告げる。
「我々も現地へ向かう」
「御意」
リーアムが心得たように頭を下げる。
レインは分かっていると頷き、歩き出したロイについて行った。
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その後ロイ達にも馬を出してもらい、シュリンダ達と共に先を急いだ。休憩など取るはずもなく、馬は夜道をひた走る。予めロイ達も出る事は伝えてあり、同行の許可はもらっていたのだ。
但し、向こうについてからは状況を見守るだけで、口出しはしない。
ヴォンロッツォ国内の事は、この国の皇太子に任せねばならないのだ。
そうして馬を急がせて辿り着いた目的の森では、既に戦闘が始まっていた。
そこにはまだ荷を積んだままの荷馬車があって、それに吊るされた灯りだけを頼りに、その周りを20人程が声を上げながら剣の火花を散らしていた。
「うりゃぁー!」
―― ガキーンッ! ――
「うおぉー!」
―― キーンッ!キンッ! ――
流石に奴らも武器は扱えるらしく、鍛えられた騎士にもひるむ事無く剣を合せていた。
それらを見張る位置で馬を降りたシュリンダに、ロイは目礼をして場所を移動する。この状況を別の場所から見守るため、ロイ達は木々の隙間を縫って10mほど移動していった。
「やはりこの時間に荷を運び込んでいたな」
馬車に目を向け、口角を上げたロイが言う。
「ああ、ロイの推測通りだったみたいだな」
肩を竦め、レインは苦笑した。
それはロイがこの賭けに勝ったと言う事であり、こいつらを捕まえれば、大元へと繋がる可能性がある事を意味している。
荷物を積んだままの荷馬車が誰かがぶつかる度に明かりを揺らし、周りの木々の影を揺らす。
それを見つめていたレインは、ひとつの違和感に気付き声を上げた。
「ロイ、荷馬車よりも左手の奥で、不自然に光る物がある」
「なに?」
レインの言葉に目を見張るロイ。
リーアムもレインの言った場所に意識を集中するように目を凝らし、微かに声を発した。
「あそこに射手が居るようですね」
リーアムの言葉に、ロイとレインが目を見開く。
「じゃあ戦闘中の彼らは、その矢の先にいるのに誰も気づいてはいないって事か?」
レインが焦ったように言えば、そこに静かなリーアムの声が降る。
「いいえ、狙いは彼らではありません。……角度からするとシュリンダ皇太子殿下かと。今は間にいる者達が邪魔になっていて、その機会を狙っている……というところでしょう」
焦るでもなく淡々と説明したリーアムの声に続き、ロイがレインの名を呼んだ。
「レイン、頼めるか」
「わかった」
レインは即座に膝を付き、地面に手を添える。
そして先程光があった場所へ視線を向け、言葉を紡いだ。
「豊かなる仁恵よ、我の願いに呼応されん “蔓縛手”」
蔓草は、森の中では自然にあるもの。
だがそれは自らの意思を持ち、木の陰に潜んでいた一人の男に絡みついて行った。
「うわぁー!」
慌てた様な声が森に木霊するが、戦闘中の彼らは気付いてもいないようだった。
「ふむ、どうやら拘束できたようですね。これで一安心です」
全く感情の籠っていないリーアムの声に、レインは立ちあがりながら苦笑を返す。
シュリンダを狙っていると言いながら、我関せずという態度を崩さないのは、ロイだけに忠誠を誓っているリーアムだからと言えるだろう。
ロイも流石に苦笑し、リーアムの頭上から手刀を落としていた。
それに対しリーアムが嬉しそうなのが解せないが、レインは見なかった事にしたのである。
こうして目の前で続いていた戦闘は、程なくして全員を捕縛する事に成功したのだった。
明日の投稿で、最終話となります。




