126. 可能性の先にあるもの
「それは、可能であるのか?」
一瞬驚いた仕草を見せたシュリンダは、それを辿らせる事に失敗したのだろう。
眉間に微かなシワをつくった。
「私は可能である、と考えております」
ロイの発言を聞くレインは、内心ビクビクしている。
ここに来るまでの間に、その話は何度も協議していた事だったからだ。
もし万が一にも荷が当日未明の搬入でなければ、レインですら辿れないのだと何度も訴えていた。
だがそれを聞いた上でもロイは荷を運んだ者と繋がる可能性が高いとみて、レインもここへ連れてくると伝えたのだ。
「その根拠は? もし間違っていたら、ロイもまずい事になるんだろう?」
「もし間違えていた場合、当然私も咎められる事になるね。だが私は、搬入が当日の未明であると考えた。その根拠は、“荷物の中身が高額商品だから”だよ」
「え? 何でそれが根拠になるんだ?」
レインは首を捻る。
「もし私がその指示を出している者だとすれば、荷は業者へ連絡を入れるまでの間に搬入するだろう」
「俺でもそうすると思うが……」
「荷物の引き取りは、その日の夕方から夜にかけての時間帯だ」
「……」
「そして当日午前中に業者へ連絡が来てすぐにその場所へ向かっても、その時に荷はもう置いてあるという」
「――ああ」
「という事は午前中から夕方にかけて、荷はそこに放置されている事になる」
「そう、だな?」
「いくら街中でない場所とは言え、高価な商品から目を離すのは半日が限界とみる。その荷を丸一日も放置する事は、私ならばしない」
「……」
「そう考えれば、もし前日の夜間にそこに荷を置いたとしても、誰かが日の出までは見張りについているはずだ。そうは思わないか?」
「まぁ、そうかも知れないが……」
「それゆえ、レインの情報で当日未明に駆けつけた時に搬入がもし終わっていたとしても、その荷には誰かが見張りについているはずだ」
「……ロイは、その可能性に賭けるのか?」
「ああ。こちら側で荷を奪う者達との繋がりが出れば、事件の進展が見込まれるからね。他国でも被害が出る恐れがある今、これ以上悠長に事を構えている時間はないだろう」
「まあ、そうだけど」
これまでこれに絡んだと思われる盗賊の被害は、ローリングス国とヴォンロッツォ国だけだった。しかしロイ達が捕まえた者からの証言で、そろそろローリングス国から手を引き、他の国に触手を伸ばそうとしていた事がわかった。ロイ達が動いている事を感知し、早々に撤退するつもりであったらしい。王都を爆破させようとしたのも、そのためだろう。
「それに」
とロイは目を細めてレインを見た。
「マスターと呼ばれる者はまだ、生きて刺青の男の命令が解かれたとは気付いていないはずだ。そして今回荷を運んでくる者達にもその命令がなされている可能性が高い。奴はその命令があるお陰で油断をしているだろう。そこを一気に突き崩す」
ロイの目が鋭い光を帯びる。
「確かに刺青男の命令を解除出来た実績もあるし、もう奴の命令に振り回される事もないって訳だな」
「そうだ」
「……でも、ロイの体調は問題ないのか? 前回は1人を解除したあと倒れてしまっただろう?」
レインは当時の事を思い出して唇を噛む。
「あの時は、私の疲労がピークに達していた事もあったから、という事もある。だが今は、十分な休息も取れた事でもあるし、もし複数人いても、わざわざ一人ずつする必要はないから問題はない」
「そうか、確かにまとめてやれば1度で何人も一気に解除できるのか」
「そういう事だね」
心配そうに見つめるリーアムには気付かぬ素振りで、ロイはレインに向かってウインクまでして見せたのだった。
そんな数日前のやり取りを思い出していたレインの視界で、シュリンダ皇太子殿下は身を乗り出すようにロイへと顔を向けた。
「今は些細な可能性にも賭ける時。マリウス殿がそれを可能と言ってくださるのであれば、我はその提案に乗らせてもらいたい」
「それはこちらが願い出る事。ですがこれにはシュリンダ殿下のご協力が不可欠となりましょう。我々に必要な情報は、運搬業者へ指示が出たその日の内に、その旨を我々にも知らせていただく事。我々はその情報から、それらを捕縛する機会をご提示するだけの立場であり、騎士達への采配はシュリンダ殿にお願いいたしたく存じます」
「ご配慮に、感謝申し上げる」
こうして荷運び業者に連絡があった時に、迅速にロイへ話が伝わる手筈になって、シュリンダとロイはその場を終了させた。
その後ロイ達は滞在場所として、離宮内の見晴らしの良い貴賓室へと案内されたのだった。
「それではどうぞ、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
先程の家令が侍女たちと共に、部屋の環境を整えて下がって行った。
そうして扉が音もなく閉じられれば、ロイは出された紅茶を早速手に取り喉を潤していた。
「ここから繋がる扉に部屋があるから、今夜からレインはそこで休んでもらう事になるよ」
「じゃあ俺もこの部屋にいていいんだな。部屋同士が中で繋がっているのか?」
「ああ。ここは居室で、この4つの扉の内のいくつかが、護衛や傍仕えの部屋になっているはずだよ」
「侍従は常に主から離れません。従って侍従や護衛の部屋は、主の部屋と必ず扉で繋がっています」
こんな豪華な部屋を見るのも初めてであろうレインの為に、ロイとリーアムは貴族の常識を説明してくれる。
「実は他の部屋へ行けと言われたら、迷わずにここに来られる自信がなかったから、正直助かる」
「プッ、レインらしい考えだね」
「俺には城は広すぎるんだから、仕方ないだろう?」
3人だけになって緊張も溶けてきたレインは、そう言って肩を竦めてみせた。
流石に皇太子殿下の前では全身に力を入れて立っていた為、知り合いだけになった空間のありがたさをひしひしと感じるレインなのであった。
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そして店から荷運び業者へ連絡が入ったのは、それから2日後の事。
再びシュリンダ皇太子殿下に呼ばれ、その詳細を聞いたのである。
その後部屋に戻り3人だけとなったレイン達は、ソファーに座るロイを囲むようにリーアムとレインが立って話している。近衛の制服を纏っているレインは随従であり、ここに他者の目がなかろうと主と共には座ることはできない。
「レイン、聞いていたな? 頼めるか?」
「当然だ。俺はこの為についてきたんだからだな。……だが夜中に皇太子殿下へ連絡を取って、本当に大丈夫なんだろうな?」
「それはレインも聞いていただろう? この件についてシュリンダ殿は、仮令就寝時間であろうとも必ず対応してくれると断言してくださったからね。さもなくば、この件は永遠にうやむやになるとご理解いただいている」
レインがルーナで知った情報を、ソールが始まってすぐに対応せねば間に合わぬ事は始めから分かっていた。
その為、挨拶をした次の日にその辺りの話を詰め、この話は既に纏まっていた。
ロイはその時、「ヴォンロッツォ側とは別に、こちらでも情報を掴む事ができる可能性もあるため、情報を入手した時点でシュリンダ皇太子殿下へ伝える」と話していた。ローリングス国の者がこの国で密かに動いている事はヴォンロッツォの許可を得ての事であり、そう話しても疑われる事はなかった。
そして、それは必ず深夜の時間になる事は予め話してあるし、元々その時間に動かねば搬入者を捕縛する事はできないとも伝えてある。ロイの話にシュリンダが快く了承してくれていたのは、その場に居たレインも知っていた。
「それで、ここからその搬入場所までが問題だな……」
いくら迅速に動こうが、その場所までの移動時間が掛かる事は当たり前だ。
今日の引き取り場所は、ウゴリエの街から馬車で一時間ほどかかる郊外で、小さな村近くの森の中と聞いた。
先程シュリンダからこの国の地図を見せてもらい、おおよその位置は知る事が出来たものの、それはロイ達の現在地から馬車で3時間もかかる場所であった。
「一番早いのは騎乗だね。レインが行動を開始し直ぐに出発すれば、遅くとも2時間以内には目的地へ着くだろう」
「わかった。他に気付いた事はないか? あったら今の内に俺に伝えておいてくれ」
「それではレイン、――――――――――」
こうしてソールでの予定を綿密なものとするため、レインはルーナで出来る限りの準備を整えるのだった。
いつも拙作にお付き合いくださり、ありがとうございます。
レインのお話しも、いよいよあと数話となりました。
最後までお付き合いくださいますよう、どうぞよろしくお願いいたします。