13. 修練日(2)
それから午後の修練を終えたレインは、シャワーで汗を流した後に食堂へ向かった。
この夕食時の食堂はその大半が一日の任務を終えた者達で、室内の雰囲気は賑やかものになっている。と言えば聞こえは良いが、言い換えれば気が緩んでいる者達が多く、騒がしいのだ。
レインはギルノルトと並んで料理をトレイに乗せると、食堂を見回して目的の人物を探した。
「ギルノルト、あそこでも良いか?」
「おう」
そして目当ての人物がいるテーブルへと行き、向かいの席に腰を下ろした。
「お疲れウォルター、グストル」
「お疲れ」
「あっレイン先輩、お疲れ様です」
「レイン先輩、ギルノルト先輩、お疲れ様です」
レイン達がウォルターとグストルへと声を掛ければ、グストルはレインだけに挨拶を返した。
「おいおいグストル、レインだけかよ…」
「だって、ギルノルト先輩にはさっき言ったでしょう?」
「レインにも言ってただろう?」
「レイン先輩はいいんです、何回でも言うんですよ」
すっかりレインに懐いているグストルは、「ね?」とレインになぜか同意を求めてくる。
「…それは、グストルが間違ってると思うぞ?」
「え~」と悪びれないグストルは少しお調子者の所もあり、団員達に馴染んできた今はいつもこんな感じである。
そんなグストルとウォルターは同期という事もあり、班が分かれた現在も一緒に行動している事が多い。ウォルターはどちらかと言えばグストルとは逆で物静かな人物だが、そんな2人も馬が合うのか、こうして時間が合えば食堂で並んで食べている姿をよく見るのだ。
そして今レインが探していたのは、グストルではなくウォルターだ。
そのままギルノルトとグストルのじゃれ合いは続いているが、レインは視線をウォルターに向け、フワフワの卵スープを一度口に入れてからレインはウォルターに声を掛けた。
「ウォルター、パープル班は今日どこの勤務だったんだ?」
「今日は街頭でした」
「…そうか」
それでは街中の警備の時間に、わざわざ演習場まで来たのかとレインは考え込む。
「どうかしましたか?」
聞いた本人が口を噤んだためか、ウォルターが心配そうに尋ねた。
「いいや、今日の午後演習場に来ていただろう?」
レインが聞けば、「気が付かれていたのですね」とウォルターが困ったように笑う。
そこにグストルとの会話をやめたギルノルトが、興味深げに2人へ顔を向けた。
「事件か?」
と目を輝かせるギルノルトに、ウォルターは首を振った。
「いいえ、全くそんな話ではないのですが…」
「あぁ、さっき言ってたやつの事だろう?」
「うん」
会話相手が居なくなったウォルターも、そう言って会話に加わった。
「事件じゃないって事は、話しても良いんだろう?」
すっかりギルノルトはこの話に興味を持ったようで、人参のグラッセをつつきながら身を乗り出した。
「あ、はい大丈夫です。今日の昼頃、下の詰所に人が来たんです」
「へぇ~」
“それで?”という顔で人参を頬張りながら、ギルノルトが話を促す。
「その人はモックス商会の方で、人を探して欲しいと言っていました」
「人探し?」
「はい。緊急性は低いのですが一応先に副団長に知らせるようにと、カロン班長からのご指示で伺いました」
「人探しとは珍しいな…」
「動物探しなら、良くあるけどなぁ」
レインとギルノルトが顔を見合わせて肩を竦めれば、ウォルターが真剣な眼差しでレインを見ている事に気付き、レインは首を傾ける。
「ん? 何だ?」
「あ、すみません…」
ジッと見つめてしまっていた事に気付いたウォルターが慌てて謝罪するも、レインはそういう事ではないと首を振る。
「別に責めてるんじゃない。どうかしたのかと聞いたんだ」
「あ、はい。実はその尋ね人の特徴が、レイン先輩にも当てはまるなと思いまして…」
思いもよらぬ話にレインは目を瞬かせ、ギルノルトとグストルがレインを振り返る。
レインは焦げ茶の髪で、目はスキルのせいで琥珀色に変わってはいるが、どこにでもいそうな普通の外見だ。自分で言うのは凹むが、モテモテのイケメンではないし特に目立った特徴はないと本人は思っている。
「俺みたいのは、どこにでもいるだろう?」
「ええ、そう言われればそうなのですが…。その特徴というのは、焦げ茶色の髪に琥珀色の目、身長は170cmから180cm。鍛えられた体で優しそうな瞳。手に剣だこがあって、強そうな人だったと…だから騎士団の方ではないかと、尋ねて来られたらしいんです」
(なんだその特徴は…)
レインは眉根を寄せる。
確かに外見的特徴は似ていると言えば似ているが、手に剣だこまである事を知るのは、その手を触ったからで…。
(んん…?)
そこでレインは、最近自分も手を握られた事を思い出した。
(いやしかし、探されるまでの事はしていないはずだが…)
レインがそこで考え込んでいれば、ウォルターが今度は来た者の事を伝え出した。
「モックス商会の方は20代位の女性で、小さな女の子を連れていました。その女の子が先日、川に流されたところを救ってくれた人がいたらしいんです。でもその人はすぐ消えてしまったため、改めて探しているとの事です」
「へえ~。助けてくれた恩人って訳だな」
「恩人探し…ロマンですねぇ」
ウォルターの説明にギルノルトが相槌を打ち、グストルは遠い目をする。
(…やっぱり俺? 何か不備でもあったのか? もしかして帽子の行方を捜している…とか?)
あの後、帽子の事をすっかり忘れていたと思い出したのは、もうレインが街へと戻って来てからだった。その為帽子は滝つぼに落ちてしまったのであろうと思い至る。
そんな明後日の事を考えているレイン以外、感心したように話す3人。
「そんじゃ、助けた奴は名も名乗らずにいなくなったって事か」
「そうらしいです」
「はぁ~格好良いですねぇ。窮地を助け、颯爽と去って行く。ねぇ? レイン先輩?」
急にグストルがレインに話を振った為、レインは目を瞬いて思考から浮上した。
「ん? …ああ、そうだな?」
聞いていなかったがそのまま同意したレインは、ぼんやりとしたまま、今日のメインディッシュのミートローフをフォークに刺して口に運んだ。
明日と明後日は、レイン達レッド班が街頭の警備に当たる日だ。
という事は、もしかするとその人物と街でばったり会う可能性がある。
(もし会ってしまったら謝らねばならないな…それとも弁償した方が良いのか?)
レインは思考の中に沈み一人黙々と食事を進めていくも、3人はそのまま話を続けていた。
「でも騎士団に、そんな特徴の奴はゴロゴロいるしなぁ」
「ええ。黒騎士団員とも限りませんし、もしかすると白騎士団員かも知れません」
「そうなると、探すのは大変ですねぇ~」
ここで言う白騎士団とは近衛騎士団の事で、制服が白い事から白騎士団と呼ばれている。その白い制服の胸元には、国花である紅のアマリリスが刺繍されており、一部の者はアマリリスと呼ぶ事もある。
そんな近衛騎士団は王族など王宮内を警備する者達である為、貴族の子息が多く在籍している事も特徴だが、稀に才能を見込まれた爵位のない者が採用される事もあると聞く。その数は200名程、常に王宮内にいる為に黒騎士団員とは殆ど顔を合わせる事はなく、レイン達もその顔までは知らないのだった。
「ん~」と、まるでその人物を見付けようとしているかのように、3人は首を捻って考え込んでいる。
そんな中、グストルがレインの皿を見て目を瞬く。
「あれ? レイン先輩って、人参嫌いでした?」
グストルの声に我に返れば、どうやら考えている間に、レインはグラッセをフォークで何度も刺していたようで、人参が無残にもボコボコになっていた。まるで憎き相手でもあるかのように…。
「ああ…いや好きだ」
そう言って人参をパクリと口に放り込むレインに、ギルノルトが首を傾げた。
「もしかして、やっぱりそれってレインの事じゃないのか?」
「……」
咄嗟の事で言葉に詰まるレインに、答えを得たりと3人は笑みを浮かべる。
「やっぱり、レイン先輩だったんですね?」
「なんだよ、レイン。そうならそうと言ってくれればいいだろう?」
「やっぱりレイン先輩は、格好良いです!」
一人だけ方向が違うが、3人が納得した様にレインを見るので、レインは気まずくなって肩を竦めた。
「やっぱり帽子を探しに行った方が良いかな…」
「は? 何の事だ?」
「いや、女の子の帽子が流されてしまったんだ。多分それを探していると思うんだが…」
レインと話がかみ合っていない事に気付いて、ギルノルトは呆れたように言う。
「違うって。人を探しているのは帽子の行方を気にしてるんじゃなく、その人に礼を言いたいって事らしいぞ?」
「え…? そうなのか?」
途中から全く話を聞いていなかったレインは、目を瞬かせてギルノルトを見た。
「そうです先輩。その女性は、改めてお礼を言いたいと言っていましたよ?」
そんな事かとレインがホッとするも、そこでギルノルトが何かに気付いて眉根を寄せた。
「おいレイン。この前調子が悪くなったのって、このせいだろう?」
「それは俺の不注意で、ちゃんと体を拭かなかったからだが…」
「そうであっても、レインが川に入るなんておかしいと思ったんだよなぁ」
レインとギルノルトが話をしていれば、それを知らぬ2人はキョトンとしている。
それに気付いたギルノルトがわざわざ2人に説明を始めてしまい、レインは“もう勘弁してくれ”と視線を皿に向け、黙々と食事を再開するのだった。