124. 久々の訪問
レインが王都に着いて3日後。
夕刻にロイは呼び出され、久しぶりの輪舞の岬にやって来た。
いつもの部屋を覗けば既にロイの姿があり、久しぶりに元気な姿を見せたロイへ思わず駆け寄る。
「ロイ、もう大丈夫なのか?」
「ああ、心配をかけてすまなかったね。城に戻った日には目が覚めたのだが、それから今日まで軟禁されていたんだ。兄上が、流石に休めと言ってね」
苦笑しつつも嬉しそうに、ロイはそんな話をする。
「ロイ様は私がお休みを進言しても聞いていただけないので、今後はパトリック殿下に休暇を命じていただかねば……」
ロイの後ろに立っているリーアムが小声で言っているが、聞こえるようにわざと言っているようでもある。
そんなリーアムを放置して、ロイはレインへ清々しい笑みを見せる。
「まぁ座ってくれ、レイン」
「ああ」
レインは勧められたテーブル席に腰を下ろす。
そこには既に軽いつまみとバラ色のワインが並べられており、ロイがレインのグラスにワインを注いでくれた。
「レイン、今回の件に礼を言う。お陰で今はヴォンロッツォと密に情報交換をし、奴らの動きを把握しつつある状況だ」
「そうか。ならよかったな」
「やはりレインに付いてきてもらって正解だった。ここぞと言う時に頼りになった」
珍しくロイの後ろでリーアムも頷いている。
「そうか? 俺の働きよりもロイが頑張ったからだろう? ロイがあいつの命令を解かなかったら、今頃はまだ何も出来ないはずだったし」
「―――ここは素直にお礼を申し上げなさい」
リーアムが細めた目をレインへ向ける。
そんな彼の態度に虚を突かれるも、レインは「そうだな」とロイに礼を言う。
「わたくしがお役に立ちましたのなら、幸いでございます」
「……プッ」
少々照れくさくてレインが仰々しく言えば、ロイも分かってくれたのか笑って済ませてくれた。
「ただ……」
「ん? 何かあったのか?」
ロイは手にしたグラスを揺らしてバラ色の液体を見つめているが、その眼はどこか遠くを見つめているようだった。
「元締めが運営していると思われる店は、維持されているままだ。店は何事も無かったように営業している」
ロイの話によれば、仲間が50人以上捕まっているにも関わらず、慌てる様子も逃げる様子もないとの事だった。
「普通は仲間が捕まったら逃げるだろうに、図太い奴だな……店主に事情聴取をしなかったのか?」
「当然、ヴォンロッツォの役人が店主に話を聞きに行った。だが知らぬ存ぜぬで、証拠を出せと言われたそうだ」
「刺青男の証言があるだろう?」
「そんな男は知らない、見た事もないとしらを切られたそうだ」
刺青の男はローリングス国で捕らえられている。
こちらにも被害が出た以上、捕まえた者達をこちらの法で裁いてよいとヴォンロッツォから連絡が入っていた。
そのためヴォンロッツォにいる男へ面通しも出来ていない状況を逆手に取られ、店は現在も営業し今も流通が止まっていないのだから、その盗賊が盗んだ商品であるはずがないと矛盾点さえ示されたという。
「まだ営業出来るって事は、他からも商品を奪っていたのか……」
「その様だ」
その場合他にも仲間がいて、ローリングス国以外でも盗賊を動かしていたという事になる。
「そっちの荷物が搬入される時に、現場を押さえればいいだけじゃないのか?」
「駄目だ。直接品物を店に搬入させていたのは、こちら側から運ばれる荷だけだった。他からの荷は、あいだに荷運び業者を挟ませて辿れないようにされている」
「違うパターンで納品されてるのか……」
レインは渋面をつくる。
「ああ。その業者に聞いたところでは、荷物の運搬は当日の朝に連絡が入るらしい。そして時間と場所を指定されるという事だ。金払いもよいため、無理を言われても快く運んでいると聞いた」
「知らないうちに、犯罪に協力させられていたって事か。それで、その業者はもう止めたんだろう?」
「いいや。その業者には今回の事を話してはおらず、取引状況を聞いただけという事だ。仮令その業者を止めたところで他の業者に頼まれれば終わりだからね。イタチごっこである事はわかり切っているため、ヴォンロッツォ側もそのままの状態で様子を見ていると聞いた」
「面倒だな……」
こちら側にいた者を全て捕らえたため、もう事件は解決するものだとレインは勝手に思っていた。
しかし、肝心の元締めと思われる者は何事もなかったように過ごしているらしい。
このままでは埒が明かないという事だった。
「……俺に受け取り場所を教えてくれれば、その場所を事前にソールで知らせられるが?」
レインは場所さえわかっていれば、その前に荷を止める事も出来るはずだとロイに尋ねるも、ロイは渋い顔をして首を振った。
「我が国とヴォンロッツォでは距離があり過ぎて、魔鳥では迅速に伝達する事は不可能だ。連絡があってからこちらへ魔鳥を寄越しても、着くのは早くとも翌日になるだろう。それではもう、事は終わっている」
「……あぁ~だよな」
言われてみれば王都とボンドールでさえ、クルークでは一日近く掛かった事を思い出す。
それよりも距離のある他国とのやり取りでは、魔鳥を使っても間に合わないという事だ。それにロイが所持している緊急用の通信は他国に見せる訳にも行かないし、そもそも相手側に通信機器がないため連絡は取れない。
「俺も近くにいないと、それも不可能って事か」
「ああ」
レインは会話を止め、思考に沈む。
レインが動ければ何も問題はないのだが、しかしレインが一人で向かったところで話を理解してくれる者がいなければ、レインの話など誰も取り合ってさえくれないだろう。レインはヴォンロッツォに知り合いもいないし、知らぬ者に自身のユニークスキルを気安く話す訳にも行かないのだ。
だからと言って「付いてきてくれ」と、気軽に誘える立場でレインの内情を知る者はいない。ロイにしてもエイヴォリー総長にしてもこの国の王族であり、他国へ訪問するにも手順を踏まねばならぬのだ。
腕を組み、視線をテーブルに向けて思考に沈むレイン。
その対面にいるロイは、バラ色に光るグラスを揺らしてレインを見つめていた。
テーブルにブラスを戻したロイは、その手をテーブルの上で組み楽しそうに口を開いた。
「私は王太子殿下からの密命により、明朝ヴォンロッツォと情報協議のため非公式で先方に向かう事となった」
「え?」
その声で思考から浮上したレインは、数度瞬きを繰り返す。
「幸い、私はまだ表向きでは静養中だ。という事で、その随従としてリーアムとレインが選ばれている。これは王太子殿下の選定であり、レインに拒否権はないぞ?」
ニヤリと口角を上げるロイをみれば、今日はこの事を伝えるために呼び出されたのだと理解する。
だったら最初から言えばいいのにという気持ちがない訳ではないが、拒否するつもりもない為に苦笑する。
「わかった。俺はまた長期の休暇に入る訳だな?」
「そういう事だよ」
楽しそうに笑うロイに苦笑を返すレインを見つめるリーアムは、仕方がないと言うように肩を竦めたのだった。




