123. ウゴリエの街
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。奥のお部屋へご案内いたします」
豪華な馬車を店の横に着け、そこから上等なスーツを纏って下りて来た男性は、大きな店に入るなり店員に笑みを向けられる。
男はそれを当然だと言わんばかりに頷き、店員のあとに続いて行った。
通された部屋は店の奥にある豪華な応接室。
この部屋には、目を見張るほどの装飾品が飾り立ててある。
部屋の中央にある艶やかな革張りのソファーにドカリと腰を落とした男は、張り付いた笑みを崩さぬ店主の恭しい挨拶もそこそこに、出された紅茶の香りに包まれてニヤリと笑みを浮かべた。
「店主、なにやら周辺が騒がしい様だが、やましい事でもあるのか?」
でっぷりと突き出た腹は年齢と共に大きくなり、この男が贅を凝らした暮らしをしている事を物語っている。
この店を贔屓にしているこの男は、ヴォンロッツォの貴族でまあまあの地位を持っている。
ヴォンロッツォのウゴリエで店を始めた当初から目ざとく食いついたこの男は、こうして度々店に訪れ、結構な品数を購入して行く上得意客であった。
ただし、この店からすれば男の地位も人となりにも興味はなく、金を落としてくれる者として認識しているだけである事は口には出していない。
「わたくしが何かをしたのではないかと、なぜか国から疑われているようでして……。献身的に商いをしているわたくしをお疑いになるとは、この世も末でございますよ」
男の対面に座る黒髪の店主は、哀れをさそうように頬に手を当て目尻を下げる。
だがそう言いつつも、男の言葉には少しも困っていると感じさせない雰囲気があった。
「はっはっは。そうだな。店主はこの様な品々を惜しげもなく我々に提供してくれる良心的な民だ。今後もよろしく頼むぞ?」
「ええ。それはこちらからお願いしたい事でございますよ。今後とも御贔屓に」
そんな上辺だけの会話の後、応接室に飾られていた美術品を数点購入し、男は満足気に鼻を鳴らして帰って行った。
男を馬車まで見送ってから、応接室まで戻った店主はドカリとソファーに腰を下ろした。
既に出されていた飲み物は下げられており、男がいた形跡すら残っていない。
そこへ新しくお茶を運んできた従業員は、店主を労うように笑みを向けて下がって行く。そうして一人になった部屋で、スラサ・ロロニンは足を組んで渋面を作る。
「チッ、奴のところまで噂が広まっているのか。噂に左右される者も少なからずいるだろうが、あいつの様に面と向かって聞いてくる奴は問題なさそうだな」
数日前にローリングス国に送り込んでいた者達が、一斉に捕まったと言う報告を受けた。
あちらに回した者には希少なユニークスキルを持つ者を投入し、慎重に事を進めていたのだがそれがバレてしまったのだ。それらを回収できなかったのは残念だが、だがそろそろローリングス国の方は手を引こうと考えていた事もあり、さほど痛手でもないとロロニンは思っている。
それに昔からの部下や直接指示を出している者には、ユニークスキルを使い強制的に話せないようにしてあるため、捕らえられたところで問題はない。
一部の他の者達にも顔が知られているものの、仲間に引き入れる時に一度会った程度の繋がりで、自分の事は何も教えていないためこちらも問題ない。
こうしてロロニンは希薄な繋がりの仲間を集め、それらに仕入れ部門として行動させていた。
ロロニンが商売をしようと思ったのは、単に思い付きだ。
それまでは数人で道行く者に奇襲をかけ、それらの荷を奪い、人を攫って売り飛ばしてその場を凌いでいたただの小悪党だった。
そんな中からもロロニンに惚れ勝手に付いてくる者や孤独な者を拾って行った結果、部下と呼べる者が増えていった。だが、部下が多くなってくると移動するにも食料を集めるにも手間がかかってしまうため、それらを適当な人数に分け、その中で思考がましな者に管理させることにした。
こうして出来上がって行った組織は今では総勢200人程となっており、元締めであるロロニンでさえ把握しきれていないのが現状だ。ロロニンはその中の殆どの者と顔を合わせた事はなく、ロロニンを知る者は少人数に限らせている。その限られた者達がロロニンの指示を受けて動いているのだ。
ロロニンは小さい頃から頭がよかった。
それは自分でも気付いており、ロロニンの整った容姿と機知に富む思考のお陰で、底辺の家庭で生まれながらもさほど苦労した事はない。
欲しい物があれば表情を少し変えるだけで手に入り、腹が減れば女性に微笑みを向けるだけで買い与えてもらえる。なんてくだらない世の中だと子供ながらに思ったロロニンは、自分が思う通りに人を動かせる能力をもっている事をその時に自覚したのである。
元々頭がよい事もあって人の話はどんなことでも頭に入れ、一度聞いた話は忘れないようにしてきた。
そうして色々な人と話をするうちにユニークスキルという存在を知り、貪欲にその知識を吸収していった。
そして自分にもトリッキーというユニークスキルがあって、それまで知らぬ内にそのスキルを使っていたと分かった。それは「ユニークスキルは面白い」とロロニンが思った最初の時だった。
コンコン
「入れ」
ロロニンが束の間の思考を飛ばしていると、ノックのあとに続いてガタイの良い店員が入って来た。この男は店の警備員として置いている仲間で、余計な事を話さない寡黙な男だった。それが理由で店に置いていると言える。
「用意できました」
そう言った男の手には鳥かごが握られており、その中には鮮やかな緑色をした生き物が入っていた。
ロロニンはこの男にそれを捕まえるよう指示を出していた事を思い出し、鷹揚に頷いてテーブルに置けと指示を出す。
「そこに置け」
会釈だけして退出していく男が見えなくなった所で、籠の中で怯えて縮こまる生き物にロロニンは視線を向けた。
「まあまあだな」
と呟いてソファーから立ち上がると、部屋の隅にある煌びやかな箱の中から拳大の光る石を取り出した。
それは大振りの魔石で、願い年月を生きた大きな魔物や鉱山の奥深くからしかとれない貴重なものだと言える。
その魔石を持ちソファーに腰を下ろしたロロニンは、魔石をテーブル上にある鳥かごの前に置いた。
「危害は加えない。腹が減っているだろう? お前にこの魔石をくれてやろう。ただしお前は私に従ってもらう」
魔鳥は魔石など魔力の籠った物を餌にしている為、好物を目の前に置けば警戒心が薄くなる。
本来ならばそれ以外にも“相性”がよくなければ従魔にはならないのだが、ロロニンは魔鳥の警戒心を解きさえすれば従わせる事が可能であり、どの個体でも問題はない。
「これが食いたいか?」
『クルッ……』
捕らえられて2日間何も与えられていない魔鳥は、目の前の魔力漂う魔石にうっとりした視線を向けている。基本的に魔鳥は温厚な魔物であり、純粋と言っても過言ではない魔物である。そのためロロニンの言葉に期待の目を向けている事が分かる。
「よし、ではその前に私の従魔になってもらう。お前は私に従え。“私の言葉は絶対だ、モルニア”」
籠に手を入れて掴んだ魔鳥に、ロロニンはスキルを発動させた言葉を紡ぐ。
『クゥ』
その言葉が体に浸み込んだのか一声上げた魔鳥は、ロロニンの気配を習得してつぶらな目を瞬いた。
たったこれだけの作業で、この魔鳥はロロニンのものになったのである。
籠から手を抜き入口を開けたままにしていれば、そこから跳ねるように出てきたモルニアは魔石に近付くと、目を輝かせて魔石に身を寄せた。
通常、小さな魔石は口から飲み込むが、この魔石は魔鳥ほどもあるため、その体全体を使い魔力を吸収させているのだ。
『キュルルル~』
そののち石が灰色になって満足そうに謳う魔鳥は、こうしてロロニンの従魔となったのだった。
「外に出ていろ。周りの状況を確認しておけ」
『クルッ』
早速ロロニンの命令に従い、モルニアは開いた窓から空高く飛んで行く。
「フン」
それを見送るでもなく背を向けた男は、口角だけをゆっくりと上げ部屋をあとにした。