120. ロイからロイへ
どうなったのかと心配していたアルタは、ロイとの繋ぎで動いてもらった事もあり、捕らえられる事はなかったと言った。
そこはしっかりとロイが保証してくれたらしく、レインは胸を撫でおろした。
「レインに言われたロイさんという人が、俺を協力者だと言ってくれたんだ。だから俺は拘束されずに済んだし、その後は俺から見て真面目に働いていた人を聞かれて、その人達の名前を伝えたくらいだったよ」
「そうか。あの時は助かった、ありがとうアルタ」
レインが礼を言えば、アルタは照れ臭そうに笑う。
「お礼はいいって。そのお陰で憧れの騎士団員に稽古をつけて貰えるようになったから、お礼を言いたいのは俺の方だよ」
アルタは今日、騎士団員達に稽古をつけてもらって過ごしたと言った。
皆が拘束されてから手持無沙汰といえるアルタ達6人は、倉庫の裏庭で自主的に体を動かしていたらしい。街の警備は騎士団員が行ってくれていてする事がなく、その分、木剣などで素振りをして過ごしていたという。
その彼らは傭兵に志願してきた普通の青年たちで、本当の意味で街の治安を守ろうとしていた者達。その精神は腐った傭兵の中にあっても消える事はなく、今でも真っ直ぐな心根は健在だったのだ。
そんな彼らの様子を最初は監視するように見ていた騎士団員達が、自分の休憩時間を使って鍛錬の相手をしてくれるようになったのだと、嬉しそうに笑ったアルタが印象的だった。
レインは倉庫から出て微笑する。
気になっていたアルタは思いのほか元気に過ごしており、レインは胸を撫でおろした。
これでレインの個人的な用事は済んだ。
後はロイにこれからすべきことを伝えるだけだと、レインは再び宿へと足を向けた。
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コンッ コンッ コンッ
「入ってくれ」
その声に、ガチャリと扉を開いて目に飛び込んで来た人物に声を掛けた。
「おはよう、ロイ」
「レインか、おはよう」
「少しは休めたようだな」
ロイの顔色を指摘したレインに、ロイは苦笑しリーアムは頷いている。
「ああ。流石に少し眠らせてもらったよ。だから今日は調子が良い」
少し睡眠を取ったくらいで万全になるはずはないだろう。強がりをいうロイに今度はレインが苦笑するも、余計な事は言わずに勧められたソファーに腰を下ろした。
「これから倉庫の奴らを見に行くんだろう?」
レインはロイが今日行うはずの予定を確認する。
ロイはこの後から倉庫に捕らえられている者達を見て回り、伯爵と刺青の男の尋問にも立ち会うはずだ。
しかしその尋問にも刺青の男は口を割る事なく、その後ロイ達は一旦宿に戻り昼食を摂ってからのち、前回の話に行きついたのだ。
「―――ああ。私の予定を把握しているという事は、レインはソールか」
「そうだ。それで、ルーナでロイに言われた事を伝えるために来た」
「ほう? では何か進展があったという事かな?」
「いいや、進展があるのはこれからだ。ルーナでは確認しただけで終わっているからな」
「では予定の前倒し、だな」
クスッと笑うロイ。
「レインがいると、予定が捗るね」
「それはロイ次第だぞ? 俺が知る情報を生かすも殺すも、ロイの手腕に掛かっているんだからな?」
脅すなんてひどいなと、ロイは楽しそうに哄笑する。
対面に座るリーアムは渋面を作っているが、そちらは見えない事にした。
ロイが全く脅しと捉えていない事は一目瞭然だし、ロイが楽しそうなので良しとする。まぁ実際、ロイがその情報を上手く使ってくれる事は、言わないうちから分かっている事だ。
それで、とレインは話す。
「あの刺青の男は、今日も何も話す事はないだろう。それは奴の体に傷を作ろうとも、だ」
「ほう?」
「今日は団長達が鞭を使って尋問を行うはずだが、それでも一切口を開かないんだ」
「…………」
ロイは考え込むように眉根を寄せ、窓の外に視線を向けた。
「それを聞いて、俺達は物理的な意味で話せないのではないかと解釈をした。その後ロイは男の下へ確認に行き、その可能性が高いと結論をだした」
「そうか」
ロイは視線を戻し、レインに問いかける視線を向ける。
「ロイはそれを、ユニークスキル“トリッキー”の支配下にあるからだ、と言っていた」
「トリッキーか……。それならば何をしても話さない理由が理解できる。トリッキーは事実上、人を支配するユニークスキルだ。その者から出された命令は、死ぬまで解除される事はないからね」
ロイの言葉に、リーアムが目を見開く。
「それではそのマスターを捕まえたとしても……ユニークスキルを発動されてしまえば、逃げられてしまう恐れもある、という事でしょうか?」
リーアムが危惧する事、すなわち絶対的な言葉の支配下に置かれれば、味方も取り込まれる可能性があるという事である。
「それは大丈夫だと言えるだろう。そのユニークスキルには発動条件が伴い、その者へ心を許している事が前提となるからだ。ゆえに、その者に対し同調する感情を持っていなければ、仮令発動されたとしてもそれに取り込まれる事はない」
ロイの説明を聞き、リーアムの肩から力が抜けた。
確かにこのユニークスキルは絶対的なものの様に感じてしまうが、そこは条件というものを付けてくれたお陰で“絶対”ではなくなるのだ。
「だが、死ぬまで解除できぬとなると厄介だな……」
ロイは口元に拳を添える。
「死ぬ寸前まで傷めつければ、もしや……」
リーアムは小声で物騒な事を言った。
「その方法についてだが」
レインはリーアムからロイに視線を巡らせ、そこで止めた。
「ロイならば解除が出来るはずだ。いいや、ここにいる者達の中でも、ロイにしか出来ないだろう」
「私か」
とロイは一度そこで言葉を止めるが、すぐに再び口を開いた。
「…………なるほど、その手があったか。確かに解除方法としては、それが一番確率が高い」
「ロイは俺に、十中八九上手くいくだろうと言った。ただルーナではもう昼も過ぎていたから、その日に実行する事は出来ないと言っていた。だから俺に朝ここでその方法を伝えてくれと、ロイから言われたんだ」
「確かに、少々時間は掛かるだろうからね。選択肢はここで行ってから出発するか、王都へ着いてから行うかの2つ。明朝にはここを発つ予定にしている為、私はここで済ませる事にしたようだね」
ロイの理解は早かった。
ヒントとも呼べない言葉を伝えただけで、ロイはレインが言わんとしている事を理解したようだ。後はロイに全てを任せる事になるが、ロイは移動中にでも休憩してもらえば大丈夫だろうとリーアムを見る。
リーアムは理解が出来ていないのか、懸命に話を整理しているように見えた。
「その方法で、ロイ様に危険は?」
リーアムは眼光を強くする。
「ロイに危険はないが、しばらくは体を動かす事は辛くなるだろうとは思う」
「それは、危険というのでは?」
と、レインを睨んだ。
「リーアム、命の危険はない。ただ確かにその後の私には、レインが言うように休息が必要になるだろう。ゆえにリーアムには移動中に世話を掛ける事にはなるが、頼めるか?」
「ロイ様を、この身に代えても御守りいたします」
ロイがリーアムをとりなしてくれたお陰で、強引であるが話は纏まった。
今日のロイは昨日よりも顔色が良く、万全の体調とは言えぬまでも、問題なく奴の刷り込まれた命令を解除する事ができるだろう。
その後については、刺青の男次第という事だ。騎士団の尋問に耐える事が出来なくなれば、素直に口を割るだろう。
そうなれば、マスターと呼ばれる者まで一気に近付く事が出来るかもしれない。
レインは視線を向けるロイに頷き返すと、席を立つロイ達に続いてその場所へと向かって行った。
少しストックができたため、また連日投降いたします。




