119. 気掛かり
レインはボンドールで再び宿で部屋を取っている。
街が不穏な空気を漂わせている事に気付いた旅人たちが早々に宿を後にしたため、部屋はいくらでも空いているのだ。
この宿には現在、ロイ達の他にヘッツィー団長とボーンマス副団長、中隊長らも部屋を借りてはいるが、彼らが部屋で寝ていた形跡はなく、ずっと第一騎士団員と共に行動していると思われた。
一方しっかりと睡眠を取って目を覚ましたレインは今、ユニークスキルの話をした日と同じ日のソールである。
前日はハイウェル伯爵から話を聞いたロイが、その日の内に王都へ報告を送ったと言っていた。
それにはヘッツィー団長の魔鳥を使ったと話し、クルークが怪我をしているとレインはその時に聞かされた。
「酷い怪我だったのか?」
レインは不安げに尋ねる。
クルークはレインの契約魔鳥ではないが、ロイを通してクルークと接している状況で、既に親しい友の様に感じていたのだ。
「ああ。見付けた時には翼も体も傷だらけで意識を保つのがやっとの様だった。今はもう傷は塞がっていて本人は元気そうだが、暫くは大事を取って安静にさせている」
「そうか、それなら良かった。一体誰にやられたんだ?」
魔鳥は連絡手段に使われる事が多く、狙われるのはわかる。
しかし大空を飛ぶ小さな魔鳥を狙うなど、余程の命中力がなければ撃ち落とせないだろうとも思った。
「ボンドールにいた者が放った魔鳥であったらしい」
「魔鳥が魔鳥を襲うのか……。それは良くあることなのか?」
レインは魔鳥の契約者でもないし、その習性を知らない。
唯一魔力が好物であるとは知っているが、肉食だとは知らなかったのだ。
「滅多にない事だ。魔鳥は昆虫などを捕食する事はあれど、気性も穏やかで魔物を襲う事はまずないと言える。それに魔鳥は仲間同士の繋がりも強く、その仲間を攻撃するなど絶対にあり得ないだろう。すなわち、魔鳥が魔鳥を襲ったのは捕食する為でなく、主に命じられて仕方なく攻撃したという事だ」
「うわぁ……酷い事をさせるな」
「ああ。人とは、自分さえ良ければ良いという考えは捨てきれない生き物だからな」
ロイはそう言って、まるで自分が傷ついた様に渋面を作った。
そんなロイに掛ける言葉もなく、レインはただ一日も早くクルークが元気になるようにと祈ったのである。
そんな事を思い出しながら、レインは今日の予定を立てる。
まだ早朝と呼べる時間ではあるが、ロイは既に起きているだろう。少しは休んでもらいたいという思いもあり、レインは少し時間をおいてから、ロイへとスキルの事を伝えに行く事にして部屋を後にしたのだった。
宿の外はまだ朝靄が立ち込めており、足元には冷たい空気が漂っていた。
レインは外套の襟を詰め、目的の場所へと歩き出して行った。
レインは立ち並ぶ倉庫の一番奥、傭兵が宿舎にしていた倉庫へ向かう。
その入り口にも騎士団員が立っているが、既にレインの顔を関係者と認識している彼らがレインを止める事はない。
レインは会釈だけをして、団員の前を通り過ぎて倉庫の中へと入って行った。
この建物の中には現在、傭兵として雇われていた者の数人が寝泊まりしていると聞いた。
彼らは盗賊の仲間ではなく、それらの存在を全く知らされていなかった者達が留め置かれている。彼らも一度は捕らえられたものの、彼らの供述に不可解な点はなく、純粋に傭兵として村などから来た者達だと証明され解放されたのだ。
その数は6名。
レインはその中の一人に会うために、ここを訪れたのだった。
ロイからは彼の無事を聞いていたが、巡回に出る日以来一度も顔を合わせていないのだ。それはまだ2日前のことであるが、レインにとってはもう随分と時間が経っている感覚だった。
レインは慣れた足取りで使っていた部屋へと向かう。
以前よりも使用者が居なくなった事で、地下は更に寒々しい雰囲気になっていた。
コツッ コツッと足音だけが響く中、レインは扉の前に立った。
コンッ コンッ
「アルタ、居るか? 入るぞ?」
相手は寝ているかも知れないが、レインはそのまま部屋に入る。
案の定、アルタはまだ布団の中で丸まっており、ベッドの上にこんもりと山を作っていた。
そんな何でもない情景に、レインは安堵の息を吐く。
「アルタ、朝だぞ」
「ん~……もうちょっと……」
懐かしいやり取りに、レインの目尻も下がる。
しかしその間はすぐに埋まり、飛び起きるように身を起こしたアルタが驚いた顔をレインへ向けた。
「今日は寝起きが良いな」
ニヤリと笑みを作るレインに、アルタは茫然としたまま固まっていた。
「……レオ」
「おはよう、アルタ」
「…………」
レインの笑みにアルタの笑顔は返ってはこず、アルタの顔は見る間に泣きそうなものになってしまった。
「どこにいたんだよ。……探したんだぞ?」
アルタの言葉で、レインは心配をかけてしまった事に気付いた。
「悪い。昨日は伯爵の家に行ってたから、アルタに会いに来れなかったんだ」
「お屋敷に?」
「ああ。伯爵から事情を聞く人の護衛をしていたんだ」
「そうか……。レオは、小麦の事を調べていたって言ってたもんね」
「ああ。そっちの用事だった」
レインがアルタのいるベッドの端に腰を下ろせば、アルタは問いかける視線をレインに向けてきた。
「ん?」
と問い返せば、アルタはおずおずと口を開いた。
「ちょっと聞いてもいい?」
「勿論いいぞ?」
「……俺達って、これからどうなるの?」
レインが思っていた通り、アルタはこの宿舎に残っている者の処遇を心配していたらしい。
「俺の知る限りでは、アルタ達に刑罰はないはずだ。ただし、一度みんなと一緒に王都に行く事にはなるだろう」
「え? 王都に行くの?」
「ああ。いつまでもあいつらをここには置いておけないからな。王都できっちり処罰してもらう」
「……そっか、そうだよね」
「アルタ達もそれと一緒に王都へ行って、一応事情聴取は受ける事になるだろう。だが既に奴らの仲間ではない事が分かっているから、その後は自由になると思う」
レインがそこまで話すと、アルタは黙り込んでしまった。
まだ不安な事があるのだろうかと、レインはアルタを見守った。
「レオ……じゃなくて、レインさん」
レインは瞠目してアルタを見返す。
名前を憶えていてくれた事は嬉しいが、“さん”付けで呼ばれる事に距離を置かれた気分になる。
「呼び捨てでいいぞ?」
「そうはいかないよ。レインさんは、本当は王都の人なんでしょう?」
「まぁそうだが、たとえ王都の住人だからといって、他人行儀になる必要はないだろう? 今まで通り呼び捨てでいい。アルタには世話になったしな」
レインは目尻を下げてアルタに言う。
「……うん。わかったよ、レイン」
「ぉおう」
自分でそう言ったものの、いざ“レイン”と呼ばれると少々くすぐったいのは何故だろうか。
「それで、何か聞きたかったんじゃないのか?」
名前呼びのところで停滞していた話を、レインは軌道修正する。
「うん。――――――レインはもしかして、王都の騎士なんじゃないかなって思って……」
「なんでそう思うんだ?」
レインはその答えを直ぐには出さず、アルタに尋ねてみた。
レインがアルタに黒い制服姿を見せた事はないし、戦闘する場面も見せてはいない。日常の仕草だけでなぜわかったのかと、純粋に興味があったからである。
「だって、レインは元々剣の使い方が上手かったでしょ? それはもう、身に沁みついているように剣を扱っているから、きっと、ずっと剣を使った仕事をしていたんだろうなって思ったんだ。それと、ここにいる騎士団員達とも意識が繋がっているというか……レインの動きと騎士団員の動きが似ている気がしてね。仕草と言うか、佇まいというか、その辺りの雰囲気が似てるんだ」
レインはアルタの洞察力に感服する。
ただ剣を扱えるだけならば、冒険者や流れの傭兵などの職種は他にもある。その中から騎士だと見抜いたアルタは、常に周りの状況を確認しそれに対する思考を続けていたのだと知る。
一見、ただの純真な青年に見えるアルタだが、やはりこの傭兵に混じっていても腐っていないだけの事はあるなと、感心すらしていたレインである。
「正解だ」
「やっぱりね」
そう言って顔を向けたアルタは、今日初めて弾けるような笑みをレインに向けたのだった。
明日も投稿いたします<(_ _)>