117. 理由
「なあ、ロイ」
「何かな?」
ハイウェル伯爵の話を聞き終えた翌日、ロイ達は宿にいた。
そして今日初めての食事となる昼食を摂り終えて、レイン達は食後の紅茶を頂きながらのんびりとテーブルに座っている。
捕まえた者達の尋問は第一騎士団が行っており、ロイも様子を見に行ってはいるが、それも今のところ特に目立った進展はない。
刺青の男は、捕らえられた途端に口をつぐみ一言も話さなくなった。その落ち窪んだ目も何も語る事はなく、何を聞いても口を開かず逆にそれが不自然なほどだ。
明らかにこの場所で一番何かを知っていそうな男がその態度を取り続けているために、全くの進展がないとも言えるだろう。
「小隊長……オルダーとチャフルからも、マスターって奴の事は聞けなかったんだろう?」
腕を組み思考に沈んでいたレインは、糸口を探すようにロイに視線を向ける。
「あの2人か。“マスター”という言葉は彼らから聞いた言葉だが、黒目黒髪という容姿と中肉中背である事くらいしか分からないと言い張っていたな。どこからきて現在どこにいるのかは、全く知らないと」
「ん~。それじゃあそのマスターは、どうやってあいつらに指示を出していたんだ?」
「指示を出す役割は刺青の男が担っていたらしい。小麦を乗せる馬車が来る日時なども、その男が知らせていた様だ」
「という事は、商人を襲う予定から馬車で小麦を運ぶまでの日程を、トカゲ野郎が組み立てていたって事か……?」
「それはそうとも限らないよ。それらを計画するマスターの言葉を受け取って、ただ伝言を運んでいただけかも知れないからね。まぁあの男も把握したうえで、行動はしていただろうけれど」
そう話したロイは、徐にカップを口へと運ぶ。
ロイは強行日程が一段落して、今は少しだけ目の下の隈が薄くなっている。だがこれから王都へ戻る為の準備もあってロイはまだまだ忙しそうであるが、今は身内だけの空間で肩の力が抜けている事がうかがえた。
「そう言えばあのトカゲ野郎は、前から夜中にウロチョロしてた奴だったんだろう?」
「ああ。ドーラに確認をしたところ、同一人物だと言っていた。日中はハイウェル伯の下を訪れ、夜中に仲間の下へと忍び込み伝言を運んでいたようだね」
「あいつは全く気配を出さないから、いくら仲間であっても夜中に忍び込まれた方もビックリしただろうな」
「らしいな。その小隊長たちもあの男は突然現れる、と言っていたらしいからね」
「気配がしない商人って、ありなのか……? そんな怪しい商人から物を買った伯爵は、よほど気が動転していたんだな。普通ならあり得ないだろう」
レインはロイの話を聞きながら、紅茶を手に取って口に含む。エリックが入れてくれた紅茶は今日もとても香りが良い。ただその香りに癒されても、レインの眉間のシワは取れなかった。
「ああ。それに所持品を確認したところ、扱う薬にも問題があった」
「毒の事か?」
レインが飲み終わったカップをテーブルに戻せば、エリックがすかさずお代わりを注いでくれた。
「それもあるね。他にもあの男が所持していた物からは、我が国で流通を禁止している薬物が見付かっている。医術局に鑑定してもらわねば確定ではないが、ハイウェル伯が奥方に使った薬もその類であろうと思う」
「毒以外に何が出てきたんだ? 苦痛を感じなくなる薬か?」
「ああ。話を聞いた限り、それは痛みを感じないのではなく体の機能をマヒさせる薬であろうと思われる。もし私が思うものと同一であれば、それは医療薬としては認められていない、幻覚を伴う悪魔と呼ばれる物だ」
「悪魔……」
レインはその名前ですら嫌悪感を覚え、渋面を作った。
「そして隣国のヴォンロッツォでも、その薬は違法とされているはずだ」
「――って事は、元々ヤバイ商人って事じゃないか」
「そのようだね」
ロイは慌てることなくレインの驚いた顔を見返す。
ロイは王子の立場から、ヴォンロッツォでこの薬が原因と思われる事件が度々起こっていた事を知っている。
それゆえいつかは自国にも紛れ込んでくると常々警戒していたのだが、それが現実のものとなった事にロイも内心では憤りを感じていた。
ただし今回使われた者が病人であったため、それ以上の事件とはならず今まで気付かなかったのだ。
悪魔は一度使ってしまえば常用性も高く、健常者がそれを使い続ければ、結果的にその人物は思考を失い廃人となって死亡するもの。
それは一部の闇で取引されている薬であり、それを所持していたあの男が口を割る事が出来れば、そちらの方にも捜査の手を伸ばす事ができるのだ。
それだけ今回捕らえた刺青の男は重要人物であるという事で、今は口を割らせるために様々な尋問を行っているのだ。
「なあ、ロイ」
「ん?」
「あいつが全く口を開かないって、普通ではあり得ないんじゃないか?」
「そうだね。ただまだ尋問も2日目で、他にも口を割らせる方法があるかも知れないがな」
ロイは澄ました顔で中々怖い事を考えているらしいなと、レインは尻の位置を変えて座り直す。
「それにしても、普通は一言くらい話すだろう? それが全く言葉も発しないって、絶対に何かあると思わないか?」
「その、何かとは? 因みに魔法で何かをされている恐れはないらしいぞ?」
ロイは楽し気にレインを見つめる。
とは言えレインは何となく思った事を言ったまでで、何かを思い付いて言ったわけではなかった。そのため、ロイの視線に言葉を詰まらせながら、懸命にその答えを考えてみる。
「そうだなぁ……。―――例えばユニークスキルが関係している、とか?」
「ユニークスキルか。だが、口を閉ざす意味を持つユニークスキルはなかったはずだ」
「そうじゃなくて、なんて言うかなぁ。あいつがユニークスキルを持っているんじゃなくて、そのユニークスキル持ちに何かされてるんじゃないか、とか……?」
「―――人の体を操るユニークスキル、か」
レインの言に、ロイは思案するように顎に手を当てる。
そうしてロイを見詰めるレインとリーアムは、静かに紅茶を飲んでその答えを待つ。
「物理的に操る訳ではないが……」
と、暫しの時を経てロイが呟く。
その様子にレイン達はカップをテーブルへと戻した。
「呪いの様に体に命令を刷り込ませるユニークスキルがあるな……」
ロイは視線を上げ、対面に座るレインを見つめた。その視線はレインのユニークスキルをも覗くかのように、真っ直ぐなものだ。
「呪い?」
レインはその視線を受けとめ言葉を重ねた。
「厳密に言えば呪いではないが、それは人を支配するユニークスキルで、名前は“トリッキー”という」
「そんなユニークスキルもあるのか……」
「ああ。ユニークスキルはそもそも変わり種が多い事は、レインも知っている通りだ」
口角を上げたロイが、そう言ってレインに問い返すような視線を向ける。
「――確かにな」
と、それにはレインも同意するほかない。
「話しを戻すが、そのトリッキーとは、己の命令を絶対的なものとして相手に刷り込ませるもの。発動は任意に出来るが、相手が自分を信用している事が条件になるはずだ。その信用の中に己の指示を巧妙に根付かせるスキルと言える」
「条件付きの発動か……」
こうしてユニークスキルの事を色々と聞けば、レインもロイが読んだと言う本を見てみたくなる。
他にはどんなユニークスキルがあるのだろうかと、最初は自分の事を調べるつもりで探していた本は、レインの好奇心をそそる物へとすり替わりつつあるが、その事に当のレインは気付いてはいないのである。
「ではそのマスターとやらは、トリッキーを持っているという事でしょうか?」
黙って聞いていたリーアムだったが、話を戻すように口を挟んだ。
「その可能性はあるのかも知れないな。とは言え、それを解除となると……」
「は? その命令って解除出来るのか?」
ロイが自問するように呟いた言葉を拾ったレインが、その意味に気付いて驚く。
それに対し、ロイは渋い顔で頷いた。
「出来るにはできる。……その命令された者が死ねば、その効果はなくなるからな」
「それではあの者には死んでいただきましょう。どうせ何も話せないのなら、いてもいなくても同じことです」
ロイの言葉に被せるようにリーアムが物騒な事を言い出せば、ロイは困ったように苦笑した。
「リーアムは安直過ぎるぞ……」
そんなリーアムの物騒な会話をぼんやりと見つめながら、レインの思考は目まぐるしく移り変わっていた。
そうして漸く辿り着いたひとつの可能性に、レインは大きく息を吐き出すのだった。
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次回の更新は、7月18日です。<(_ _)>