12. 修練日(1)
それから数日後、レインがいるレッド班は演習場を使った修練日となっており、レインにとっては2度目の日だ。
通常、第二騎士団の200名は6班に分かれ、2班は日中の街中を巡回、1班は日中の郭壁の警備。残りの2班は夜間の警備で街と郭壁の警備を担当し、そしてもう1班は演習場での修練がローテーションになっている。そんな訳で、レインにも6日に一度は修練の日がある。
その修練日にはいつもムルガノフ副団長が加わり、監視と指導をしてくれているのだ。
「グストル・モイラー、脇が甘い」
「はいっ!」
「スキッド・ミウロディ、よそ見をするな」
「…はいぃ!」
「ウイリー・オッフェル、もっと踏み込め」
「はい!」
30数名を一度に見ているはずが、ムルガノフ団長の指示は的確だ。
レインも集中し一歩を大きく踏み込む事を意識して剣を振るって行き、こうして団員たちの午前中の時間は過ぎていく。
「よし、ここまで。午後からは場内の走り込みだ。遅れるなよ」
「「「はい!」」」
団員たちはムルガノフ副団長へ揃って返事をすると、半数はすぐに剣を下ろして移動していく。
レインも剣を下ろして一礼すると、休憩場まで引き上げていった。
「レイン、昼飯に行こうぜ」
「おう。今日の昼はめちゃくちゃ美味いぞ?」
「お? そうなのか? レインは昼飯の事まで良く知ってるな」
「調べたのか?」とニヤニヤするギルノルトに、レインは“しまった”と自分が口を滑らせた事に気付いた。
レインも1度目のこの時間ではまだ今日の献立を知らないのだが、1度目に食べた料理が美味しかったので、つい答えてしまった。
「…ああ。今日はサマンサさんの自信作…と聞いた」
動揺しているレインに首を傾けたギルノルトは、「そうか」と言って笑っただけであった。
(いつかはギルに、話さなければならなくなりそうだな…)
こうしてレインは、時々ギルノルトに口を滑らせてしまう事がある。
その内容自体は些細なものだが、その違和感に気付かれれば、もう言い逃れをするつもりはないレインであった。
そうしてギルノルトと連れ立って、騎士団棟の食堂へと向かって行く。すると、先に第一が席について食事をしていたらしく、席の半分ほどが埋まっていた。
そんな中、レインとギルノルトがトレイを持って配膳に並べば、レインは後ろから肩を叩かれた。
「今から食事か?」
その声に振り向けば、見慣れた顔がこちらを見ていた。
「はい」
と、一応敬語を使って返してはいるが、声を掛けてきたのはレインの父であるジョエル・クレイトンだった。
「お疲れ様です」
隣にいるギルノルトも、ジョエルがレインの父親であることを知っている。2人が既に面識があるのは、ギルノルトは友人であるとレインが父親に紹介していたからだった。
「やあ、ギルノルトもお疲れ」
気さくに会話をしているが、ジョエルは今第一騎士団の中隊長を任されており、50名の団員を率いる上官である。元々は第二騎士団で班長をしていたジョエルだったが、レインが第二騎士団に配属になった事で配属先を変えてもらい、今は第一騎士団に籍を置いていた。
その第一騎士団は第二騎士団とは編成が異なる。
第一騎士団総員400名の内、200名が常に遠征に出ている事もあり、その200名が4中隊となり纏まって行動している。そこから更に小隊に分かれるのだが、レインは詳しくは知らされていない。
黒騎士団は第一と第二、それぞれが独立した行動をとる為、詳しくは所属しなければ知らされない事柄であり、敢えてレインも父親にそこまでは尋ねていなかった。
「今日のカツレツというやつは、旨かったぞ?」
もう食べ終わったというジョエルは、今日のメイン料理が絶品だったと笑みを広げた。
「はい。美味しいと聞いているので、楽しみです」
ギルノルトも嬉しそうに笑みを広げて返事をした。
その返しに“おや?”という反応をしたジョエルだったが、そこでジョエルに声がかかる。
「クレイトン中隊長、そろそろお時間です」
「ん? ああ、わかった。それではな、レイン、ギルノルト」
「「はい」」
これから会議だというジョエルは、声を掛けてきた部下を連れて食堂を出て行った。
そんな父親の背中を見送ってレインが肩をすくませれば、ギルノルトが羨まし気にレインを見た。
「いつ見ても格好良いよな…クレイトン中隊長」
「そうか? いつもと変わりないが…?」
「贅沢だなレインは。クレイトン中隊長は剣の腕も一流だし、イケメンじゃないか。格好良い父親がいて羨ましいよ」
「…まぁそう言うなら、ありがとう?」
とそんな会話をしていれば、料理が目の前にやってくる。ではなく、レイン達が料理の前に進み出た為であり、2人は目をキラキラさせて料理の皿をトレイに移動する事に集中するのだった。
「今日のカツレツは新しいメニューで自信作だよ。ジューシーなカセギの厚切り肉をあっさりした油でカラッと揚げて、極上の仕上がりになっているからね。沢山食べてちょうだいね」
「うわ~っ、見た目から既に美味そうだ」
「絶対に美味いやつ」
ギルノルトとレインが、トレイに乗せた料理の香りでもう喉を鳴らしている。
「ふふふ。味わって楽しんでちょうだい」
そんな2人の顔に、サマンサも嬉しそうだ。
「「はい!」」
元気良い返事をして2人が空いている席に向かえば、その近くにはトラス班長と彼が率いるグリーン班の4人ほどが座っていた。
「「お疲れ様です」」
レインとギルノルトが彼らに挨拶をすれば、こちらに視線を向けたトラス班長達も「お疲れ様」と返す。
「ギルノルト達、今日は修練日だったよな?」
「「はい」」
トラスは班長という事もあり、他の班の行動も把握しているのだとレインは納得する。
そんな2人の返事に食堂内を軽く見回したトラスは、少し離れて食事をするデントス班長を見付けたらしく、手を振って挨拶をしていた。
「今日の食事は当たりだぞ?」
そう言ってレイン達に視線を戻したトラスは、ニヤリと笑みを広げ、フォークに突き刺したカツレツの半分を掲げてかぶり付いた。
このトラス班長は現在30歳、班の名前である緑の髪を持ち、ソバカスがチャームポイントだと自分で言う茶目っ気ある人物だ。普段は冗談などを言って場を和ませる事も多いが、班長に選ばれるだけはあり、有事に対応する能力がずば抜けて高く、臨機応変に皆へ指示をくれるのだと班員たちから頼りにされていると聞いている。
「トラス班長、せめて皿の上で切り分けてから、口に入れてくださいよぉ」
「何言ってんだローナン。こうやってかぶり付くのが“肉”ってもんだろう?」
トラスの隣に座るローナンがそう言ってトラスをたしなめるも、トラスはご機嫌で肉にかぶり付いた。
そのローナンは28歳、グリーン班に属し、いつもトラスの傍で補佐的な役目をしていると聞く。快活なトラスとは対照的に、ローナンは横分けしたオリーブ色の髪と眼鏡を掛けたインテリっぽい雰囲気で、その見た目通りに真面目な性格らしく、トラスの世話係と陰で言われている人物である。
そんな食堂で、レイン達もサマンサの自信作であるカツレツに舌鼓を打ちながら、他愛もない話をして楽しい昼食を終えた。
「それじゃ、午後も頑張れよ」
「「はい」」
トラスが2人に手を上げ、先にグリーン班を連れて去って行った。
「それじゃ、俺達も行くか」
「そうだな」
大満足なカツレツの礼をサマンサに言い、レインとギルノルトもそれから間もなく食堂を後にする。
そうして午後の部が始まってすぐ、レイン達は演習場の外周を走りだす。
入団したばかりの新人は、この午後の持久走で吐く者が多い。騎士団の食事は量が多く、新人にはその量を食べるにも一苦労であるうえ、まだ消化していない胃の中の物を揺さぶり、具合が悪くなる者が続出するのだ。
レイン達はもうすっかり慣れたこの持久走であるが、まだこの荒行に慣れていない者もチラホラいるなと、レインは周りを見回し苦笑した。
そうして走り出して1時間程したところで、レイン達が外周を走る演習場に一人の団員が入場してくるなり、ムルガノフ副団長へと駆け寄っていった。
(あれはウォルターだな)
レインが外周を走りながらその2人の動向を見守っていれば、ムルガノフ団長に何かを話した後、ウォルターらしき団員はまた急ぎ戻って行った。
1度目の時は走り込みが終わった後、ムルガノフ副団長が意味深に皆の顔を繁々と見まわしていたが、結局何もいう事なくその日は終了したのだとレインは思い返す。
という事は、特に緊急事態があった訳ではなさそうだと思えるも、2度もそれを見てしまったレインは少し気になってしまっている。
(後で聞いてみるか…)
何か手伝える事があるかも知れないと考えるも、レインはそこで意識を切り替え、周回遅れの後輩たちを追い越して走り続けるのだった。
補足:作中に出てくる“カセギ肉”とは、鹿肉の事です。